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どこかの無人駅のようだった。日に焼けて色褪せた時刻表を乗せた掲示板と、駅名の書かれた看板だけがぽつんと存在し、それ以外には何もないようなところだった。伊庭は掲示板に背を預けながら、耳にスマートフォンを当てていた。
「……はい。黄昏の骸とジェフリー=ダーマーを利用した作戦は失敗しました。霞沢葉月は生きています」
『やはり支配下に置けない怪恨では上手くいかないか』スピーカー越しの声は特に苛立った様子もなく、淡々とした調子で言った。
「いかに強力な怪恨と言えども、こちらの指示を受けつけなければ、ただ本能のままに動くだけの獣と変わりません。積極的に滅恨士を狙うような事はしませんでした」
『そうみたいだな。……そして、その過程で一部の一般人に怪恨の存在が知れ渡った』
「昨日、金沢駅にいた二人……一人は東京の警察のようです。もう一人……日本刀を持った男ですが、奴については素性を突き止められていません。今最も霞沢と近い関係にあるのが、あの男です。どうにかして消しておきたいですね」
『滅恨術こそ使えないが、腕は確かだろう。少なくとも県警の連中よりは「イレギュラー」になりうる。順番は問わない。貸与した連中を使って上手くやれ』
「承知致しました。必ずや、あなたの期待に応えてみせます」
『気負うなよ。伊庭、お前はあくまで非正規の滅恨士だ。最も重視するべきは、生きて予定の日を迎える事だ。無理だと思ったのなら、すぐに退け』
「お気遣い痛み入ります」伊庭は通話を終了すると、「――出番だ。ゴミ共」と虚空に向かって言った。「まずは偵察も兼ねて御影温泉に侵入してこい。滅恨士と一般人は無視だ。武器を持った普通でない人間を狙え」
伊庭の周囲の空間が不気味に歪んだ。渦を巻くように闇が集まり、小さなブラックホールのような紋様がいくつも浮かんでくる。そこから小動物ほどの大きさの何かが何匹も産み落とされていく。容貌のベースは犬。しかし四本足の先端は人間の手足のように指が枝分かれしていた。顔についても、目と鼻の形は無理矢理人間のものを継ぎ合わせたかのように不自然だ。人間と犬の出来損ないをキメラにしたような不気味な化け物の群れを付き従えた伊庭は、醜悪な見てくれの顔面をさらに歪めた。
「行け、下級怪恨共。存在価値のないお前達に生きる意味を与えてやる。あの方のために命を捧げろ」