切ない夜中に想うおはなし
その夜も満員御礼なまんまるカエル亭。
接客するウシを生暖かく見守るカエルの目に入ったのは不器用な恋に悩む雪ヒョウでした。
珍しくちょっと切ないかもなお話。
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そばにいてほしくて
ほんのすこしのうそをついた
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細くてシャープなオレンジの月が、まんまるいレモンの月と仲良く並んででてきました。
秋の風がぱらりと吹き抜けていく宵の口。
「とっても気持ちがいいね」
ウシが微笑みつつ言い、耳を澄ますと虫の声まで聞こえてきます。
りーんりーんという音に混じってけたたましい羽音もしているようです。
ん、羽音?
ちょっとそれは違うような……。
「ぎゃー、召喚で虫呼ばないで!!虫嫌い!」
カウンターについていたネズミが悲鳴をあげて逃げました。
それに続く笑い声と共に、今日もまんまるカエル亭は楽しく営業しています。
今日は新しいお客も多くて、いつにもまして繁盛していました。といってもカエルやウシが営業活動をした賜物などではなく、お客達が友達を連れてきただけなのですが。
黒い羊や白い山羊、そして3人の雪ヒョウがそれでした。
彼らは初めての店に始めは緊張した面もちでしたが、今ではなじみの客と同じ顔でくつろいでいます。
「それにしてもなんでシカとニワトリはこんなに友達が多いんだろうね」
ウシはにこにこと笑いながら言いました。エロイと評判だけど気のいいシカとニワトリのコンビがとても好きなのです。
「エロイからナンパしたんじゃないの?」
カエルはふんと鼻をならしました。
「エロならカエルさんも負けないのにね」
「うんむ、って何を言わすのじゃ、ウシくんは」
お約束の突っ込みに、ウシはにっこり笑いました。
そんな時間がしばらく過ぎて。
月が天頂高くに上がって夜も更けたというのに、お客は誰も帰っていませんでした。
数は同じなのに騒がしさは増しています。
いい感じでお酒が回っている、というところでしょうか?
客が楽しそうに騒いでいる一角ではウシがせっせと給仕をしています。マメなウシが居るからまんまるカエル亭は平和なのです。
マダムなカエルはカウンターにひじなどついて大変まったりしています。
そこに、テーブルから離れたお客が一人で来て座りました。
初めてのお客さん。
ぽっちゃりした愛らしい雪ヒョウです。
「ここ、いい?」
雪ヒョウはカエルの前のスツールを指差して言いました。
「もちろん」
カエルはにっこり笑いました。
そしていそいそとグラスを2つ出し、テーブルに置きます。
続けて出したのは綺麗な紫色の瓶。
「飲む?」
しかし雪ヒョウは首を横に振りました。
「飲みたい気持ちなんだけど、残念ながら下戸なんだ」
「そか。ワタシと一緒だねえ」
カエルはにやりと笑います。
「カエルだけにゲコ、ってねえ」
雪ヒョウはしばらく固まった後、ふっ、と笑いました。
その後、二人は話の輪から外れてまったりと話をしました。
連れの雪ヒョウがたまにこちらに視線を向ける他は、誰もこちらに注意を向けません。カエルが1対1でお客と話し込むのは珍しいことではありませんでしたし、なによりも優秀なウシがいれば問題などないのです。
そんなわけで、カエルと雪ヒョウはいろいろな話をし、すっかりうち解けました。
おそろいのスプーンでアイスクリームを食べながら、時折起こる笑いに耳を傾けたりしています。
そのとき、カエルはふと気づきました。
雪ヒョウが時折客の輪に目を向け、一緒に来た漆黒と灰色の雪ヒョウを見て溜め息をついているのです。
「気になるみたいだね」
カエルは言いました。
「引き留めちゃってごめんね。テーブルに戻る?」
しかし雪ヒョウは首を横に振りました。
「あの二人はよく似合うでしょう?」
雪ヒョウは笑って言います。
カエルは雪ヒョウたちを見つめました。
漆黒の雪ヒョウは男で、張りつめた弓のようなしなやかな体をして、狩人の雰囲気です。言葉は一見ぶっきらぼうで突き放しているようですが、礼儀も正しく、周りに対する気配りも見られます。
対する灰色の雪ヒョウは女で、凛とした雰囲気に背筋が伸びる気がします。知識も豊富で話に引き込まれている客も多いようです。柔らかで品のいい物腰もまた惹かれます。
たしかに、カエルにも二人はお似合いだなあと思いました。
だから頷くと、雪ヒョウは淋しそうに笑いました。
「何でついて来ちゃったんだろうなって思ってるの」
笑っているけれど、心は泣いている、そんな顔になります。
「何であのヒトが私を好きだと言って捕まえたのかわからない」
雪ヒョウはぽつりと言いました。
カエルはここでやっと気づきました。
漆黒の雪ヒョウはこのぽっちゃりした雪ヒョウの連れ合いなのだ、と。
