いつも通りの駅
7月13日の月曜日。
私は駅のホームに立っていた。
はげ頭の会社員のおじさん、足が長いOLのお姉さん、赤いキャップの男子小学生、イヤホンで音楽聴いてるお兄さん、白い髭を生やしたお爺さん。
朝の駅では、いろんな人が列車を待っている。
「チアキ、おはよう!」
列車が来るまで残り30秒。
私の親友のシズカは、いつもこのタイミングで来る。
ちなみに、「チアキ」は私の名前。
「おはようシズカ!いつもギリギリだね!」
「なかなか起きられないの!」
「そんなんだから彼氏できないんだよ」
「チアキだっていないじゃん」
『まもなく、列車が参ります』
「あっ、列車来た」
駅のアナウンス通り、私達は黄色い線まで下がる。
列車が到着して、下車する人が出てくるのを待って、私達は乗り込む。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月14日の火曜日。
今日も私は、駅のホームに立っている。
足が長いOLのお姉さん、赤いキャップの男子小学生、イヤホンで音楽聴いてるお兄さん、白い髭を生やしたお爺さん。
やっぱりいろんな人がいる。
「チアキ、おはよう!」
列車が来るまで、今度は残り50秒。
シズカは昨日より早い。
「おはようシズカ!昨日よりは早く来たね」
「フフフ。私だってやるときはやるの!」
「まぁ、誤差の範囲だけどね」
「えぇ~?」
『まもなく、列車が参ります』
こうやって喋ってると、いつものように駅のアナウンスが聞こえてきた。
列車が到着して、下車する人が出てくるのを待ってから、私達は乗り込んだ。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月15日の水曜日。
この日の朝も、私は駅のホームに立っている。
赤いキャップの男子小学生、イヤホンで音楽聴いてるお兄さん、白い髭を生やしたお爺さん。
もはやイツメンだ。
「チアキ、おはよう!」
今回シズカは、列車が来るまで残り30秒のところで来た。
油断したな。
「シズカ、遅くなってる」
「えぇっ!?そうかなぁ?」
「しっかりしてよぉ」
「はい。精進いたします~」
『まもなく、列車が参ります』
今日もまた、駅のアナウンスが鳴る。
そして列車が到着して、扉が開いて、下車する人が出てくるのを待って、私達は乗り込む。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月16日の木曜日。
学校がある日、私は相変わらず駅のホームに立っている。
イヤホンで音楽聴いてるお兄さん、白い髭を生やしたお爺さん。
うん、いつも通り。
「チアキ、おはよう!」
今回シズカは、列車が来るまで残り2分のところで来た。
何故だろう。
今までで一番早い気がする。
「おはようシズカ。今日どうしたの?」
「え?何が?」
「今までで一番早い気がするよ」
「フフフ、どう?私、やればできるでしょ!」
シズカはそう言って胸を張った。
多分信号が運良く全部青だったとか、そういう理由なんだろうなぁ。
『まもなく、列車が参ります』
喋ってたら、駅のアナウンスが鳴った。
今日はシズカと喋ってる時間が長く感じた。
到着した列車の扉が開いて、私達は乗り込んだ。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月17日の金曜日。
今日も私は駅のホームで列車を待つ。
白い髭を生やしたお爺さんがいる。
いつも通りって、なんかいいな。
「チアキ、おはよう!」
今回シズカは、残り30秒のところで来た。
30秒の日を挟まないと気が済まないのかな。
「おはようシズカ。どうしたの?昨日は2分前に来れたのに」
「あはは。油断した」
「全くもう・・・」
駅のホームでシズカと話す時間は、昨日より短かった。
列車が到着して、扉が開いて、私達はいつものように乗り込む。
「アナウンス、鳴らなかったね」
つり革を掴んだシズカが、私にそう言う。
