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part5 princess

「へへー馬車に乗るなんて久しぶりだね」

紗々は俺とアリサ姫の向かいで物珍しそうに外の景色を眺めている。

「申し訳ありませんアリサ姫。わざわざ馬車にまで乗せてもらうとは」

「いいのですよ」

彼女の絹糸のようなきれいな金髪が揺れるのを間近で感じながら俺は彼女に頭を下げた。

「本日は新たに騎士になる紗々のための買い物が目的でしたから。それよりあなた方はどうして街に来たのですか」

「それは野暮用で」

「差し支えなければどういった用事だったか教えていただけませんか」

翡翠色の瞳でこちらを見つめられ俺はドキリとした。

まっすぐと俺の顔を見て話をする彼女にうそはつけない。

「実は俺たちも紗々のお祝い用の買い物を」

「あらじゃあ私二人の邪魔をしてしまいましたね」

ふふっと笑うと紗々は不満げな顔をする。

「そこーいちゃいちゃするの禁止!」

「おいこら。相手はお姫様だぞ。言葉に気を付けろ」

「兄者だってデレデレしてました!」

どうしてかわからないがムスっとしている。

「すみません紗々のやつが無礼を」

「紗々は大事なお兄様をとられたくないのですよ」

「むー。アリサ姫それは言わない約束でしょ」

いくぶんか砕けた口調になるのは二人の仲がいい証拠だ。

宮中に入ってもその仲の良さが続くといいのだが。

「ふふっお兄様とのデートの楽しみにしてましたものね」

「でーと?」

頭の上に疑問符をのせた紗々は首をかしげた。

「兄者でーとってどういう意味?」

「ばか。俺に聞くなよ」

兄弟でデートという言葉を使うのは気恥ずかしかった。ということでここは無視することにした。

「アリサ姫今週末の叙勲式は参加なさるのですか」

「もちろんですよ。紗々のお披露目も兼ねていますから」

改まった口調でそう答えられる。

「それからのご予定は?」

「まず紗々には東方に向かってもらいます」

東側はまだ入植がすんでいない土地だ。騎士修道会が中心となって植民地化を進めているが魔族の力が大きくあまり作業は進んでいない。

「とーほーって?」

「俺たちの屋敷があった地域だよ」

過去形なのは俺が引き払ってしまったからだ。

「じゃあ紗々とーほーに行ったら元のお家に泊まらせてもらおー」

「ああ騎士団と連絡して手配しておくよ」

全く関係のない話でアリサ姫をおいてけぼりにするわけにはいかないので再び彼女に話をふる。

「東方って騎士団の連中の勢力が大きいところですよね。紗々一人で大丈夫なんでしょうか」

「兄者は心配性だなー」

「お前のために聞いてるんだよ」

あきれた声の紗々をたしなめるとアリサ姫が柔らかく微笑む。

「大丈夫ですよ。私も東方へ向かいますから」

「アリサ姫も紗々のこと心配しすぎだよー」

紗々は照れたようでなぜだか彼女の肩をバシバシ叩く。

「おい紗々失礼だろ」

「いいの、いいのー」

「よくはないだろ」

自分の主の相手に対してこの態度では先が思いやられる。俺も紗々を甘やかしすぎたのかなと一人反省する。

「界は心配性ですね」

「それは唯一残された家族ですから。心配もします」

俺は紗々の叙勲式が終わったら住み込みで家庭教師をすることが決まっている。もうそばにいることはできないのだ。

「宮中では私が紗々の味方になります。だから安心してください」

アリサ姫は俺の気持ちを悟ってか俺を励ましてくれる。

「あなたもこれからの生活になれるのは大変でしょう。なにかあったらすぐに相談してくださいね」

「そうそう兄者。なんでも相談するがいい」

「お前は自分の心配もな」

紗々が自信げに俺にいって聞かすので思わず突っ込んでしまう。そしてお小言が少々出てくる。

「叙勲式が終わったらすぐに東方へ行くんだぞ。あそこは魔族がうじゃうじゃしている。そんなところでアリサ姫を守らないといけないってことがどれだけ重要かわかってるか」

「うん!紗々の剣術でアリサ姫をおまもりします」

話の重要さを理解したのかしていないのかやはり自信ありげに答える紗々だった。

「お前の剣術の腕前は俺も認めている。だけどな相手は魔族だ。どんな卑怯な手に出るかわからない。しかも騎士修道会だって味方してくれるかわからない。そんな状況で戦うんだぞ。分かってるんだろうな」

