00――プロローグ
息抜きしたい時とか、文章が書けなくなった時に気分転換するための作品です。
軽い気持ちで読んでやってください。
私には年の離れた幼なじみがいる、ちょうど11歳の年の差だ。あと1年生まれるのが遅かったら干支一回り違っていたが、まぁ大した差ではないだろう。
それこそオシメだって変えた事があるし、風呂だって今も一緒に入る事が多々ある。私にとっては自分の子供みたいな、目に入れてもいいくらいに可愛い弟みたいな子だ。
名前は雪、生まれたのがこの辺では珍しい大雪の日だったからそう名付けたと聞いた時は、おばさんの大雑把さに小学生だった私も呆れたものだ。そもそも私の母親と雪のおばさんが学生時代からの仲良しで、家を買う時に隣同士の物件を購入したらしい。
おばさん夫妻はなかなか子供ができずで、雪は遅くに生まれた子だった。高齢出産だったせいなのか、それとも他に原因があるのか。おばさんは出産後は何度も入退院を繰り返し、雪が2歳になる頃に帰らぬ人になってしまった。何度も私に『雪をよろしくね』とお願いして。
おじさんは一人じゃなんにもできない人で、うちの両親も共働きで幼少の頃から家事を仕込まれていた私が、おばさんが入退院を繰り返していた時からお隣の家のメンテナンスや雪の世話を一手に取り仕切っていた。だから約束なんてしなくても、私が彼らの面倒を見るのはいつも通りの日常だった。
『ねーちゃ、ねーちゃ』と私に懐いてくる雪は可愛かったし、何でもしてやりたいと学生ながら思った私は叱るところは叱ったけど、ダダ甘に雪を甘やかした。その結果雪は私にベッタリで、なんでも私に報告してくる様な甘えたな子に育った。そう、こんな風に。
「ねーちゃ、大変! 僕のちんちんいなくなっちゃった!?」
日曜日ぐらいちょっと寝坊しても許されるだろう、昨日のうちにおじさんと雪の朝ごはんは冷蔵庫に用意してきたし、ちゃんとメモ書きも置いてきた。なんなら帰る前に雪に何度も言ってきたのだから起こされるはずがない。そう考えていた私の目論見は脆くも崩れ去った。
バターンと私の部屋のドアを力いっぱい開けながら訳のわからない事を叫んだ雪を、私は不機嫌さ満載で布団の中から睨む。
「……何? 朝からなんのイタズラ? その髪どうしたの、どこからカツラなんて持ってきたのよ」
半泣きになりながら必死に訴えかける雪に、私は寝ぼけた頭をなんとか動かして尋ねた。昨日まで男の子らしい短い髪型だった雪が、何故かロングヘアーになっている。元々おばさん似だった雪は、髪型がロングになっても特に変な感じはしない。いや、むしろこれはこれで可愛くてアリなんじゃないかと思えてくる。
「ちがうよ! 朝起きたらこうなってたの。それに見てよ、これ!」
自分の焦りが私に一向に伝わらないからか、雪はパジャマのズボンを掴んで勢いよくパンツごと下ろした。雪の股間なんて見慣れてるから普段なら慌てたりしないけど、いつもそこにいるゾウさんが影も形もなくいなくなってしまっていた。代わりに自分の小学校時代を思い出す様な一本筋が、くっきりとそこに存在していた。
そこからは私も雪と一緒に取り乱して、『ゾウさんをどこに捨ててきたのか』『捨ててないよ!』と今思い出すと非常にバカだなと思うやり取りをしたり、雪を裸にして他に女性っぽくなっているところはないかと確認したりした。10歳という性差がほとんどない年齢だからか、強いて言うなら胸が昨日よりほんの少しだけ膨らんでいるかもという微妙な変化しか見つけられなかったけれど、決定的な証拠として股間が違っているのだから雪が女の子に変わってしまったのは覆しようのない事実だろう。
不安がる雪を抱っこしながら、インターネットで突然性が変わる症例について探す。でも出てくるのは眉唾な記事ばかりで、今の雪に合致する様なものは出てこない。