そう言えば、確かに鳴らなかった。
「まぁ、そういう日もあるっしょ」
「うん。・・・そういうもの、かな?」
ちょっと不思議だったけど、駅の職員さんもミスする日はあるよね。
私達を乗せた列車は走り出した。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月20日の月曜日。
休日を挟んで今日から学校だ。
できればもっと休日を満喫していたかった。
月曜日は、なんだか憂鬱だ。
「チアキ、おはよう」
列車が来るまで残り1分。
この日のシズカは、少し早かった。
「おはようシズカ。・・・あれ?元気ない?」
「う、ううん。大丈夫だよ。大丈夫!」
そう言うけれど、シズカは顔色が悪いように思える。
無理せずに体調悪かったら休めばいいのに。
そんなシズカとあまり話さないでいたら、列車はすぐに来た。
ドアが開いてから、私達は乗り込む。
今日は座席に座ることができた。
「いやぁ、全然人いなくて良かった!」
「ていうか・・・私達しかいないよね?」
「あはは!貸し切りみたい!」
「・・・ねぇ、チアキ」
「ん~?」
「・・・いや、何でもない」
シズカは俯いた。
やっぱり体調悪いんだ。
学校に着いたら保健室に連れて行こう。
扉が閉まって、列車が走り出した。
今日もまた、私達のいつも通りの日常が始まる。
7月21日の火曜日。
今日も私は、駅のホームに立っている。
いつも通り、ここは静かだった。
しばらく待っていると、列車が来た。
扉が開くのを確認すると、私は列車に乗り込んで座席に座る。
今日もまた、私のいつも通りの日常が始まる。
夕方。
私は帰りの列車に乗って、この駅に戻ってきた。
学校は今日も、とても楽しかった。
明日はどんな日になるかな。
「いつも通りっていいなぁ。いつも通りの日常~♪いつも通りの日常~♪」
私は歌いながら改札を目指す。
そう。いつも通りの日常は、明日も続いていくのだ。
「いつも通りの日常。いつも通りの、日常。いつも・・・通りの・・・日・・・あぁ・・・!!!」
気づけば私は、駅のホームに蹲っていた。
震えが止まらない。
涙が次々と溢れてくる。
「ホントは、・・・ホントは気づいてた。毎朝この駅で列車を待ってる人と、列車に乗ってる人が、だんだん消えていってるって!!気づいてたんだ!!!」
ホームの床が、私の涙で濡れていく。
「気づいてたのに、私は、この”いつも通り”が終わるのが怖くて・・・アナウンスが聞こえなくなった日も、私とシズカしか乗客がいなかった日も、シズカが消えた日さえ、“いつも通り”にしてたんだ!!!」
私は泣き叫んだ。
私しかいない駅のホームに、私の声が響き渡る。
「嫌だ・・・嫌だぁ・・・シズカを、・・・・・・“いつも通り”を返してよ・・・」
「どうかしましたか?」
「!?」
不意に話しかけられた私は、顔を上げた。
そこには駅員が立っていた。
帽子で顔がよく見えない。
「体調が悪いのですか?」
「い、いえ、大丈夫・・・です」
「無理はいけませんよ。さぁ、こちらへ。休んでいってください」
駅員の声は優しかったが、行動は逆だった。
私を無理矢理立たせて、腕を掴んで強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、離して!!痛い!!」
「休んでいってください」
「大丈夫だってば!!!」
「休んでいってください」
駅員は同じことしか言わない。
手を振り解こうにも、凄い力で掴まれていて離れない。
駅員は私を、灰色のドアの前まで連れてきた。
それは私がずっと気になっていた、何のためにあるかがよくわからないドアだった。
しかし、今の私はその中がどうなっているのか、知りたくなかった。
ドアの向こうのことを知ったら、入ってしまったら、本当に“いつも通り”が終わってしまう気がしたからだ。
「嫌だ!離して!!入りたくない!!入りたくないよ!!!」
「それでは、ごゆっくり」
駅員は私の腕を掴んだまま、ゆっくりとドアを開けた。