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part8 letter

「兄者へ

紗々は今とーほーにいます。

元いたお屋敷に泊めてもらっていますがそこにいるしゅーどーかいの騎士たちはなんだか偉そうで紗々はむかむかしています。

このお屋敷は本当なら兄者と紗々のおうちだったのに。

アリサ姫も警備上のりゆーからお父さまの部屋に匿われています。

でもひとつだけ楽しいことがあります。

魔族たちとの戦いが終わったあとシュトーレンをあったかい紅茶と一緒に食べるのが毎日のたのしみです。

兄者もお体に気を付けて」


紗々から送られてきたのは彼女らしい拙くも暖かみのある手紙だった。

「ふーん紗々さんから手紙ですか」

「お手紙ー」

ウェルズ家の長男チャールズとその弟ミルは興味を持ったようで声をかけてくる。

「それでめぼしい情報はあったのですか」

「めぼしいって」

別に俺は間者でもなんでもない。俺ができることと言えば国が発行するソフィア誌と彼女とからの手紙を照らし合わせて現状を把握することだ。

「ソフィア誌ではあたかも騎士修道会が活躍しているかのように報道されていますが」

「うーんそこが不思議なんだよな」

紗々の表現力では詳しいことはわからないが彼女もそれなりに活躍しているはずだ。

「あっここに小さく記事に取り上げられていますよ」

アリサ姫の騎士紗々さまドラゴンを討伐、と記されていた。記事は現地の記者が書いたもののようだった。

バーナード・アロンソという怪しげな名前の男のようだ。

また変なのに絡まれなければいいが。

紗々の手紙によれば東方は以前いたときよりも荒れ果てていて娯楽の類いはないようだ。

だから屋敷と戦地を往復するだけの生活なのだろう。

あの飽き性な紗々に耐えられるのか。いささか心配だったがアリサ姫が目を光らせてくれているはずだ。

だが肝心のアリサ姫も東方ではハインリヒたち騎士修道会に押されぎみだ。

「ここは界先生の出番じゃないですか」

「せんせいだいかつやくー」

兄のチャールズは愉快そうに続ける。

「ハインリヒ殿と連絡がとれるということは内部の情報もある程度は収集できるってことでしょう」

「そりゃそうだけど」

退屈をもて余した貴族の長男は刺激がほしいらしい。

「だったら界先生が現地にいくなり関係者と連絡を取るなりして国王の東方遠征の結果を世に知らしめるべきじゃないですか」

「なんで俺が?」

「だって先生が適任じゃないですか」

チャールズは面白ければそれでいいと思っているようだ。

「でもこのバーナード・アロンソとかいう男が紗々の記事を書いてくれてるぞ」

「僕その人知ってます」

意外な情報を得て俺は内心驚いていた。人の縁とは分からないものだ。

「本当か?」

「ええ母の取り巻きのそれまた取り巻きの中にいました」

「それってほぼ他人じゃないか」


ウェルズ家のマリー夫人といえば超がつくほど有名なパトロンの一人だ。

彼女に取り入ろうとしていたのならば意外と知識人かもしれない。

だがやはり何か不穏なものを感じる。


「大事な妹さんの活躍を報道してくれたんだから悪い人じゃないと思いますけど」

根拠があるのかないのか微妙な線だがチャールズはそう言った。


「まあ保証はできませんが」

だって母の取り巻きですからと付け足す。

彼女は身元が怪しくても才能がある人間や面白いと思った相手ならばすぐに援助を申し出る傾向があった。

下手な鉄砲数打ちゃ当たるというわけではないが俺みたいなのも息子の家庭教師にしちゃうんだから考え方はリベラルというか自由奔放だ。

「とにかくこれは界先生にとってはチャンスですよ?」

「どういう意味だ」

「現在騎士修道会が推し進めている東方開発についてその実情を報道する。それだけでも結構金になるはずです」

金、という言葉に俺はうっと声を漏らす。確かに金は喉から手が出るほどほしかったが。

「貴族やギルドは東方開発の中には入れないから不満をためているの知らないんですか」

つまり騎士修道会の情報をよそに売れと言っているようだが。

「それをしたら俺はここにいられないぞ」

まさか国の事業の内部を赤裸々に書き連ねた記事を書けとは言われるとは思わなかった。

「大丈夫ですよ。うちはそういうのに寛容な方なので」

「副業申請とかした方がいいのか?」

冗談めかして言うとチャールズは小さく笑った。

「直接本人に会って話をした方が手っ取り早いと思いますが」

彼がそう言うと扉をノックする音がする。

「チャールズ、ミル少しよろしいかしら」

よく澄んだ妙齢の女性の声がした。

「これはマリー夫人本日は一体どういったご用件で?」

「今日は界の仕事ぶりを見に来たの」

