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 入浴施設を出てすぐのところで一人の少年がこちらを待ち構えていたかのように佇んでいた。若干背は高いが、まだ幼い顔立ちから見るに歳は葉月とそんなに変わらないだろう。身に纏っている学生服も着ているというより、着られているという感覚が強い。

「あっ、(りょう)君だ。おはよう!」

「…………」

 葉月が元気良く挨拶したが、少年は険しい顔つきのまま微動だにしない。葉月を睨みつける少年の手には日本刀がある。彼女の雪舞閃(せつぶせん)のような華美な装飾がある訳ではなく、どちらかと言えば遠藤の持っているものに近い。つまりは何の変哲もない普通の武器。……なのだが、遠藤は何となくこの少年も葉月と同類なのではないかと考えていた。

 そして分からない事があるのなら素直に訊けば良いのだ。隣には大体この辺の事を知っている少女がいるのだから。

「誰だ? こいつ」

(いずみ)亮君。私と同じ滅恨士ですよ」

「……一緒じゃない」とそこで初めて少年——亮が口を開いた。「全てに恵まれて産まれてきた本家と、俺達分家を一緒にするな……!」

 遠藤は首を傾げる。「分家って事は、家族なのか? 苗字が違うみたいだが……」

「代々滅恨士として日本を怪恨から守ってきた霞沢家は全国に分家の末裔がいるんです。あまりにも枝分かれして人数も多くなってしまったので、いつしか分家の方々はそれぞれ異なる姓を名乗るようになりました。御影温泉街には霞沢本家以外に、泉、沼井(ぬまい)潮野(しおの)の三つの分家がいます。ちなみに遠藤さんの住んでる大阪にもいますよ」

「俺を無視するな!」亮が激昂し、日本刀の切っ先を葉月の方へ向ける。「聞いたぞ! 黄昏の骸と霊の怪恨を倒す過程で、一般人に怪恨の存在を知られたとな! 俺達滅恨士は人知れず怪恨を滅するのが使命のはずだ! 家の名に泥を塗ったな!」

「そこについては否定しないよ」葉月は言い訳しなかった。身内で歳が近いからなのか、敬語は使わずに話す。「当主にも謝罪は済ませてあるし、遠藤さんを危険に晒す事もしないと誓った。それと、その上で霞沢の利益になるように尽力するって事も。……それより、私を責めるために待ってた訳じゃないでしょ。今日は結構乗り気なんだ。師匠に教えてもらった技を試したくてウズウズしてるんだから」

 好戦的な笑みを浮かべて葉月は雪舞閃を顕現させ、臨戦体制を取る。

 うろたえたのは遠藤だった。「おいおい、こんなところでやり合うつもりか? 遠くの方に何人か見えるぞ。見られちゃ不味いんじゃねえのか?」と葉月に耳打ちする。数こそ少ないが、外を出歩く宿泊客達の姿が散見される。

「ああ、大丈夫ですよ」しかし葉月はあっけらかんとした調子で言った。「これ、いつもの事なので。常連さん達は路上パフォーマンスくらいにしか思ってないですよ」

「ていうか一○秒前まで『滅恨士は人知れず怪恨を滅するのが使命』とか言ってやがったのは何だったんだ……?」

 泉亮の理解の及ばない行動に頭を捻る遠藤だったが、そんな彼を置き去りにして状況は勝手に進んでいく。

「霞沢葉月! 今日こそお前を負かして分家の強さを証明してやる!」

 公衆の面前で抜き身の日本刀を携えて飛び掛かってくる分家の少年。これも滅恨術とやらなのだろうか。亮は人間離れした跳躍力で五メートルほどの高さまで飛び上がり、そのまま前体重を乗せた振り下ろしを仕掛けてくる。攻撃開始からヒットまでのラグ、約三秒。要するに隙だらけである。

 葉月は無駄にたっぷりある猶予を存分に使って回避行動を取り、亮の刀が空振った瞬間に攻めに出る。雪舞閃の峰で亮の側頭部を狙う——と思わせてから、彼の足の甲をローファーの底で思い切り踏んずける。「痛ってえ!?」と予想外の方向から来た痛みに思わず声を上げた亮を無視して、逃走手段を奪う事に成功した葉月はさらに畳み掛ける。頭突き。拳。蹴り。遠藤直伝の喧嘩殺法が人間の弱点をことごとく捉え、その度に亮の顔が泣きそうになる。

