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王国について

シフィルが語り始めようとしたその時。


「ちょっと待ってくれよ!」


野次馬たちの輪の中から、クワを持った男が声を張り上げた。


「こんな見ず知らずの奴に、俺らのこと全部話すってのか⁉ 冗談じゃねぇ! 天使だかなんだか知らないが、『奴ら』の手先かもしれないんだぞ⁉」


彼の主張に反論したのは、意外にもシフィルではなかった。


「もう、いいんじゃないか、ミルコ」


部屋の対面の位置から、さきほどディルビアールに襲い掛かったうちの一人の狐目の男が静かに言った。


「俺は、変化が欲しいんだ。この状況に、亀裂を入れてくれるような何か。それを得るためなら、危険な賭けだってしてやるさ。皆もそうだろ?」


村人たちは無言でうなずく。それを見て、クワを持った男、ミルコはうろたえる。


「おい……、ギド、お前何言ってんだ? 変化? 亀裂? あっても悪い方に決まってるだろ……」


彼は狐目の男に訴えるが、誰も首を動かしはしなかった。


「……あぁ、そうかい。お前らがそんなに馬鹿だったなんて知らなかった。……もう勝手にしろ」


そう吐き捨てるように言うと、ミルコは外に出て行った。


怒りに震えた肩が扉の向こうに消えると、ギドがディルビアールに弁明した。


「今話した通り、俺たちはアンタを信じようと思う。さっき襲っておいてなにを、と思うかもしれないが、俺たちには変化が必要なんだ。……ミルコの奴は、もともと頭が固いやつだからそんなに気にしないでくれ」


「……気にしてなんかいねぇよ」


少年はそう言って腕を組む。


「ミルコの言ってることはまともだからな。俺とアンタらはついさっき会ったばっかだろ? 正直、ここまであっさり信用されるとは思ってなかった。なんだか知らんが、アンタらには仇敵がいるっぽいし、警戒は強いだろうからな」


敵、という言葉にシフィルは眉をピクリと動かす。その反応を確かめて、ディルビアールは続けた。


「相当参ってるらしいな、アンタら。少なくとも、あるかもわからない『変化』にすがるくらいには」


シフィルは何も言わぬままディルビアールの前に座ると、


「ええ」


と短く答えた。


「これからそれが何なのかを、話そうと思っています」


今度は止めるものはいなかった。


「ディルビアールさん、あなたはこの村がどの国の、どこに位置するか、知っていますか?」


「いや、知らん」


食い気味の返答であった。


「なら、そこからですね。『ドラクル王国』、それがこの国の名です。そして、この村はその国境付近にあります」


その国名を口にした時、シフィルの表情に翳りが見えた気がしたが、ディルビアールは黙っていた。


少女は説明を続ける。


「ドラクル王国は竜人が国民のほとんどを占めています。政治に携わる王族や、貴族も今や全てが竜人です。


ここの村人の方々のような『人間』は国境付近にしか住んではいません。中心の王都には、誰一人として人間はいないのです。


二年前までは国境付近に人間が多く住んでいたとはいえ、ここまでではなかったのですが……」


「で、その二年前に何かが起こって、困っていると」


と天使。シフィルは頷く。


「はい。二年前、国王が病床に伏し、その弟であるソルム公が実質的な権限を持ち始めてから色々なことが変わってしまいました。


狭い国ですので、中央議会の力が強くソルム王子の打ち立てた政策に誰も逆らうことができなかったのです」


少女はそこで何か重い物を背負う時かのように、大きく息を吸った。


「公は元々人間嫌いで有名で、彼の領地には人間は入ることすら許されていませんでした。


しかし、それまでは王族といえども一領主にすぎず、大それたことはできなかったのですが、力を得てからは違います。彼は国中に散らばっていた人間を集めると、国境付近に送還し、そして――」


「民族浄化か」


ディルビアールの言葉に、シフィルは沈痛な面持ちで「そうです」と答えた。


「……なるほどな。今のところはそれで十分だろ。詳しい話は後で聞くとする。それで、次はアンタ自身のことだ」


「…………驚かないでくださいね」


「ん?」


自身の予想とは乖離した少女の発言に、天使は混乱する。


そしてシフィルはもう一度、自らを名乗る。


「ドラクル王国王女シフィル。それが私です」


「………………どういうことだ?」


天使の混乱は更に深まった。そんな彼に、「王女」は重ねて言う。


「ドラクル王国王女シフィル、それが――」


「あ、うん。それは聞いた。それで、いくつかわからないことがある」


「はい、なんでしょうか?」


「アンタが本当の王女なら、なんでこんな辺境にいる? なんで魔術師でもないのに俺の翼の本質を見抜いた? 後は……色々あるが、まとめると『それホント?』」


「ああ、本当の話だ」


答えたのはギドだった。


「村人全員が保証する。シフィルは王女様だ」


彼に続くようにして、肯定するかのようなヤジが村人たちから飛んだ。


「皆さん、ありがとうございます」


シフィルは微笑みを彼らに向ける。そしてすぐにディルビアールの方へ目線を移した。


「魔術に関してはある程度教育されていますので、それなりにはできます」


「いや、さっきのは『それなり』でできるような芸当じゃないと思うんだが」


「……それはともかく、私がここにいるのは――」


と、少女がそこまで言った時だった。


扉が勢いよく開き、一人の男が中へ入ってきた。金髪が印象的な美青年だった。がっしりとした胸部には銀色の甲冑がつけられ、腰には鞘と共に剣が下げられている。


彼とシフィルが声を上げたのは、ほぼ同時だった。


「シフィル様!」


「ヨハン⁉」


ヨハンと呼ばれた男はつかつかとシフィルの前によると、そこで膝をついた。


「姫様、お迎えに参りました」


「その呼び方はやめてください! そして私は、絶対にここを離れません!」


「しかし――、なッ!」


突然、ヨハンは言葉を切る。その瞳は、まっすぐにディルビアールを向いていた。


「黒い長髪、見慣れない顔――貴様か」


「一体なんの――」


ディルビアールが言い終わるより前に、彼の首筋にヨハンの剣があてられる。


「賊め、シフィル様を惑わせるな」


ヨハンの目は、完全に戦士のものであった。



つづく


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