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part6 departure

今日は紗々の叙勲式だった。

だったというのは俺は住み込みの屋敷で働いていて実際に彼女を見に行くのは叶わなかったからだ。

「界先生僕、もう勉強やめていいですか」

「いやまだ範囲が終わっていない」

「でも炎の詠唱魔法は僕もう完璧にこなせますから」

自信ありげに答えるのは俺が仕えるウェルズ家のご令息のチャールズだ。

彼と弟のミルを教えるのが俺の仕事なのだが。

「兄上ーぼくもべんきょうおわりにしようー」

「ミルはまだ字の読み書きが終わっていないだろう」

「えー」

優等生で俺を見下しがちなチャールズとやんちゃで羽ペンすら持とうとしないミルの相手は一苦労だ。

それに今日は紗々の叙勲式ということもあり俺も気がそぞろだった。

「先生、そんなに気になるなら街に行けばいいじゃないですか」

「でもまだ二人の勉強が終わっていないから」

「それって言い訳ですよね」

どうしてこの少年は俺の痛いところをついてくるのだろう。

「あなたはアリサ姫の騎士になる紗々さまのことで頭が一杯だ。私情でとるもの手につかずの状態の人間に指導されたくありません」

「それはすまん」

素直に頭を下げるとチャールズはやれやれとため息をつく。

「大事な妹の叙勲式をすっぽかす理由に使われるのは僕も嫌なんですよ」

「俺にそのつもりはないが気を害したならすまない」

でも今はチャールズとミルの面倒を見るのが仕事だ。

「そもそも母が何を言ったか知りませんが僕にとっては家庭教師は不要なんですよ。だから今まで来た家庭教師たちを何度も辞めさせてるし今後も辞めさせる予定です」

「ぼくも勉強嫌いだから家庭教師はいらないっ」

ミルも兄の態度に倣ってか偉そうに腕を組んでいる。

うん。二人とも手強そうだ。

だが俺は現パトロンでもあるウェルズ家のマリー夫人に雇われたのだ。

できる限りのことはしたいと思う。

「あのなチャールズ。君の魔術は確かに上手い。だが基本をおろそかにするとすぐにボロが出るようになるぞ」

「ふーん」

「それにミル読み書きができないで立派な大人にはなれないぞ」

「へー」

俺が説得を試みても相手には響いていないようだった。

「そうやって都合が悪いことがあると大人ってすぐに誤魔化しますよね」

「兄上よく言った!」

二人して結託して俺の前にそびえ立つ。

この小さな巨人たちをどうすればいいのだろうか。

兄のチャールズはおそらく俺がマリー夫人の愛人と勘違いしてか刺々しい態度だし、弟のミルはチャールズの放つ不愉快オーラを感じ取ってか俺に対しては反抗的だ。

複雑な家庭環境にある二人の気持ちはわからなくはないがそれでは俺の仕事にならない。

道理でこの仕事給料だけはいいと思ったよ。

それだけやめる人が多いということだ。

それに対してなにも考えずに引き受けた俺も俺だ。

だが後悔先に立たず。

俺もできる限りのことはしよう。

「ミル、字の読み書きが終わったら魔法の使い方を一緒に勉強しような」

「えー」

勉強という言葉に固まるミルだった。勉強が苦手な子供にありがちな反応だが。

「さっきの兄上みたいに炎魔法使えたらカッコいいだろ」

「うー、うん」

兄を誉められると嫌な気はしないのかミルは戸惑いながらもうなずいた。

「僕はミルほどちょろくありませんからね」

ふてぶてしい態度は相変わらずだったが誉められたのは嫌ではなかったようで先程よりは柔らかな態度だった。

「じゃあ範囲が終わったら広場に行って叙勲式見に行こう」

「それってあなたの都合じゃないですか」

チャールズは不遜な顔で低く笑った。

「だってさっき言っただろ。妹の叙勲式にいかない理由にされたくないって」

だったらと付け足す。

「実際に行って言い訳をなしにする」

「そんな無茶な。それに僕たちはこの屋敷を抜け出すのに警備の目を掻い潜らないといけないんですよ」

