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 非正規滅恨士から襲撃を受けてから二日。それ以降は特に物騒な事件が起きる事はなく、本当に久方振りの平和な日々を享受していた。

 とは言え、毎朝の葉月との稽古は欠かす訳にはいかない。やはり早朝に叩き起こされて山を登った先にある修練場に連れていかれる事となる。

 今日も今日とて木造の修練場に剣戟音が響き渡る。遠藤と葉月は互いの竹刀を打ち合わせながら、技術の継承と吸収を繰り返していく。

「なあ、葉月」と遠藤が訊く。

「何ですか?」

「今日はやけにギャラリーが多くねえか?」そう言って遠藤は顎で一点を示す。修練場の縁側には三人の観客が腰を下ろしていた。「まあ武田さんについては分かる。また来るって言ってたしな。遅かれ早かれ、ここの存在については知られてただろうしな」

「……という事は、彼らに関してですか?」

「ああ、そこの若者二人について。たぶん葉月の関係者だろ」

 縁側で座って観戦するもう二人は共に若い男女だった。男の方は二○代前半ほどで、ウェーブのかかった茶髪に黒のキルティングジャケットとジーンズといった出で立ちだ。右目がアメジストのような瞳を持つオッドアイだという事を除けば、どこにでもいるような普通の大学生に見える。女の方は葉月よりも少しだけ年上に見えた。高校生くらいだろうか。腰にまで届きそうな黒のロングヘアーに、服装は白のブラウスの上から黒のカーディガンを羽織り、下はフリルスカート。夜空のような藍色の瞳を湛えた相貌はかなり整っており、小動物的な印象の葉月とは違い、明確に美人と言って差し支えない。

 武田の方は稽古が終わるのを待っているだけという様子だったが、二人の男女に関しては稽古そのもに興味がありそうだった。共に真剣な眼差しで遠藤達(というよりは葉月個人)の一挙手一投足を観察している。

 葉月は休みなく遠藤の猛攻を捌きながら、「遠藤さんもお気づきかと思いますが」と前置きして結論を告げる。「お二人共、滅恨士です。先日戦った人のような非正規滅恨士ではなく、霞沢の血を受け継ぐ者——分家の方々ですよ」



 縁側で胡座をかき、青年と少女の稽古を見守っていた警視庁の刑事である武田は誰にともなく、「中々良いところじゃねえか」と感想を洩らした。「都会で疲れた人間が安らぐにはうってつけだな」

「あとで温泉でも入っておいでよ」

 武田の独り言に答えたのはロングヘアーの少女だった。

「実際、疲れてるんじゃないの? 東京の警察なんて目茶苦茶忙しそうじゃない」

「これでも仕事中だ。またあとでな」武田は適当に答え、「で、テメエらも滅恨士か?」と凄みを利かせた視線で問い掛けた。「この前戦った奴よりはやりそうだが……」

 当の少女の方は武田に怯えた様子もなく胸を張って答える。「沼井(ぬまい)紗耶(さや)。刑事さんの言う通り、霞沢一族の滅恨士よ。葉月が本家なら私達は分家ってところね」

「俺は潮野(しおの)泰牙(たいが)。潮野家の当主で、紗耶と同じ分家の滅恨士だ」と大学生風の男も自己紹介した。「俺達が非正規の滅恨士よりも強いってのは確かにその通り。突然変異で生まれた非正規と違って、俺達は代々異能の力を受け継ぐ一族だからな」

「その一族がテメエらよりも弱い連中の一人さえ制御しきれてねえのは何の冗談だ」

「痛いとこ突くね、刑事さん……」紗耶と名乗った少女が苦笑いを浮かべる。

 泰牙の方は冷静な表情を崩さないまま、「返す言葉もない」と非を認めた。「本家時期当主と武田さんを襲った非正規滅恨士については目下捜索中だ。こちらとしても怪恨を使役できるほどの力を持つ滅恨士を見逃す事はできないからな」

「……まあ、身内のゴタゴタはそっちで勝手に解決してくれ。俺は別の目的でここまで来た訳だからな」

「そうそう、それよ。刑事さんは何でこんな辺鄙な田舎まで?」

 紗耶の投げかけた疑問に、「怪恨っつう化け物の存在をテメエらが隠し切れなくなったからだな」と武田は言った。「この地で確認された『異形』と『そいつが引き起こす現象』の調査と対策の立案。俺が金沢に派遣されたのは、この辺が理由だ。怪恨についてはある程度知る事ができた。あとはそれへの対策を立てれば良い訳だ」

「対策……と言っても一筋縄ではいかないだろう」と泰牙が否定の意を示す。「実際に怪恨と対峙したあんたなら分かると思うが、最も力の弱い下級怪恨ですら攻撃性を持たせられたら人間一人殺すくらい造作もないんだ。滅恨術なしで、それ以上の怪恨を相手にするのは……」

「馬鹿野郎が。誰が真正面から戦うなんて言ったよ。聞くところによれば、非正規の術者も合わせればそれなりの数いるんだろ? テメエらは」

「今現在、石川にいる滅恨士の人数は霞沢一族とこちらで管理している非正規滅恨士を足せば一五○人ほどだ。ただ、非正規の者達は怪恨に殺される事も多いし、この程度の人数では石川全域をカバーしきれる訳じゃない。慢性的に人員は不足しているな」