「なんでー?しゅーどーかいは紗々たちのお家借りてるんでしょー。だったら仲いいから大丈夫だよー」

彼女に難しいことをいっても理解できないのはわかっていても忠告だけはしておきたかった。

「修道会は東方植民を進めて自分達の勢力を大きくしたいんだ。だけどそこに王国の姫と騎士がやってくると知ったら面白くないだろう」

「なんで面白くないのー?」

「それは……」

アリサ姫が信用されていないからだと答えるわけにはいかなかった。

「お前も行ったらすぐに分かる」

「紗々には全然わからないー」

話が長くなったせいか彼女はふてくされてしまったようだ。

「兄者はしんぱいしょうなだけだよー」

「俺だって心配するよ。それの何が悪い」

もうすぐ離ればなれになるんだからという言葉だけはなんとか飲み込んだ。

「紗々は小さいからまだ国の現状が分かっていないんだ」

アリサ姫の面前でいけないことだとはわかっていても止まらなかった。

「うー紗々なにも聞こえないー」

俺がガミガミ言うので紗々は耳を塞いでしまった。

「界、あまり厳しく言わないであげてください」

「失礼いたしました」

まずい。悪いこととはわかっていたとはいえアリサ姫の尊厳を傷つけるような発言をしてしまった。

「差し出がましい真似をいたしました」

「私だって知っていたことですから」

彼女は優しく微笑む。

「東方に向かうのは父上の意向もありますが私が強く主張したからです。これからの政治は東方をどう掌握するのかにかかっていると申し上げたから」

ガタンと馬車が揺れる。

「界が心配する気持ちもよくわかります。これは一種の賭けですから」

アリサ姫は寂しそうに目を伏せる。

「あなたたち兄弟を引き裂くのは本当に申し訳ないことだと思います」

「そんな……」

否定はできなかったがそれでも紗々が決めたことだ。俺だって反対はできない。彼女の騎士になるということはそれだけ名誉なことだから。

「けれどその分紗々のことは責任をもって守ります」

意思の強い瞳でまっすぐとこちらを見据える姿に俺は言葉がでなかった。

俺のわがままで二人の進むべき道を邪魔してはいけない。そう思ったからだ。

「約束してくれますか。紗々のことを守るって」

声が震えながらもなんとかそう絞り出した。

「はい。信じてください」

彼女はにっこりと微笑み手を差し出した。

「紗々を……よろしくお願いします」

アリサ姫の手を強く握り深々と頭を下げた。

「もう兄者は泣き虫だなー」

俺たち二人のやり取りを見て紗々もなにか悟ったようだった。

いつもみたいに無邪気さを装っているがそれはなにかをごまかすような表情だった。

「紗々とアリサ姫二人なら大丈夫だよー」

「とーほーに行ったらお父様とお母様のお墓に手を合わせてくるから」

だから心配しないでねと紗々は告げる。

「わかった。父さんと母さんによろしくな」

俺もそう答えるのが精一杯だった。

「じゃあ兄者はぱとろんのおねえさんのおうちで家庭教師のしごと頑張るんだよー」

「ばか。姫様の前でそういうことは言わない約束だろ」

俺がそう返すと紗々はへへっと笑った。

「紗々忘れてたー」

「ばか。もういいよ」

馬車が止まる。目的の上流貴族御用達の店舗にたどり着いたようだ。

「買い物立派なものを用意しないとですね」

「ですね」

馬車から降りると立派な門構えの店が俺たちの前にそびえ立つ。

そして門をくぐり店内に入る。

「アリサ姫お待ちしておりました。こちらのものは?」

「へへー未来の騎士の紗々とその兄の界でーす」

紗々は得意気に王家の紋章を見せつけ店内をずかずかと入っていく。

「ねえ兄者。紗々このドレスがほしいー」

「お前にしては珍しいチョイスだな」

ピンクのリボンをあしらったドレスは可愛らしく彼女によく似合っていた。

「支払いは私が致しますので」

アリサ姫がそういってくれたがここは俺も男だ。紗々の望むものを買ってあげよう。

「俺に支払わせてください。これくらい兄貴としてしてやりたいんです」

財布にはありったけの金を詰めてきた。

「さっきは財布の心配してたのに兄者だいじょうぶー?」

「お前は俺の心配しなくていいんだよ」

彼女の頭を撫でると紗々は不思議そうな顔をした。

「だってあんなに財布を何度もチラチラ見てたのに」

どうやら俺の行動に気づいていたらしい。

「俺もこれから家庭教師としての道を突き進んでいくからな。これくらいの出費痛くも痒くもない」

「大きなこと言って苦労するのは兄者だよー?」

意地悪い言葉で俺を試す紗々になんでもないふりを決め通す。

「だいじょうぶだ」

「じゃあ紗々はこれとこれとあとこれも」

なんだかんだで大量のドレスとアクセサリーを要求される。

「ううっ。これってツケでも構いませんか?」

「なら私が買いますので残りは私につけてください」

俺が泣き言を言うとアリサ姫が提案してくれる。

「界につけると逃げられるかもしれませんから」

ふふっと笑う姿は可憐だったが。

「手厳しい……」

かくして俺は王族に借金をすることになった。

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