カエルは雪ヒョウを見つめました。
こちらの雪ヒョウはたしかに狩人の雰囲気ではないな、と思います。
ぽってりとした体は抱き心地が良さそうな感じ。どちらかといったらカエルのように人が帰ってくるのを迎える方が好きなのでしょう。漆黒の雪ヒョウと一緒にバリバリに狩りにいくタイプではなさそうです。
でも。
「好きなんだ?」
カエルは雪ヒョウの耳元で囁きました。
雪ヒョウは勢いよく顔を上げ、カエルの顎にヒットしました。
「い……」
「痛い」
二人は同時に言い、笑いました。
「ワタシは雪ヒョウさんが好きだよ」
カエルは痛む顎をさすりながら言いました。
「初めて会ったヒトだけど、雪ヒョウさんはなんというか、一緒にいるとほっとするよ」
雪ヒョウはにこりと笑います。
「そかな」
「うん」
「でもね」
雪ヒョウは笑いが起こったテーブルをちらりと見ました。
連れの雪ヒョウたちは楽しそうに肩を寄せ合って笑っています。
「私は、ちょっと、あの二人といると、というか、あの二人がいるところに自分が一緒にいると、辛いんだ」
ぽとり、とカウンターに涙が落ちました。
「あのヒトは私に彼女にとっても逢いたいんだって言うし。自分の家じゃなくて彼女の家に行くし、私といるより楽しそう。私も彼女がとても好きだし、信頼できるヒトだってわかってるし、なによりとてもとても憧れている素敵な女性なので、それならそれで仕方ないかなあって思うんだ」
カエルは雪ヒョウにそっと布巾を渡しました。
雪ヒョウは声を出さないようにガマンしているようでした。
肩を震わせて、前足をそっとかじります。
「でも、私は」
しばらくの間の後、雪ヒョウは呟きました。
「なによりもあのヒトを信じられない自分がイヤだし、彼女に嫉妬する自分がイヤだし、逃げてばっかりいる自分がイヤだし、思ってることを言えなくてただ笑ってるだけの自分がイヤだし、嫌われたくなくて肯定ばっかりしている自分がイヤだし、そんな自分を嫌いになっている自分がイヤなんだ」
テーブルから再び笑いが起こりました。
カエルはそちらに目を向けます。
みな、とても楽しそうで、カエルにとっては喜ばしいことです。客が楽しんでくれるのが店主の誇りなのですから。
そのとき、カエルは気づいたのです。
漆黒の雪ヒョウが心配そうな目でちらちらとこちらを見ていることを。
カエルは漆黒の雪ヒョウに手を振り、頷きました。
漆黒の雪ヒョウはカエルに気づくとふっと横を向きました。
カエルは思いました。
困ったヒト達だなあ、と。
「嘘でもいいから、自分を好きだって言ってみて?」
雪ヒョウは顔を上げました。
涙を拭い、鼻水も拭いて、不思議そうな顔でカエルを見ます。
「ワタシだっていつもいつも元気なマダムじゃないからねえ。疲れちゃった時は声に出して言うんだよ。ワタシはワタシが大好きだから、ってね」
カエルは顔の前で指を振りました。
「自分のことがイヤなヒトを他人は愛さない」
「……、うん」
「雪ヒョウさんはとっても愛されてるのに、信じてあげないと可哀想だよ」
「あのヒトを?」
「違う、自分を、だよ」
カエルがテーブルに視線を向けます。
何事だろうと雪ヒョウが振り返ると、漆黒の雪ヒョウと目が合いました。
雪ヒョウが自分を見たことに気づいたのか、漆黒の雪ヒョウの顔が優しくなります。
ふふ、とカエルは笑いました。
「さっきから気にしてずっと見てるんだよ。いいなあ、ワタシもああいう相手が欲しいよ」
雪ヒョウは顔を赤くしました。
明け方近くになって、ようやく店内が空になりました。
まだまだ夜は世界を覆っていますが、そろそろ朝の気配も感じられます。
カウンターではカエルがからになったアイスの容器の横に伏せていました。
「お疲れさま」
ウシが隣に来たもの気づかないようです。
眠っちゃったかな、とウシは微笑みながら空になった容器を片付けました。
店内も綺麗に片付けて、休もうかと思ったころにようやく、カエルが起きあがります。
「ごめん、ちょっと、凹んでた」
カエルが呟くと、ウシはそっかあと言ってスツールに座りました。
「なんか思い出した?」
「うん」
カエルは頷きました。
「雪ヒョウさんが相手につく嘘なんてかわいいもんだ。ワタシはいろんなものに嘘ばっかりついてる」
ウシはカエルに言いました。
「ほんの少しの嘘は大事だよ」
カエルは笑いました。
「そだね、何に対しても正直なだけだとだめなんだよね。ほんの少しの嘘でも自分が救われるならそれでいいんだ」
それっきり、カエルは何も言いませんでした。
そして珍しく、最後まで洗い物をしたのでした。
人はパンのみにて生きるにあらず、みたいな感じでしょうか?
カエルママンもいろいろあるんですよ、きっと。
そういうカエルママンもウシさんがいてくれて幸せなのです。逆もまたしかり
カエルさん→カエル
ウシくんもしくはウシさん→ウシ
に、修正しました