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01――雪との買い物


「雪、ほら。自分の服なんだから、ちゃんと自分で選べる様にならないとダメでしょ」


 今日は雪と一緒に、引越し先の近くにある少し大きめのエオンに来ている。食料品から衣服や雑貨まで揃うので、これからも重宝しそう。


 女児用の服が並んでいる店内で、私は良さげな服を物色しながら売り場の前で入りにくそうにしている雪に声を掛ける。季節一つ分一生懸命に女の子の作法を教え込んだし、髪や体の洗い方なんかも仕込んだからか、今の雪はちゃんと可愛らしい女の子に見えた。うん、私頑張った。可愛い可愛い。


 地元の学校は制服だったんだけど、今度転入する学校は私服通学らしい。書類には華美な服装は控える様に書いてあったけど、曖昧過ぎてよくわからない。とりあえず無難のラインから攻めていくべきかと考えていると、恥ずかしそうな表情で駆け寄ってきた雪がぎゅっと私の左手を抱え込んだ。


「ねーちゃ、服はなんでもいいから早く帰ろ? 僕……じゃないや、わたし恥ずかしいよ」


 雪はそう言いながら、スカートが気になるのかしきりに裾の部分を触っている。これまでも家の中では練習でスカートを履かせていたけど、私しかいなければ雪はパンツが見えようが特に気にもしないし恥ずかしがりもしなかった。でもやっぱり他人の目があると違うのかな、雪が可愛いからか他の買い物客もチラチラとこっちを見ているし、それで恥ずかしくなってしまったのかもしれない。


 あんまり追い詰めても仕方がないし、無難な感じの服を何セットか私が選んで購入した。なんでもいいって言ったくせに『ピンクはあんまり』とか『花の模様のはイヤだ』とか文句言うんだよね、雪は。はっきりと赤とか青みたいなはっきりとした色の服はなんとなく男の子っぽさを感じるので、パステル調の色を多めに買っておいた。


 今日どうしても全部揃えなければいけない訳ではないし、小学生の服なんていつ破けたり汚れたりするかわからないのだ。また近いうちに買いに来なければいけない時がくるだろう、自分でも甘いとは思うけどあんまり雪に負担を掛けたくないので今日はここまでにする。


 現代は性の多様化はもちろんの事、生まれ持った性と精神的な性が異なる人達もいるから、例え雪が男の子の格好のままでいても責める大人はいないだろう。でも小学生って他人への遠慮も配慮もしないから、ちぐはぐな状態の雪が同級生に異物として扱われて傷つけられたりしないか、私はすごく心配だ。


 それに雪は男の子として生活していたのなんて、物心がつくまでを差っ引いても6年ちょっとしか過ごしていないのだ。これから性差がはっきりしてきて中学・高校と過ごしていくうちに女の子としての生活を気に入るかもしれない。雪が傷つかない様に周りにうまく合わせられる様に誘導しながら、選べる選択肢を増やしてあげたいのだ。


「ねーちゃ、わたしクレープ食べたい!」


 衣料品売り場から離れると、さっきまでのしおらしさはどこへ行ったのか。雪が私の腕に自分の腕を絡ませたまま、嬉しそうな笑顔でそうおねだりしてきた。多分最初にフードコートの前を通った時に、ちゃっかりチェックしてたんだろうね。これからも買い物に付き合わせるための餌にする為に、仕方なくクレープを購入する。


 雪はオーソドックスにイチゴと生クリームのクレープを注文し、私はチョコバナナクレープにした。フードコートの椅子に座ると、隣の席に雪が座ってくる。対面に座ればいいのに、小さい頃からいつも雪は私の隣に座りたがるのだ。甘えられるのは別にイヤじゃないけど、その時期が来たら雪がちゃんと私から離れて自立できるのか不安になってくるベッタリさだ。


「ねーちゃ、ひとくちちょうだい! ひーとーくーち!!」


 自分のクレープを差し出しながら、私のクレープも食わせろと要求する。本当にこの子は甘えん坊でわがままだ。でも、美味しそうにクレープを頬張ってる笑顔の雪を見ていると、なんだってしてあげたくなるんだから私も相当の姉バカだと思う。


 そんな事を考えていたら、雪が何故か自分のクレープから生クリームを人差し指で軽くすくうと、自然な動作で私の唇に擦り付けた。『何するの!』とか『食べ物で遊ばない』とか叱る言葉が出る前に雪は私の唇に自分の唇をくっつけた後、ペロペロとクリームを舐め取った。