 とどめの一撃——峰でのフルスイングが少年の腹部をぶっ叩き、完全にノックダウンさせた。

 葉月は満面の笑みで遠藤の方に振り向き、「どうでしたか? 上手くできてました!?」と訊いてくる。

 若干口許を引き攣らせつつ、「お、おう……。まあ初めての実戦にしては良かったんじゃねえの……?」と答える。可愛い顔した少女がチンピラみたいな戦い方で相手を袋にする様は中々のインパクトであった。教えたのは遠藤自身であるにも関わらず、割と引いていた。

「葉月……何だよ、その動き……」地面と一体化した亮が涙目で葉月を見上げる。

「ふふん。今の私には師匠がいるからね!」葉月はドヤ顔で薄い胸を張る。「滅恨術なしで怪恨と戦える人の剣術を教えてもらったんだから! 昨日までの私とは一味も二味も違うよ!」

「くそッ……! 本家はそんなところまで俺達より恵まれてるって事かよ……」亮は震える足で立ち上がると、「覚えてろ……」と踵を返してフラフラな足取りで去っていく。

「あれ? そっちバス停と反対だよ。学校遅れちゃうよ?」

「……休む。お前に勝つために修行しなきゃいけないからな……!」

 亮の姿が見えなくなると、葉月は大きく溜息をついた。

「分家の奴らってのは、どいつもこいつもあんな感じなのか?」

「いえ。私が知ってる限りでは亮君だけです。その亮君でさえ、少し前まではそんな事なかったんですけど……」

「まあ、あれくらいの歳の男には色々あるんだろうよ」遠藤は自分が学生だった時の事を思い出しながら言う。「で、お前は学校大丈夫なのか?」

「あっ、そうでした」

 葉月は鞄の中から膨らんだレジ袋を取り出すと、「遠藤さん、ごめんなさい。これ洗濯物に出すようにお母さんに言っておいてください」とそれを手渡してきた。グレーの布地が透けて見える事から察するに、さっきまで彼女が着ていた私服だろう。他に何が入っているかは想像しない事にした。「それじゃあ行ってきます!」

 手を振って走り去っていく葉月を見送りながら、遠藤は罰が悪そうに頭を掻いた。「お前は年齢の割に男に警戒心なさ過ぎだっての……」

 別にこれをどうしようという気もないが、外で持ちっ放しという訳にもいかない。自分の着替えもあるし、一度久穏荘に戻ろうとしたところで、「遠藤克己だな」と自分を呼ぶ声がした。低い男の声。遠藤の知らない人間のものだった。

「……ずいぶんと騒がしい朝だぜ。誰だテメエ」

 淡々とした口調だったが、そこに敵意や殺意が籠っていないのはすぐに分かった。だから遠藤はゆっくりと声の主の方へ振り返った。

 身長は一九〇センチを優に超えている。ヒグマのような大柄な体付きに、それに恥じないほどの筋肉が窺い知れる。グレーのミリタリージャケットに黒のカーゴパンツ、そして足許は同色のゴツいコンバットブーツ。彼が抱えている旅行用のボストンバッグを無視すれば、どこかの紛争地帯にでもいる傭兵のような出で立ちだった。

「俺は四十沢(あいざわ)邦義(くによし)。君と同じく、大阪で裏稼業に身をやつしている」

「そいつはご苦労な事で」遠藤はそっけない調子で、「そんで裏社会のクズが俺に何の用だ?」と問いかけ、四十沢と名乗った男を睨みつける。「内容によっちゃあ、生かして帰す気はねえぜ。どこから俺の名前を知ったかも聞き出さなきゃなんねえしな」

「仲間に腕の良いハッカーがいる。今の時代、個人情報など誰かのPCを漁ればいくらでも出てくる――そう言っていた。君の場合は、君を贔屓にしている仲介屋から情報を抜き取った」

 四十沢は一定のリズムで文字を打ち出すタイプライターのように抑揚のない口調で言葉を続ける。

「敵対するつもりはない。遠藤、君とは話をしにきた。ビジネスの話だ」

「……ビジネスだと?」遠藤は露骨に不快感を示した。「悪いが俺は今休業中だ。だから大阪から離れた山奥の温泉街まで来てるんだ。どんなネタを持ってきたか知らねえが、他を当たってくれや」

「君が殺し屋から足を洗おうとしている事は知っている。だからこそ、俺は自らの足でここまで来た」そこまで言うと四十沢は周囲を見回し、「……ここは人目につきやすいな」と呟く。「どこか人の少ないところはないか? 俺と比べれば、まだ君の方がここに詳しいだろう」


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