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 遠藤の怒涛の連撃が非正規滅恨士を守勢に偏らせる。

 下級怪恨のほとんどは葉月ともう一人の男が引き付けてくれている。そのおかげで襲撃者の男を守る肉の盾はほぼ機能していない。彼の得物である大鉈が唯一の防御手段だ。

 ——このまま殺し切る!

 右足を踏み込み、体重を乗せた一撃を叩き込む。男が大鉈で受け太刀するのを見計らい、そのまま鍔競り合いの要領で押し込んでいく。男の重心が後方に傾いだ瞬間、遠藤は刀を振り抜いて駄目押し。ガードが完全に崩れた。とはいえ遠藤の方も大振りの挙動のせいで、すぐに追撃に移れる体勢ではなかった。

 ——だからこそ相手の意表を突くだけで十分だ!

 鞘を固定しておくための腰のアタッチメントを外し、鞘を投擲する。男が目を見開くが、もう遅い。宙を舞った鈍器が相手の膝に直撃した。痛みに顔を引き攣らせる男を横目に、遠藤が距離を詰める。

「……ああ、嫌になるな」と男が呟いた。「ただの人間にすら敵わないって現実によ」

 そこで初めて遠藤が男の言葉に反応した。「良く分かるぜ」と。「俺も同じような思いを腐るほど味わってきたからな!」

 鮮血が弾けた。

 遠藤の放った袈裟斬りが男の左肩を捉える。最後の抵抗で男が体を捻った事が功を奏し、致命傷は避けたようだ。傷口を押さえ、ジリジリと後ろにさがっていく。

「そっちも終わったみたいだな」

 荒い息を吐きながら、全ての下級怪恨を殲滅し終えた葉月達が襲撃者の退路を塞ぐように現れる。形勢は逆転した。襲撃者の男の後ろはメッシュシートに覆われた薄い壁とも言えない膜しかなく、前には武装した人間が三人。逃げ場はない。

「下級怪恨を追加してこない……痛みで滅恨術を使う集中力も切れたようですね……!」

「お嬢ちゃん、こいつはどうすんだ? 俺がしょっ引いても構わねえが……」と厳つい風貌の男が葉月に訊く。

「いったん私達の方で身柄を拘束します。彼には滅恨術を悪用した疑いがありますので。本当に霞沢の傘下に入っていない滅恨士なのかどうかについても調べないといけませんし……」

 葉月は雪舞閃の切っ先を突きつけたまま、慎重に男へと歩み寄っていく。

「手荒な真似はしたくありません。おとなしく着いてきてくれますね?」

「……くくくっ、甘いな。次期当主様はよ。駄目だろ、疑わしきは即罰さないとなあ!」

 男が愉快そうに吠えた。その瞬間、男の周囲に無数のブラックホールが出現する。遠藤、葉月、初老の男が身構えたが三人を囲い込むようにして三○匹近い下級怪恨が産み落とされていく。

「っ……! まだ滅恨術を使えッ……!」

「奥の手は最後まで取っておかないとな……! まだ、お前達に捕まる訳にはいかないんだよ!」男が口の端から血を垂らしながら、不敵に笑った。「自分の未熟さを呪え! 才能に溺れた本家のクソガキが!」と葉月を罵倒しつつ後退する。

