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——何かいるな。
温泉街から少し離れたところで自分が乗ってきた車を拾おうとしていた四十沢だったが、異様な気配を察して足を止めた。
広がっているのは作物の植えられていない田園風景のみ。民家も遠くの方にしか確認できない。野生動物だったとしても、隠れられるところなどないはずだ。
それでも明確に感じる視線。殺意を込められた目で射抜かれる感覚は、四十沢にとって当たり前のものと化している。だから、これは気のせいではない。研ぎ澄まされた五感が警告を鳴らしている。
四十沢はボストンバッグのファスナーを開け、中から小型の銃を取り出す。H&K MP7——同社のMP5サブマシンガンに酷似した形状の個人防衛火器のショルダーストックとフォアグリップを展開させ、銃口に消音器を装着する。すぐさま銃撃に移れるようMP7を構え、周囲を警戒。変化はすぐに訪れた。四十沢の眼前の景色が渦を巻くように歪む。小型のブラックホールでも発生したかのように周囲の光を吸い込みながら、その不気味な紋様は大きくなっていく。
直径が一メートルほどに達したのち、その中から小動物のような何かが現れた。出来損ないの人間と犬をキメラにしたような謎の生き物が、鋭利な牙を剥き出しにして四十沢の方を向いた。
——何だ、こいつは……!?
様子見する暇もなかった。人間犬は人の形をした四肢で地面を蹴り、四十沢へと突撃してくる。四十沢は直感で奴の攻撃を喰らってはいけないと判断した。全力で横に跳び、噛み付きを避ける。ガチンッ! と噛み合わされた上顎と下顎から金属同士を叩きつけたような音が鳴る。
周辺に住民や宿泊客の姿がない事を確認すると、四十沢は躊躇なく攻勢に出た。人間犬へと肉薄し、その横っ腹へ向けてコンバットブーツの爪先を突き入れる。内臓と骨を圧迫する感触を無感情に受け止め、そのまま脚を振り抜いた。人間犬の体躯が宙へ投げ出される。
四十沢はMP7の照準を合わせ、全弾撃ち込むつもりでトリガーを引く。消音器によって縮小された銃声が連続し、放たれた銃弾が人間犬の皮膚を食い破っていく。弾倉が空になると同時に犬の体が地面に打ち付けられた。四十沢は犬から目を逸らさないようにしながら弾倉を交換し、ゆっくりと近づいていく。銃口を標的に向けたまま、足先で動かなくなった胴体を転がす。死んだ振りをしている……という訳ではなさそうだった。この化け物に命というものがあったのかは分からないが、生命活動と呼べるものは完全に停止していた。
銃を下げると、直後に四十沢は目を見開いた。死骸が光の粒子となり、サラサラと風に流されるようにして消えていく。一○秒も経たない内に、僅かな痕跡も残さず異形の死体はその場から消滅した。
ショルダーストックとフォアグリップを折り畳み、消音器と弾倉を取り外して鞄に収納する。そこで初めて四十沢は遠くの方から足音が近づいてきているのに気がついた。学生服を着た長身の少年だった。見た目だけならどこにでもいそうな少年であったが、その手には明らかに日本刀と思われる得物が握られていた。
四十沢は肩をすくめる。「どうやら一筋縄ではいかない場所のようだな、ここは」