魔力増強薬
「さて、弟子よ。俺は確か魔力増強薬を調合していた筈だな?」
「はい、師匠。師匠は魔力増強薬を調合しようとしていました」
木の丸テーブルを間に挟んで、目の前の弟子に作っていた物を確認する。弟子は相変わらずの鉄仮面っぷりだが、それでもこちらの質問に対してしっかり返答を返してきた。もう少し表情豊かでもバチは当たるまい。
今回調合していたのは魔力増強薬と呼ばれる、名前通りの薬だ。こいつを一口飲めばあっという間に保有魔力が数倍に跳ね上がる優れもの!となるはずだった。
「じゃあ弟子よ。これをどう見る?」
「はい、師匠。これは超強力な栄養剤と鑑定結果が出ました。植物等に使えばこの村の肥料問題が解決するかと思われます」
「そうか……やっぱりそうか……」
薬の入った小瓶を眺めながら、フッと笑って強く頭を丸テーブルにガツンと叩きつける。
違う!俺が作ろうとしていたのは魔力増強薬であって決して畑用の栄養剤を作ろうとしたのではない!こんなみすぼらしい村の事などどうでもいいのだ!
「また失敗だ……材料は間違っていないし、レシピ通りに作っていた筈だろう……」
「師匠、師匠」
「………なんだ」
未だ丸テーブルにデコをくっ付けて項垂れていると、ちょいちょいと弟子が俺の髪を引っ張ってきた。
やることは小動物っぽい筈なのに、そこで髪の毛を引っ張ってくる辺りもはや嘗められているのでは?と思えてくる。それでも気だるそうに返事を返すと、弟子は飛んでもない指摘をしてきた。
「先程のレシピに使う呪文を間違っています」
「………は?」
「使う呪文はこちらです」
訝しげな表情で見やると、弟子はどこから持ち出したのか魔導書をこちらへと差し出し、目的の箇所を呼び指していた。そこを見てみると、なるほど確かにそれらしい呪文が載っていた。つまり失敗した原因は使用した呪文のミスと言うわけだ。これで謎が解明した。
「……待て。俺は調合する際に魔導書を確認してから呪文を使ったよな?」
「はい、間違いありません」
「そして本来使う魔導書はこっちだったと」
「おっしゃる通りです」
無表情でうんうんと頷く弟子に沸々と怒りが沸いてくる。
なんだ。つまりこいつは俺が間違った魔導書を使おうとしていたのを知っていたにも関わらず、それを指摘せずに見守っていたということか。
「……知ってたんなら教えんかぁぁい!!」
「だって……」
小さい声で「劇薬ですし……」と言われるとこちらとしても強く言えなくなる。しかもこういう時だけ少し申し訳なさそうにしょんぼりし始めるのがこの弟子だ。
「……はぁ。もう終わったことだからいい。それよりもこれを村人どもに渡してやれ」
「師匠が作ったものですし、師匠自身がお渡ししたほうがいいのでは?」
「はん。やなこった!未来の大魔導師である俺に村人どもと遊んでる暇はねぇんだよ」
「師匠……そう言いながらも、先日村の子供たちと遊んでいらっしゃいましたよね。子供たちが楽しそうに話してくれましたよ」
「……ええい!さっさとそれ持っていけ!ほら!」
弟子に小瓶を持たせて外へと摘まみ出す。これ以上変なことを暴露されてもこちらが困る。
にしてもまさかこの俺がレシピの見落としをするとは思わなかった。レシピを見ると劇薬だなんてちっさく書いている辺り書いた奴の意地の悪さが伺える。
「ったく。もーちっと効力が優しめのやつを探さんとな……」
レシピ本を棚に戻し、新たな本を漁り始める。まさか劇薬をあいつに飲ませる訳にはいかない。
(全く、不便な体質しやがって)
そう心の中で愚痴りながらも、本を探す手を止める事はなかった。