特にチャールズは跡取り息子だから警備の目は厳しい。

「それがバレたらあなたクビですよ」

「仕事ができなくてクビになるよりマシだ」

自分でもめちゃくちゃな論理だった。

「じゃあ炎の詠唱魔法の復習十ヶ条行くぞっ」

「ちょっと待ってくださいよっ」

慌てると年相応の表情になるようで可愛いげがあった。

「一。炎は心のうちより出る力なり」

「二。詠唱されたるは心を静めて語るべし」

俺が十ヶ条を輪読するとそれに合わせてチャールズも復唱する。

「兄上すごいー」

集中している兄を邪魔しないようにちょこんと椅子に座ったミルは手を叩いた。

「なあすごいだろ」

「誉めたって何も出ませんよ」

照れ隠しなのかチャールズはわざと冷たくいい放つ。だが耳が赤くなっているのが分かるので意味がない。

「君も可愛いところがあるんだな」

「可愛いなんて言われたことありませんよ」

ふんと鼻をならすがあまり迫力はない。

「それより続き早くやりますよ」

「君も乗り気のようだな」

「だってここを抜け出せるのならあなたと協力してもいいかなと思って」

楽しみなのか先程よりも声が弾んでいる。

「じゃあ残りの八ヶ条終わったら作戦開始な」

「見つかる前にせいぜい悪あがきをしてくださいね」

愉快そうな口ぶりだった。

「俺も二人を連れ出すからには全力を尽くすからな」

「おーたのしみ」

弟のミルもぴょんぴょん跳ねる。

かくして二人の懐柔に成功したのであった。


「へーここが広場ですか」

屋敷の警備係には全員睡眠魔法をかけたあと移動魔法で広場にたどり着いた。

「意外と広いんですね」

「まあここが町の中心部だからな」

まだ叙勲式は続いているらしく国王の演説が始まるところだった。

「えー。今回諸君に集まってもらったのは他にもない。アリサ姫の騎士の内定を世に知らしめるためだ」

こほんと国王陛下は咳払いをする。

「紗々・ウインザーだ。挨拶しなさい」

「はーい。こくおうへーか!」

元気に返事をする赤毛の少女。今日は頑丈な甲冑を身に纏ってアリサ姫のそばに控えていた。

「なんだまだほんの子供じゃないか」

「あんな子供に姫の騎士が勤まるのか?」

群衆からはざわつく声がする。

「あの子が界先生の妹さん?僕と比べてもずいぶんと幼い印象を受けますが」

気遣わしげに視線を向けられる。これで大丈夫なのかと言いたげだ。

「俺もあいつが何を言い出すのかと思うと胃が痛い」

「へえ先生でもそんな顔するんだ」

「なんで?」

「いつも斜に構えた顔しているから」

「それは君も同じじゃないか」

俺が不服そうに答えると涼しげな表情で返される。

「界先生には言われたくないです」

「兄上に同意ー」

「くっ」

ここは俺が大人になって対応しないとと一人自分に言い聞かせる。

「それより紗々さんの話続いてますよ」

そうやって注意される。これじゃどっちが大人か分かったもんじゃない。

「えー。こほん。私がアリサ姫の騎士にじょしゃく?した紗々・ウインザーでーす。これから皆さんのお世話をすることになりますがよろしくお願いしまーす!」

「うっ」

言葉遣いがメチャクチャだった。これには国王陛下もアリサ姫も苦い顔ですぐに席に戻るよう指示される。

「本当にあんな小娘が騎士になって大丈夫なのか?」

「これから魔族と戦争が起きるかもしれないのに」

群衆の不安を煽るものでしかなかったようだ。

「でも僕と同じ年くらいの子が騎士なんてめいよなことだよねー」

弟のミルははしゃいだように言う。

「たしかに名誉だけど不安になる人も多いよ」

チャールズはそう弟に言い聞かす。

「で、無事に叙勲式には間に合ったけれど。界先生。今後の予定は?」

「屋敷のみんなにばれる前に急いで帰るぞ」

俺たちは大慌てで移動魔法を使うのだった。

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