part1 start
久しぶりに異世界ものが書きたくなったので投稿させていただきました。
「うえーん兄者ー」
「どうした紗々」
赤毛の髪を一つにまとめた少女は俺に泣きつく。
「もう修行やめてもいい?」
「それはダメだ」
俺が非情な言葉を投げ掛けると少女は膨れっ面で言い返す。
「ひどいっ」
その姿はどこかまだ子供のようで愛らしく思わず頬を緩めてしまいそうだ。
だが俺は心を鬼にして彼女の監視に徹しなければならない。
「ねえじゃあおやつは?」
「それもダメだ」
なぜ修行中にその要求が通るのかと思ったのは不思議だが俺は手でバッテンを作る。
「うっぐすん。紗々はこんなに頑張ってるのにあれもダメ。これもダメ。そんなことってないよー」
「それはお前がアリサ姫の騎士に選ばれたからだろう」
「うえーん。アリサ姫のことは大好きだよー。でも修行は大っ嫌いだよー」
「お前の主張はわかったから」
母は紗々を生んですぐに亡くなった。そして一地方貴族である俺の父も四年前に流行り病で亡くなった。あのときはまだ成人していなかったがいつかは俺が父の跡を継ぐのだとばかり思っていた。だが父が亡くなってから位を返上しなければならなかった。
そのときは途方にくれた。しかし捨てる神がいれば拾う神もいる。国王は両親をなくした俺たちに目をかけてくれた。そしてついに妹の紗々が国王の一人娘アリサ姫の騎士に選ばれた。
その事に対して思うことがないわけではなかったが妹のためを思うと彼女を鍛えるサポートに徹することに決めた。
「兄者は全然わかってないよ」
「わかってなくてもお前がアリサ姫の騎士になるのは決まったことなんだからな」
「うえーん。四面楚歌だよー」
そんな泣き言をいいながらも彼女は剣を定められた型通りに動かす。
その動きは見事だとしか言いようがない。
これが天才というものか。俺は彼女がはじめて剣を使用したときの高揚を忘れられない。
彼女とは五つ年が離れている。それでも経験では埋められない才能の差というものをまざまざと見せつけられた。
だが彼女にとって俺は唯一の肉親だ。
まさか自分の兄が嫉妬していると知ったら彼女ののびのびとした性格が損なわれてしまうだろう。
何より俺は彼女の存在に救われていた。
俺にはない才能を持ち合わせていたがそれ以上に心根が優しく泣き虫だが素直な性格だったからだ。
そうでなければ陰謀渦巻く社交界で生きていけなかっただろう。
現在の俺たちの生活は貧しいものだった。いくら父の遺産が残っているとはいえそれを使いきってしまうわけにはいかない。だから妹の紗々が一人前の騎士になるまでに特訓を重ねないといけないのだった。
「どうしたの兄者?急に黙りこんで」
「……考え事をしていた」
「もしかして今週末に私をお披露目する会のこと?」
「それもある」
「それもって?」
不思議そうな顔をする紗々に俺は苦笑した。俺が一人この先を案じていると言うつもりはなかった。何より彼女には輝かしい未来がある。アリサ姫の騎士としての。
「アリサ姫の名に恥じぬようにお前もマナーは一通り覚えないとな」
「ううっ。またマナーの練習するの?」
紗々にとってはマナーの特訓は地獄らしい。何となくは理解していてものびのびと育った彼女のことだ。細かい作法は苦手なのだろう。
「兄者は紗々のことをミジンコ程度にしか思っていないんだ。きっと」
「何いっている?お前は俺の大切な妹だよ」
「そういうところが女たらしだって言われるんだよー。兄者のばかー」
「なんだ急に?俺が女たらしなわけないだろ」
嘘だった。本当は俺は社交界で金のある女性にパトロンになってもらいあれこれおごってもらっていた。その事実は紗々の教育上よろしくないので伏せていたのだが彼女の耳にも入っていたらしい。
「まず俺は女にモテないからな。俺がしなをつくって女性に媚びる姿なんて想像できないだろう」
「兄者発想が古いよー。あと性別が逆」
適当にごまかすと案の定紗々から突っ込みが入る。
「紗々は知ってるよー。世の中一定数ダメな男が好きな女の人がいるってー」
「バカ。それはお前が知らなくていいことだから」
そういうと彼女は再び膨れっ面になって言い返す。
「兄者はそうやってすぐ大人みたいなこと言うんだー」
「俺はお前の教育上よろしくないことは排除したいんだよ」
「それじゃあ兄者が紗々の見本になるようガンバってー」
棒読み口調でそう告げられた。なんとなくだが兄として立つ瀬がない。
「わかった紗々。何がほしい?」
「すぐにもので懐柔しようとするのは大人の悪いところだよねー」
紗々の発言にギクリとしたが表面上はにこやかに内心の動揺を悟られないように振る舞った。
「紗々。アリサ姫の騎士になるお祝いがまだだったよな。お祝いほしくないか?」
「ううん……。ここで兄者を追い詰めても紗々にメリットはないしなー。仕方ないなー。紗々はね、新しい甲冑がほしいなー」
「甲冑か。わかった。今週末には用意するから」
ここできれいなドレスや首飾りを頼まないあたりが彼女らしい。本当に彼女は剣術以外興味がないといって様子だ。だがそれだと兄としていささか心配なのでおまけに買い足しておこう。それで自分のことは帳消しになるだろう。
「それより兄者、紗々に聞くことはないのー?」
「聞くこと?」
紗々はさっきのふくれた様子からうって変わって浮き浮きとした表情だった。
ここではずしてしまったら機嫌を損ねてしまうだろうか。
「ああ。来月お前の誕生日だったか」
「せいかーい」
あてずっぽうでいったのが当たったようだ。
「これでプレゼントが二倍もらえるー。やったね!」
彼女の頭のなかはプレゼントで一杯だったようだ。
「誕生日は俺が決めていいか」
「えー。紗々が決める!」
「さすがに甲冑買ったら予算オーバーだ」
今週末から紗々は国から給料が下りるが俺は職を探さなければならない。
いくつか探したがパトロンの女性の家の家庭教師として働かないかと声をかけてくれた。
彼女と一緒にいられる時間は限られている。
それまでに心を尽くした贈り物ができるといいのだが。