「待ちやがれ!」遠藤が駆け出したが、すぐに下級怪恨に道を阻まれてしまう。

 その間にも男は動きを止めず、フロアの隅まで行き着く。メッシュシート一枚隔てた先は何もない中空。男は手にした大鉈でシートを斬り破った。

「俺は無能の非正規滅恨士だからよ、ここら辺で退散させてもらうさ」

 するりと。余りにも自然に男が後方に倒れ込んだ。自分自身が開けた穴に向かって。

 一瞬で男の姿が地上方面へと吸い込まれていった。

 しかし今の遠藤達には、襲撃者の男の安否を確認する余裕はない。男の最後の抵抗で繰り出された下級怪恨達が包囲網を狭めていく。

「先にこいつらを片付けるしかねえみたいだな……!」と遠藤は再度臨戦体勢に入る。

「俺も兄ちゃんに同意だ」と厳つい風貌の男性も散弾銃を構えた。「こいつら一匹一匹は大した事ねえが、気抜いたら殺されるのには変わりねえ。油断せずに行くぞ」

「……遠藤さんと刑事さんの言う通りですね」と葉月も状況を受け入れ、雪舞閃を構えて氷の刃を展開させた。

 そこで嫌な顔をしたのは遠藤だった。遠藤は傍らに佇む初老の男性を横目で見やり、「……あんた、警察だったのか」と苦虫を噛み潰すように言った。

「……安心しろって」不良刑事は小声になり、葉月には聞こえないようにぼそりと囁く。「これでも東京の裏社会で生きてる身だ。兄ちゃんみてえな連中には多少なりとも理解がある方だ。明確に敵対しねえ限り、殺し屋にはノータッチだ」

「そりゃありがたい。そのショットガンで脳味噌ぶち抜かれたら堪ったもんじゃねえからな」

「二人共! お喋りはあとです! 下級怪恨、来ます!」

 葉月が警告を発した直後、下級怪恨の群れが一斉にこちらへ飛び掛かってきた。



 葉月の通う中学校校門前で、遠藤と不良刑事の武田は彼女が荷物を持って出てくるのを待っていた。

 空はすでに夕焼けに染まり、あと一時間もすればみるみる内に暗くなっていくだろう。

「昨日、黄昏の骸とかいう怪恨が作った金沢駅で俺を助けてくれたのはあんただったって訳か」

「まあな。ギリギリまで身を潜めておいて正解だったぜ。あんな化け物と正面からやり合う度胸はなかったからな」

「……俺を馬鹿にしてんのか?」

「むしろ賞賛してやるよ。兄ちゃんがいなきゃ、お嬢ちゃんは確実に殺られてただろ。俺だって無事に元の世界に戻れたか分からねえ。十分誇れる事したんじゃねえのか?」

 武田は凝りを解すように肩を鳴らすと、どこか遠い目で学校の方を見やった。

「難儀なもんだよな。たまたま特別な力を持って特別な家系に生まれちまっただけ、それだけで色んなもん背負わされて生きていくんだ。いつ死んでもおかしくねえような綱渡りを強制されちまう。本当はよ、そういうのと向き合うのは無条件に俺達大人の役割じゃなきゃいけねえはずなんだ」

「……だが、そう考える全員が全員特別な力を持ってる訳じゃねえ」

「そうだ。俺も兄ちゃんも単なる人間だ。あのお嬢ちゃんみたいな特別な存在にそっくりそのまま成り代わるなんて事はできねえ。だからこそ足掻くんだ。このチンケな頭で考えて考えて考え抜いて——少しでも特別な存在の力になれるように、な」

「…………」

 やがて校門の向こうから、「お待たせしましたー!」という葉月の声が聞こえてくる。遠藤は彼女を出迎えるために声の方向に振り向いたが、武田は反対方向に歩き出した。

「おい、どこに……」

「今日のところは帰らせてもらうぜ。また近い内に会いにくる。お嬢ちゃんにもよろしく言っといてくれ」

 武田の姿が見えなくなるのと葉月が遠藤の前まで来たのはほとんど同時だった。彼女は周囲をキョロキョロと見回して、「あれ?」と首を傾げた。「刑事さんは?」

「帰った」遠藤は端的に答えた。「最後まで喰えないおっさんだったぜ」



 御影温泉行きのバスに揺られる遠藤と葉月。

 すでに日は完全に落ち、車内は味気ない蛍光灯の光で照らされている。先ほどまでは他の乗客も散見されたが、今は遠藤達しかいない。後方の二人掛けの座椅子に並んで腰掛けている。

「そういえば」と葉月が思い出したように切り出してきた。「何で遠藤さんはあそこに来てくれたんですか? 街に観光に来てたにしても、あんな都合良く駆けつけられるはずないですよね……?」

「ああ、その事か」

 葉月からしてみれば当然の疑問である。武田と共に建設現場に向かった事は、おそらくは最初から彼らをマークしていただろう非正規滅恨士以外には知り得ないはずだ。朝に御影温泉街で別れたきりの遠藤が葉月の所在を知る由などないはずなのだ。

 遠藤は罰が悪そうに頭を掻くと、足許に置いてあったリュックサックを開けて何かを取り出した。ドット柄の可愛らしいデザインの巾着袋は葉月愛用の弁当入れだった。それを見た葉月が、「あっ……!」と全てを察したように苦い声を洩らした。

