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集落

「天使……?」


そう小首を傾げるシフィルに、ディルビアールは念を押すように言う。


「『元』だけどな」


そして小声で「すぐにまた戻るが」と付け加えた。


目の前の少年が天使を自称したことの真意を、シフィルは測りかねていた。


シフィルの知識の範疇では、天使など何千年も前が舞台とされる神話に、ほんの数回記されているだけである。ただの伝説、お伽噺。それが常識なのだ。


(この人は多分、嘘をついている……。一体なんのため?)


と、考えて少女は自分のことがたまらなく嫌になった。


(駄目よ。ディルビアールさんは私のことを親切に助けてくれたんだから。恩人を疑うようなまねをしたら……あれ?)


シフィルはそこであることに気づいた。冷汗が背中をつたう。


「ディルビアールさん。一応確認ですけど、その人、ちゃんと生きていますよね?」


「ああ、さっきも言ったが気絶してるだけだ」


ディルビアールが飄々と答えると同時に、彼の手をシフィルは握る。


「え?」


「急いで逃げてください!」


「……何から?」


ディルビアールの質問に、シフィルは目を丸くした。


「何を言っているのですか! さっきの男の一味からですよ! 仲間を引き連れて戻ってくるに決まってます! あなたはまだ、人を殺してはいない! 今なら執拗に追われることもないですから!」


「……仲間いたのかよ。俺ならあんな奴ら、束になってかかってきても勝てるぜ」


「絶対にダメです!」


シフィルは声を荒げる。その気迫に、ディルビアールは思わずのけぞった。


「次同じことをしたら、騎士団が出てきますよ! そうしたら、貴方が強くても敵うはずがありません!」


「騎士団か。よく知らねぇけど大層な名前してるんだな」


「とにかく! 恩人に死んでもらいたくはありません! 今すぐに逃げてください!」


「そこまで言うなら……」


ディルビアールが足を進めようとしたその時だった。彼の右手首が、激しく光ったのだ。


「何、今の……」


それは一瞬の出来事だったが、シフィルの視線を奪うには十分のインパクトがあった。


少女は少年の手首をまじまじと見て、そこにブレスレットがはめられていることに気づいた。


当の少年は不思議そうにブレスレットを撫で、「なるほどな」と呟いて笑った。


「やっぱり、逃げない」


手首に注がれていたシフィルの思考が、また少年へと戻る。


「今なんと言いましたか⁉」


「逃げないって言った。アンタと一緒の方がポイント集めにも都合が良さそうなのでね」


「……」


シフィルは言葉を失う。


(この人はなぜここまで逃げないと言い張るのだろうか。そして「ぽいんと」ってさっきから何を言っているのだろう。そもそも「天使」っていうのも意味がわからないし……)


苛立ちと呆れ、そして焦りがない交ぜになり、彼女の考えた次の行動は


「……じゃあ、私と一緒に逃げましょう」


引っ張ってでも逃がすということだった。


集落の方へ走るシフィル。


不意をつかれたディルビアールは転びそうになるが、すぐに立て直す。彼は少女の考えたことを薄々わかっていた。


少しすると、シフィルの息が荒くなり始める。


「大丈夫か? ちょっとスピードダウンした方がいいんじゃねぇの」


ディルビアールはちょっとした気遣いの言葉を投げた。すると、シフィルは彼の手を放し、足を止める。


彼女がそうしたのは、少年の勧めに従ったからというわけではなかった。ただ、目的地に到着したからというだけである。


「ここに隠れるつもりってわけだ」


ディルビアールは独り言ちると、目の前にある集落をグルリと見渡した。


真っ先に目に入るのは点々と並んだ家屋たちだ。藁の屋根と木材の壁という質素な建物が、かなり広い範囲に散っている。


また、ディルビアールが立っている丁度横に、木の棒を組み立てた簡単な柵があり、それが集落とそれ以外を明確に分けていた。


「おねえちゃーん」


そんな声と共に、集落の奥からまだ小さな男の子が走ってきて、そのままシフィルに飛びついた。


シフィルは肩を上下させながらも、その子供の頭を撫でる。


「大丈夫だった?」


不安そうに聞く男の子に、シフィルは笑顔で頷いた。


それを合図にしたかのように、家屋から次々と人が顔を出し、シフィルへと近づく。


ディルビアールは注意深く彼らの頭を見たが、角が生えている者はいなかった。


(シフィルとかいうこの女は……今考えればさっきぶっ飛ばしたやつらも、竜人だ。でもこいつらは違う。たしか下界のやつらは基本的に同じ種族で群れて国を作るはずだったが……)


ディルビアールが疑問を抱く横で、シフィルは集落の人々に囲まれていた。


「本当に心配したよ」

「よく帰ってこれたな」

「連れていかれた時は心臓が止まるかと思ったわよぉ」


彼らは皆、彼女の帰還を喜んでいるかのようにディルビアールには見えた。シフィルは「ありがとう」と言いながら彼らに繰り返し頭を下げる。

「そこにいるのは?」


その中の誰かが、思い出したかのように聞いた。たくさんの目が一気にディルビアールの方を向く。


「彼はさっき私を助けてくれた恩人です。いきなり空から降ってきたのでびっくりしましたけど……」


そのシフィルの返答は、人々の動揺を招いた。

「『助けたって』まさか……」

「あいつらと話できると思えない」

「嘘でしょ……」


(歓迎されてないな)

ディルビアールは苦笑した。


と、その時、彼は後頭部にうっすらと風が当たるのを感じた。


その感触が、どのような時に訪れるかを彼は理解していた。それは武器が、自身に向かって振り下ろされるとき。


ディルビアールは振り返り、振り下ろされた何かを掴む。それは大きなクワだった。その先端は文字通りディルビアールの目と鼻の先まで迫っている。


クワの向こうには血走った眼をした中年の男の姿があった。


ディルビアールが力を緩めると、クワは男の手によって引き抜かれる。


同じように農具を持った男が集まって来ていることに、ディルビアールは気が付いた。


「今から畑仕事、ってわけでもなさそうだな」


緊張が辺りを包む。シフィルの周りに集まっていた村人たちは、小さな悲鳴と共にあっという間に散らばり家屋に隠れる。


「やめてください!」


シフィルのそんな叫びも、男たちには届かない。


「おとなしく死ねや!」


クワを持った男が吠える。彼らは武器を握りしめると、一斉にディルビアールに仕掛けた。


つづく


読んでくださってありがとうございます! これからもよろしくお願いします。

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