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第3話 全裸の宇宙旅行がしたい

「なあ、五樹。もし僕がこの歳で父親になると言ったらどうする?」

「紡が父親になるなら俺は総理大臣だな」

「あり得ねえわ」

「あり得ないな」


 なんて言いながら2人笑いあう。


 隣を歩いている彼は僕の数少ない友人の一人で、名前を桐生(きりゅう)五樹(いつき)という。

 気さくな性格でノリも良く、僕と違って友人も多い。……が、残念なことに女子からはモテない。


 中学の時からの仲で、高校からクラスが別々になってしまったものの、お互いに見かけたら一緒に登校するくらいには仲が良い――というよりもお互いに波長が合うんだと思う。


 今日も交差点で信号待ちをしていたら五樹が「よお」と、後ろから声を掛けてきたので、こうして肩を並べて一緒に登校することになったのである。


「しかも、その相手は美少女で、スゲー豪華な家に住んでいる財閥の娘だと言ったらどうする?」

「もしそれが本当なら全裸のまま宇宙に行ってやるさ」

「言ったな?」

「言ったとも」


 まさか全裸で宇宙に行くことになるとは彼も思うまい。僕も彼を死なせるようなことをさせたくはなかった。


 そんな会話をしながらも、僕は学校に着いたら起こるであろう展開について考えていた。

 言わずもがな、昨日の妊娠告白大事件についてである。


 昨日の教室の空気からして、みんなから祝福されるってことはまず無いだろう。

 男子からは殺意のオーラが半端なかったし。女子なんかゴミを見るような目をしていたし……ああ、学校に行きたくねえな。大体いつも行きたくないけど。


「紡、今日はやけに死にそうな顔をしているな」


 どうやら顔に出ていたらしい。眠そうな顔をしている、とはよく言われたけど〝やけに〟ってことはいつも死にそうな顔をしているのか僕は。


「死にそうなくらい学校に行きたくないんだよ」

「ハハハ、それは俺も同感」


 五樹の口調こそは明るいものの、どこか憂いのある表情をしていた。

 クラスの連中とも上手くやっているように見えていたけど、彼には彼なりの悩みがあるだろうか。


「じゃあ、今から学校サボって全裸の宇宙旅行にでも行かないか?」

「賛成、と言いたいところだけど、もう学校に着いちまったよ」

「マジか」

「マジだよ。ちゃんと前向いて歩いてるのか?」


 考えごとをしていたから気が付かなかった。


 眼前に迫る少々年季の入った校舎。

 市立緑ヶ丘高等学校――それが僕たちの通う学校だ。


「……それにあそこ、鬼のスドーもいるぜ」


 校門の前には鬼のスドーこと、生徒指導部の須藤先生が鬼のような形相で生徒たちを見守り、という名の監視活動をしている。見た目通り怖いことで有名な先生で、これでは全裸の宇宙旅行にも行けやしない。

 

「おいそこ! スカートが短いぞ!!」

「す、すぐに直します!」


 彼はいつものように、校則を破っている生徒を怒鳴りつけている。そうでなくても、いつも怒ったような顔をしているのだけど、彼は生まれつきそんな顔なのだろうか。それとも何かこの世に特別強い怒りでも抱いているのだろうか。


 そういえばこの前、玄関にいる須藤先生の怒号が2階の教室まで聞こえてきたことがあったっけ。

 怒られている生徒が何をやらかしたのかは知らないけど、その怒鳴り声が聞こえた瞬間教室内には緊張が走り、話し声がピタリと止んでしまうほどの衝撃だった。僕にもそれくらいの威圧感があればこんな憂鬱な気分にならなかったのにな、と思う。


「おはようございまーす」

「ざーす」


 そんな須藤先生の横を挨拶しながら通り過ぎる。

 早紀を妊娠させたことが先生の耳に入り、呼び止められてしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしたけどそれも杞憂に終わり、特に何のイベントもなく学校の中に辿り着いてしまった。


「あの先生の近くを歩くのって緊張するよな」


 五樹が後ろを振り返りながら僕に愚痴る。

 まったく同じ感想を持っていたので、思わず苦笑がこぼれそうになった。生徒指導部の先生はあれくらい威厳がないと務まらないのだろうか。僕にはとてもじゃないけど出来そうにない。


「じゃあまたな」

「おう」


 なんて爽やかな挨拶を交わして、五樹と廊下で別れる。

 またな、とは言ったけど、学校にいる間は別行動。五樹と会うことはほとんどない。なぜなら、移動が面倒な僕は基本的に教室内に引きこもっていて滅多に外に出ないからだ。次に会う時はまた明日か、それ以降になるだろう。



 ……さて、ここからが戦いの場だ。僕は気を引き締める。


 ある程度予想はしていたけど、教室に入った瞬間、僕の方に視線が集まる。もし視線が銃弾だったら僕は集中砲火を浴びて、蜂の巣のようになっていたことだろう。銃社会じゃなくて良かった。