「あのあと旅館に戻ったら十六夜(いざよい)さん……お前の母ちゃんが『忘れてったから持っていってくれ』ってな。なのに昼に合わせて学校行ったら本人いねえし、先公からは犯罪者みたいな目で見られるしで散々だったぜ。何人かに聞き込みしたら、お前が厳ついおっさんに連れられて学校から出て行ったって言うからよ。怪しそうなところを片っ端から見て回ったんだ」

「う……ご、ごめんなさい……」

 しょんぼりした様子で俯く葉月の頭を遠藤は軽く小突いた。「いたあっ!」と涙目で頭を押さえる彼女に対して、「それでも結果的には良い方向に転がっただろ?」と遠藤は笑った。「こうやって助けに来れたんだからな」

「……そう、ですね。はい! 結果オーライ、ですね!」と葉月も嬉しそうに笑った。「また次も、遠藤さんが助けてくれますもんね!」

「次があったら遠慮願いたいね」

「ちょっと待ってくださいよ! そこは格好良く頷いてくださいよ!」

「残念ながら俺は格好良い大人じゃねえんだ。毎回毎回体張ってガキ一人助けに行けるほど強くもねえ」

「大人が格好良いか決めるのは私達子供の方です。私にとって遠藤さんは強くて格好良い正義のヒーローなので、ちゃんとまた駆けつけてくださいね?」

 そう言って上目遣いで見上げてくる葉月から遠藤は思わず目を逸らし、「全く……勝手なガキだぜ……」と少しだけ嬉しそうに呟いた。

「な・の・で! これ、半分食べてください!」

「……はい?」

 ずずいっと。

 眼前に突きつけられた弁当箱を見て、遠藤は目をぱちくりさせる。

「せっかくお母さんに作ってもらったのに、食べないのも申し訳ないですし……でも、もうすぐ晩御飯なのも確かですし……。だから助けてくださいー……」

「段々と本性が出てきたなクソガキめ……。良いとこのお嬢様とは思えねえほどの不躾っぷりだ」

「本当の自分なんて、見せても良いと思える人の前じゃないと見せませんよ」

 ——ずいぶんと信頼してくれてるみたいだな。

 ——こんな三流の人殺しをよ……。

 おそらく葉月の言葉に嘘偽りはないだろう。彼女にとって遠藤克己という人間は、多少の図々しさを晒け出しても良いと思える程度には心を許せる存在なのだ。それはつまり、たった二日間で少女からの信用を勝ち取ったという事。

 では、自分は?

 不意にそんな疑問が遠藤の胸に込み上がる。おぼろげだった問い掛けは徐々に輪郭を成し、胸焼けのように纏わり付く。

 異能の力を持つ一族であるという秘密を打ち明け、自らについて包み隠さず接してくれる少女。対して遠藤はどうだろうか。何も語ってはいない。大阪から来たという事以外、何一つとして彼女に話してはいないではないか。

 ——いや、これで良い。これで良いんだよ。

 自身に言い聞かせるように肯定の思考を繰り返す。

 遠藤と葉月の境遇は似ているようで全く違う。前者は金のために他人の命を奪う殺人鬼。対して後者は人知れず世界を守る正義の味方だ。葉月が正体を明かす事には少なからずプラスの面があるだろうが、遠藤にとってはマイナスでしかない。今、自らに向けられている信頼の眼差しが一瞬にして軽蔑するものに変わってしまう可能性だってある。

「……だから、これで良いんだ」

「? 何か言いました?」

 無意識に声が洩れていたらしい。首を傾げつつ、こちらを覗き込んでくる少女。その透き通った瞳を直視できないまま、遠藤は、「何でもねえ」と誤魔化した。「それより、それ食えば良いんだろ。貸せ。半分は食ってやるから」

「ありがとうございますー!」

 嬉々として弁当箱を開ける葉月を横目に、遠藤は口の中だけで呟いた。

「……どの道あと数日の関係だ。その間だけ取り繕えれば良い。そうすればこいつに蔑まれずに済む……」

 自分の心の中で何かが少しずつ変化してきている事に、この時の遠藤はまだ気づいていなかった。


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