もしかしたら明日になったら男の子に戻っているかもしれない。おじさんに現状を報告して、とりあえず今日は様子を見ることにした。もし明日もこのままだった場合は、最寄りの大学病院に私が連れて行く事に決まる。何故なら雪がもうベッタリと私から離れようとせず、病院も私と一緒でなければイヤだとゴネたからだ。
日曜日は私がトイレに行く時はピッタリと雪が着いてきたし、逆の場合も私も一緒に行かざるを得ない状態だった。男子と女子では色々やり方が違うからね、トイレの作法を教えるのにはちょうどよかったけど。
短大を卒業して就職もせずに家にいるのは、ひとえに両親からもおじさんからも雪の面倒を見る様に頼まれているからだ。お金はいらないと言ったけれど、おじさんからは雪の生活費も含めた大金を中学の頃から毎月もらっている。まるで雪の世話を仕事にしてしまっている罪悪感を覚えるけど、おじさんも私への罪悪感と感謝でいっぱいなのだろう。もらったお金はありがたく貯金させてもらうと同時に、雪に何かがあった時のためにも一部を積み立てている。
最初の頃は雪のお世話は私がしたいからやっていることなのにと大人達に憤慨したものだが、今やそんな潔癖なところは消え失せておじさんや両親の気持ちがわかる年齢になってしまった。清濁併せ呑むというのはこういう事なのかなと思いつつ、積立金からいくらかのお金を引き出す。
月曜日、そのお金を使って大学病院で雪の体を徹底的に調べてもらった。病名は忘れてしまったが、世界に症例が少数だけ残っている性転換症という病気らしい。専門的な説明も受けたが、細胞のバグの様なものが一度だけ性別が転換する程のエネルギーを放出し、体の遺伝子を書き換えるのだそうだ。元に戻る事は100%なく、雪はこれから女の子として生きていくしかないらしい。
「女の子なんてヤダ! だって、ねーちゃと結婚できないもん!!」
先生や看護師さんの前でそんな事を言ってゴネる雪に、幼稚園の頃の約束をずっと信じてその気でいたんだなぁと恥ずかしいやら懐かしいやら微笑ましいやら複雑な気分になる。
「結婚しなくても私と雪はずっと一緒にいるでしょう? ねーちゃとお揃いの女の子になるの、イヤ?」
椅子に座る雪の前にしゃがみこんで、じっと目を合わせて問う。果たしていつまで私と一緒にいてくれるのか、いつか置いていかれるのは私の方だと思うけど。そんな気持ちを押し隠して雪と見つめ合っていると、ふいと雪の方が先に目を逸した。
「……本当に、ずっと一緒にいてくれる?」
不安そうに尋ねてくる雪に、私はしっかりと頷いた。いつか雪が私を必要としなくなるまで、ちゃんと見守るから安心しなさい。そんな気持ちを込めて。
私の気持ちを確認して安心したのか、雪は女の子として生きる事を受け入れた。あまり肉体的な性差が感じられない小学4年生でも、きっとこれから精神的に悩んだり傷ついたりする事が多々あると思う。そんな雪を励ましたり窘めたり、女性として長年生きてきた先輩として守ってあげられる様に頑張らなければと改めて思った。
それから戸籍の変更とか雪の意思を尊重しての転校手続きとか、色々な事があって落ち着いたのは夏頃だった。おじさんは仕事があるし、雪が一緒に住むのは私だけでいいと主張したので、私と雪だけが引っ越す事になった。両親からは私が嫁にいく時に渡そうと思って貯めていた通帳を渡されたが、何を考えているのかイマイチよくわからない。まぁでも、これからの生活でお金が必要になった時には遠慮なく使わせてもらおうと思っている。
私達の事を誰も知らない土地で、二人だけで新しい生活を始める。ひとまず手続きとかで学校に通えなかった間に女の子としての色々を一通り教え込んだけど、ちゃんと雪がその通りにできるのかとても心配。
でもこうして私の手を握って嬉しそうにニコニコと笑っている雪を見ていると、どうにかこうにかやっていけそうだなと思えるのだから我ながら楽天的だ。新しい住処になるマンションのドアを開けて、私達はそろって中に入るのだった。