「三桁いれば十分だ。要はそいつらが全力で、かつ怪恨に対して有利な状況で戦えるようにしてやれば良い。警察は人数だけならテメエらよりも圧倒的に多い。滅恨士のバックアップ——具体的には武器、怪恨の位置情報の提供、戦闘時の援護、現場の後始末……ざっと上げるなら、こんなところか。ただの人間でも、それなりにできる事はあるだろ?」

 武田の言葉を聞き、泰牙は興味深そうに顎に手を当てる。

「確かにこれだけ至れり尽くせりなら、術者の不足は解決できる……。それが武田さんの言う対策ですか」

「そうだ。派手に化け物蹴散らすだけが有能なんじゃねえ。力を持った奴に一○○パーセントのパフォーマンスを引き出させるのも立派な仕事だ」

 そこまで説明したところで、武田は足を組み替えて泰牙と紗耶の二人を交互に見やった。

「……何か?」

「とりあえず今の話を『それなりの立場にある奴』に聞かせたい訳だ。本家の当主とやらに取り次いでもらえれば一番良いんだが……。兄ちゃん、さっき潮野家の当主っつってたよな? 分家の当主ってのは立場としてはどうなんだ?」

 泰牙は肩をすくめて首を横に振った。「残念だけど、分家に大した権限はない。俺達は本家の純血と違って才能の面で圧倒的に劣る。弱い者に強い権限が与えられる事はない。これはどこの世界でも同じだ」

「でも、話通したいだけなら簡単じゃない?」そこで、しばらく蚊帳の外にいた紗耶が割って入る。彼女は修練場の真ん中で竹刀を振り回す葉月を指差し、「あそこにいるのが本家の次期当主よ」と言った。「葉月に言ったら、当主——十六夜(いざよい)様に取り次いでくれると思うけど」

「そういや、この前自分の事を次期当主だの言ってたな……。あのお嬢ちゃんがねえ……」

 葉月に対して訝しげな視線を向ける武田を、泰牙が語気を強めて制した。

「葉月様は現当主の十六夜様にも引けを取らない才能を有している。年齢故に未熟なところはあるかもしれないが、将来の霞沢家を率いていく器だ。武田さんが考えているよりも、葉月様は強いお方だ」

「それを疑っちゃいねえよ。とんでもねえ異能の力も使えて、本人も向上心の塊と来た。これからどんどん伸びていく事に疑う予知はねえ。ただ、それにしちゃあ放任主義過ぎやしねえか?」

 武田が暗に言っているのは、金沢駅で隔離空間に捕らわれた時と先日の非正規滅恨士襲撃時の事だろう。つまりは未成熟の金の卵を何度か命の危機に晒している霞沢の体制の不備についてだ。

「お嬢ちゃんが失っちゃいけねえ人材なら、何で護衛の一人もつけずに外をうろつかせてやがる? お嬢ちゃんと学校で接触した時から、俺は身を潜めているだろう護衛の存在に常に気を配ってたつもりだ。なのに俺らがどんだけ劣勢に立たされようが、味方の滅恨士が現れる事はなかった。そりゃそうだ。最初からそんな奴はいなかったんだからな」

「……さすがは警察。鋭いな」観念したように泰牙が力なく笑った。「結論から言うと、普段から護衛を配置していない訳じゃない。連絡係を兼ねた非正規滅恨士を常に二人はつけるようにしている。だが、先日の件については二回とも不可解な事が起きてる」

「何だ? お嬢ちゃんへの襲撃と同じタイミングで別のところで怪恨でも現れたか?」

 半ば確信したような口調だった。替えの利かない人材の護衛を放棄してまで果たさなければならない役目。彼ら滅恨士の習性を考えれば、自ずと答えは出ていた。

 泰牙は頷く。「まるで葉月様の周辺にいる滅恨士を引き剥がすかのように怪恨の出現が確認されている。駆けつけられる滅恨士がいなくなった隙を突くように強力な怪恨がけしかけられた——そんな風に見えて仕方がない」

「実際に化け物を使役できる奴まで出てきた訳だからな。突拍子もない話って訳でもないんだろうな」

「その通りだ。そして、それを踏まえた上でも武田さんからの協力の提案はありがたい。俺に権限があれば、すぐにでも受け入れたいくらいだ」

 だが目の前の大学生風の男に武田の話を受け入れる資格がないのは先ほど言った通り。やはり、しかるべき人物に取り次いでもらうしかない。

「しかしよ、あの二人はいつまでチャンバラ続ける気だ? かれこれ四時間は経ってんぞ」と武田は腕時計を見やる。すでに時刻は午前九時を回っており、武田がここに来た直後と違って空も明るくなっていた。冬の陽光がコートの下の体をじんわりと温めている。

「土曜日だからねえ」紗耶が間延びした声で答える。「学校行かなくて良い分、もうちょっと掛かるんじゃない?」と伸びをする。「でもまあ都会と違って時間はたっぷりあるしさ。慌てず、のんびりと待っとこうよ」


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