じっくりと俺の顔を見つめられるとなんだか気まずい。

「恐れ入ります」

俺は紗々からの手紙を後ろ手に隠すと授業を再開する。

「じゃあチャールズ、今度は水の詠唱魔法の心得を読もうか」

「はい界先生」

「ミルは短い文章を書こうか」

しっかり授業をしている様子を見せることで保護者を安心させる。大事なことだった。

お金を出しているのは子女の保護者なのであって彼らが納得しないと意味がない。

「水の詠唱魔法の心得は五つ。それを輪読するから復唱してくれ」

「はいそれいつものやつですよね」

彼と和解してからは話を素直に聞いてくれるのはありがたかった。

たぶん俺が内心動揺しているのを面白がっているだけかもしれないが。

「ミルは俺の書いた文字を真似して写してくれ」

「写すのー?」

ミルもさっきまで俺としゃべっていたので集中できないと思ったが母親がやってきているという緊張感の中何かを悟ったようだ。

「今日は羽ペンちゃんと持ててるな」

「うん。僕勉強頑張るって決めたから」

先生泣かせのことを言ってくれる。普段からこれだけ一生懸命なら言うことないのだが。

それから数十分授業の様子を見せていたが。

「二人とも今日は真面目に勉強しているのね。私も感心しました」

「はいお二人とも勉強が好きになってくれたようで」

「それは嬉しいことね」

いい家庭教師を雇ってよかったわと呟く。

「ミルも座るのがやっとだったのにこうして文字の勉強もするようになって」

成長したわねと笑う。

「うん。僕も勉強して兄上みたいになるー」

「それは……いい心がけだな」

できるなら兄上みたいな理論家の毒舌にならすに素直に育ってほしいのだが彼はその意味をまだ理解していなかった。

こうして和やかに保護者参観は終わるかと思ったが。

マリー夫人の一言で場は凍りついた。

「ふふっ今回は家庭教師いびりしないのねチャールズ」

彼女は柔和な雰囲気を漂わせていたがいっていることは直球だった。

「何をおっしゃいますか母上?」

それをそ知らぬ顔でかわすチャールズにも戦慄を覚える。

この二人仲が悪かったんだった。

「あはは。チャールズにはいびられてなんていませんよ。何をおっしゃいますか」

「いいのよごまかさなくて」

彼女はふふっと笑う。

「彼が家庭教師を何人もやめさせているのはすでに知っているはずでしょう」

まさかそれを知らずに屋敷に入ったとは言わなかったが。

「そのチャールズが気に入るんだから何かあるんだろうと思ったけれど」

「な、何もありませんよ」

「動揺してる。可愛いわね」

これに関しては誉められてもあまり嬉しくない。確かに彼女はパトロンだったが。

「まあ秘密のひとつや二つ誰にでもあることよね。深くは詮索しませんが」

「母上も意地が悪い」

そうやって何かあったときに責める材料を探しているんでしょうと言われれば背筋が凍る。

この親子似た者同士だった。

「私は勉強よりもそれ以外のことを心配してあなたを雇ったのよ。この様子を見ると上手くいっているようね」

「ええ見ての通り仲良くやらせてもらってますよ」

俺を庇うようにチャールズが答えると彼女はにっこりと微笑む。上手くいかなかったときのことを考えると末恐ろしい。

それに面白い話も聞けたしねと笑う。

「面白いって?」

「さっきあなた方が話していたことよ」

マリー夫人は少女のように無邪気な顔でこちらを見つめる。

「あなたが東方にいって修道会の内部を探る。それを記事にしたら面白そうじゃない」

「珍しく母上と意見が合いましたね」

お互い顔を見合わせふふっと笑うのがかえって恐ろしかった。

「あなた修道会の伝があるのは知っていたわ。せっかくだしやってみたらいかが」

「そんな簡単に済ませられる話ではありません」

俺が記事を書いたとばれれば多くの人に迷惑がかかる。

「私たちは気にしないわ」

もとから評判なんて大したものではないからと笑う。

そういえば彼女はパトロンとしては有能だったが人としては悪名高い女性だった。

「せっかくの先生のチャンス母上は応援しますよね」

「もちろんよ」

この国で一旗揚げるならば騎士修道会に所属するか王族に取り入るしかない。

すでに紗々は王族の身内も同然だったが俺は直接的には王族には関係ない。


そして騎士修道会に反感を持っているギルドや上級貴族たちはというと。


彼らは王族の権力を吸収しようと躍起になっている。

だから騎士修道会が上手くいっていないとの情報を得られれば彼らは活気づくだろう。

ギルドの支援をしているシュタット家、貴族の中心のオットー家、騎士修道会のトップハインリヒ。

三者の思惑が交錯するなか俺は東方へ潜入することになった。

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