「雪、お外ではちゅーしない約束じゃなかったっけ?」


「……したくなっちゃったものは、しかたがない」


 雪が本当に小さな頃からキス魔だったのは今更の事だし、もう数えられないくらいしてるんだから私としてはもう照れも恥ずかしさもないんだけど、ここはフードコートだし大人の女と小学生の少女がキスしてるなんて他の人に見られたら間違いなく事案だ。もうちょっと厳しく教育しないとダメだなと思いつつ、私は雪のぷにぷにしたホッペを軽くつねった。


 食料品とか細々とした雑貨を買って、駐車場へとカートで運ぶ。これまでは家の車を使っていたんだけど今回地元を離れてふたり暮らしをする事になり、私はこれまで貯めていた貯金をはたいて軽自動車を買った。ワゴンタイプなんだけど商業車っぽくなくて、女子をターゲットにしてる感じの可愛い車である。


 免許は高校3年生の時に、学校に内緒で取得した。学校から程よく離れた駐車場に停めて、放課後に雪を学童に迎えに行くのが日課だったんだよね。高2までは雪も保育園に通ってたから、授業が終わると自転車を必死に漕いで迎えに行っていた。それに比べると車はなんと楽な乗り物なのか、と当時は感動に打ち震えたものだ。


 でも大事な雪を乗せる訳だから、必死に安全運転を心掛けた。短大時代も車で通ってたけど、雪の迎えがなかったら多分電車通学だったんだろうなぁ。おかげで運転技術は同年代の子に比べると上手だと思うし、休みの日には遠くの公園とかにドライブがてら雪を連れて行ってあげられたから、免許を取った甲斐はあった。


 立体駐車場から公道に出て、信号に引っかかる。ふと助手席に座る雪に目を向けると、艶のある髪の一部が不揃いになっている事に気付いた。女の子になった時にいきなりロングヘアーになったから、見た感じすぐにわかるチグハグなところは私がなんとか揃えたんだけど、やっぱりプロではないから伸びてくるとそういう部分が目立ってくる。


「雪、今度美容院に髪の毛切りに行こっか」


「えー、いいよ。どうせ前みたいに短くはできないんだし、ねーちゃが切ってくれたらそれでいい」


 頬を膨らませながらそう答えた雪に、私は苦笑してしまう。性別が変わってしまい慌てて私の部屋に飛び込んできたあの日、伸びた髪を以前と同じぐらいに切りたいと言う雪を止めたのは他でもない私だった。現代ではベリーショートの女性も見かける様にはなったけど、全体から見ると極少数だ。性別が変わってしまった雪を必要以上に目立たせたくなくて、髪を切ることを禁止した。悪目立ちする事で雪が傷つくんじゃないかと、不安に思ったからだ。


 確かに以前と同じ長さにはできないけど、現在腰の近くまで届く長さなのを肩に掛かるくらいまでなら切ってもいいんじゃないかと思っている。何しろ2学期から通う小学校には、以前の雪を知る人はいないのだ。極端に短くしなければ、大丈夫なんじゃないかと思っている。


「私、美容院に行った後の匂いって好きなんだよね、ぎゅーってしたくなるくらい。でも雪が行きたくないならしょうがないか」


 信号が変わったのを確認して車をゆるゆると動かしながら、何でもない事の様に言った。こういう言い方をした方が雪を釣り出せる事は、長年の経験からわかっている。


「……ねーちゃが好きなら、行ってもいいよ?」


 チラチラとこちらを伺いながらそう言った雪の反応があまりに予想通りすぎて、私は思わず吹き出してしまう。そんな私の態度に、雪は頬を膨らませて車が信号で停まる度にポカポカと手加減しながらも憤りを現す様に叩いてきた。


 そんな雪をコンビニのアイスでなだめて、美容室へ行く予定を取り付ける。家に着く頃にはすっかりいつものニコニコ笑顔な雪に戻っていて、単純な雪が可愛くて仕方がない私なのでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ・主人公に共感できる。 親戚の雪のために尽くす主人公は人として尊敬に値しますね。純粋に雪を大切にしているのが伝わってきて、応援したいという気持ちが湧いてきます。 ・雪が可愛い。 雪はある…
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