 今までジロジロ見られるような機会なんて無かったから、少しだけ新鮮な気分だけど、やっぱりいい気分はしないのであんまり見ないで欲しいのである。


「紡くん、おはよう」


 僕の姿を見つけるなり、早紀が僕のもとに駆け寄ってくる。それはまるでご主人様の帰りを待っていた飼い犬のようだった。その様子を見て、周囲ではヒソヒソ話が始まる。


 僕も「おはよう」って返すと、何故か早紀は上目遣いで僕のことを見つめてくる。何か喋ればいいのだけれど、黙ったままそうしているのでなんだか気まずくなってしまう。


「……昨日は家まで送ってくれてありがとう」


 長い沈黙を破り、早紀の口からようやく出てきた言葉がこれ。

 お礼を言うのはいいんだけど、みんなが注目している中こんな話をするのはやめてほしいな。あと声のボリュームもちょっとデカいんだよ。


「やっぱり昨日のアレ本当だったんだ……」

「あの紡くんと早紀ちゃんが……」


 案の定ギャラリーからそんな会話が聞こえてくる。

 今のクラスの連中にとって、僕たちは好奇の対象でしかない。周りからしたら、面白い話のタネが転がり込んできた、くらいにしか思っていないのだろう。迷惑な話だ。


「……こうやって周りからコソコソと話されるといい気分はしないね」


 早紀がそっと耳うちをする。今度は周りに聞こえないような小さな声だ。

 そういう早紀だって今コソコソと話しているじゃないですかー、というツッコミは置いておいて、まったく本当にその通りである。やられる身にもなれって話ですよ。


「変に目立ってしまっているからなあ。学校にいる間は会話を控えた方がいいかもしれない」

「そうですよね、その方がいいですよね……」


 それで会話は終わりかと思いきや、早紀はモジモジとまだ何か言いたそうな顔をしている。

 ヘイユー言っちゃいなよ、言えばスッキリするぜ? ってな感じで軽く聞き出すと、再び上目遣いで僕の方を見ながら、


「放課後、体育館裏で待っているから今日も一緒に帰ろうね」


 とだけ言って自分の席に戻って行った。

 可愛い、可愛いけど、その上目遣いはドキッとするからやめて欲しいなあ。心臓に悪いんだよ、可愛いけど。

 

 それから授業中、休み時間と、四六時中クラスメイトから視線を感じ続けていたけど、直接僕に話しかけてくるような人は居なかった。ヒソヒソと話をされるくらいなら直接ドカンと言ってくれた方が良いのだけど、僕ってそんなに話しかけづらいのかなあ。早紀は割と話しかけられていたんだけど、僕の方には誰も来ず。悲しみ。


 なんて気を落としていたら、僕の席にガラの悪い男子生徒が2人ほどやってきた。帰りのホームルームが始まる前のことだった。


 リーダー格と思われる坊主頭、それと付き添いの顔中ニキビだらけの男子生徒。不良っぽい見た目だけど、見た目で判断するのはよろしくないので、品行方正な一般生徒ということにしておく。


「お前が紡だよな? あの文月早紀を妊娠させたってマジ?」


 ヘラヘラと笑いながら坊主頭の生徒が僕に聞いてくる。完全に面白がっている目だ。

 教室で見たことがない人だから、恐らく他のクラスの者だろう。他のクラスまでこの噂が広まっているとは、僕も有名人になったものだな。全然嬉しくないけどね。


「多分そうなんじゃないかな」


 自信がなかったので僕はそう答えた。だって記憶が飛んでいるんだもん、そう答えるしかないよね。


「多分ってなんだよ。ハッキリ言えねーのか?」

「言えないっすね」


 僕もヘラヘラと笑いながら答えた。愛想笑いのつもり。

 だけど、その返事が気にくわなかったのか、その男子生徒は眉を吊り上げる。口もへの字、額の血管もピクピクと動いているし、ああ、どうやらこれは怒っているサインのようです。


「お前、いい度胸してんじゃん。放課後に体育館裏に来いよ。礼儀ってもんを教えてやるから

さ」


 そう言われた後に気付いたんだけど、この男子生徒はどうも2年の先輩だったようで、僕は無礼な態度を取ってしまったらしい。急いで謝ったけど、時すでに遅し。


 礼儀ってもんを教えてやる、と言われて、マナー講座が開かれるわけでもないだろうし、会話の流れからして多分だけど僕はボコられる。それが分かっていて行く馬鹿は居ないわけで、完全にスルーするつもりでいた。


 けれど、そうするわけにも行かないと気付いたのは不幸にも帰りのホームルームの後。

 放課後の体育館裏と言ったら、今朝、早紀と落ち合う予定だった場所だ。このままスルーしていたんじゃ早紀とあのガラの悪い先輩が鉢合わせしてしまう。


 やっぱ待ち合わせ場所を変えない? って早紀に伝えようとしたのだけれど、早紀は委員会の集まりがあるとかでどこかに行ってしまっているし、僕はスマホを持っていないので連絡を取ることも出来ない。

校舎の中を探している間、早紀が体育館裏に行ってしまう可能性もあるので、僕は仕方なく先回りして体育館裏で待つことにしたのだった。馬鹿は僕だった。

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