~少年と死神~
小説書きました。
読んでください。
【???】
「お前はもうすぐ死ぬ」
俺は醜悪な笑みを浮かべ、目の前の少年に事実を告げる。
もう何年も続けて行っていることで、その後の彼のリアクションが想像できた。
馬鹿にしたように笑う。
哀れみを込めた目で同情する。
とにかく早く逃げる。
そのいずれかであると、経験から推測していると、彼はしばらく俺をじっと見つめて、
その後ある一つの表情を浮かべた。
それは全く予想していなかったもので、この4年間の職務の中で初めて目にしたリアクションであった。
彼は俺の言葉を聞いて、
とても幸せそうに微笑んだ。
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【少年】
壁一枚を隔てたリグングからの怒鳴り声で、僕は目を覚ました。
廊下を進み台所へ向かう。
テーブルの上にはコンビニ弁当の容器が散らばり、使用後の割りばしが同じ数だけ寄り添っていた。
台所の蛇口で顔を洗い、昨日学校から帰ってきてそのまま着ていた学生服の袖で、顔を拭いた。
冷蔵庫を開けると、開封済みの食パンがあり賞味期限を確認しないまま、口の中に入れた。
そのまま玄関に向かい、靴を履きいつものように小声で
「行ってきます。」
そう呟いた。
⏰
高校の通学路を歩きながら、いつもと同じように周囲の景色を眺める。
例えば、手をつないで学校に向かう小学生。
例えば、横断歩道で旗をもっているお巡りさん。
例えば、通勤に向かうサラリーマン。
それらを眺めながら僕は考える。
きっとすべてに意味があって、すべてに意味が無いのだろうと。
どうしてそんなことを思うのか自分でもよく分からない。
彼らを必要とする人からしたら、その光景には価値があって、僕から見た彼らには何の価値もない。
そんなことが言いたかったのだろう。
学校に着くと下駄箱に僕の唯一の友達がいた。
彼は僕の姿を見ると片手を挙げて
「よっ」
僕も同じ動作と言葉を発し、彼と共に階段を上がった。
3階の教室に着くまでに僕らは次のような会話をした。
「オレ今日の朝、いいことあったんだよね」
「・・・」
「気にならない?」
「気にならない」
「それがさ、夢に浅葱さんがでてきたんだよ。やばくね」
「・・・」
「いや~やばいだろ。マジで。昔はさ、夢に出てくる人は、自分がその人のことを考えているからではな
く、相手が自分のことを考えているから出てくるって言われてたらしいぞ。」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。だからやばい。浅葱さんも俺のこと思ってくれてるぜ。絶対。」
「この前は、相撲部の大関と相撲をして圧勝した夢を見たって言ってたけど、大関もキミに気があるのか
な?」
「・・・まぁ、そうなるな」
「その前は、不良の唐沢と一緒に地底人と戦った夢を見たって・・・」
「・・・まぁ、そうなるな」
「男にモテるんだね」
「それは、別の意味でやばいな」
なんとも不毛な会話である。
それでも彼は終始笑顔だった。
⏰
教室に着くと、いつものように授業が始まり、いつものように終わっていった。
一人で帰り道を歩き、本屋によって時間を潰す。
暗くなってきたころに本屋を出て、公園に行く。
そこでは、ホームレスの方々がいて、遊具に座りながら3人で談笑をしていた。
「お疲れ様です。」
声をかけると、彼らは仲間に向ける笑顔と同じものを僕にも向けてくれた。
「別に疲れちゃいねえよ」
「ああ、俺たち特になにもしてねぇからな」
と煙草の白い煙を吐きながら2人は笑った。
「ボウズは学校か?」
「そうです。」
「そうか、しっかり勉強しろよ。俺たちみたいになりたくなければな。」
3人目に話を振られ、答えると彼は皮肉めいた笑みでそういった。
この3人のホームレスの方とは、半年ほどの付き合いでたまにこうして話をする仲だ。
始めは、時間を潰すために立ち寄った公園だったが、あまりに暇だったのである日話に入っていったとこ
ろ、現在のような関係になった。それぞれ、島田・高橋・斎藤という名前らしい。
「僕は皆さんのようになりたいです。」
僕は笑顔でそう告げた。
「そんなことをいうのは、ボウズぐらいのもんだ」
ある程度、僕の事情を察しているのか寂しそうに斎藤さんは言った。
その後も、僕の学校の話や島田さんたちの今日の出来事、明日の予定を聞きながら時間は過ぎていった。
「それじゃあ、僕は帰ります。」
そういって、別れを告げると
「またな」
と手を振ってくれた。
公園の入り口で、もう一度彼らを振り返ると彼らは楽しそうに談笑を続けていた。
家がある自分が、家のない彼らを羨ましいと思うなんて、世の中はよくわからないと思った。
家に着き玄関から電気が消えていることを確認すると、静かに中に入り、いつものようにそのまま廊下で
眠った。
廊下の床の冷たさは、日々がそうであるように僕に孤独を感じさせた。
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【???】
こいつはやばい奴だ。
それが一週間少年と時間を過ごした俺の感想だ。
俺は少年と出会ってからというもの、あれからずっと少年に付きまとっていた。
しばらく一緒に学校からの帰り道を並んで歩いていると、少年は相変わらずの無表情で
「君はなんで僕についてくるの?」
と尋ねた。
俺はまたしても適当に答え、少年もそれに応えていく。
「それが俺の仕事だからだ」
「意味わからない」
「世の中にはいろんな仕事があるからな」
「ニートを自宅警備員って言う発想に似てるね」
「俺をそんな奴らと一緒にするな。俺はちゃんと給料をもらって生活している。羨ましいだろ」
「羨ましいけど、憧れはしないな」
「まぁこの職業ストレス半端ないからな。この前も同期が鬱病になって休職した」
「そうなんだ。生きるって大変なんだね」
会話がかみ合っているのかそうでないのか、俺たち自身自分の話したいことを勝手に話しているようなそんな時間だった。
少年の家の前に着くと、この一週間そうであったように、いつもの問を投げかける。
「お前は死ぬまでにやり残したことはないか?」
俺は、今までの話し方に比べ随分と誠実に尋ねた。
「なにもないよ」
少年は俺の目を真っすぐに見つめて答えた。
不思議なものだ。
人間自分が死ぬと分かったなら、いくらでもやりたいと思えることが出てくるものだろう。
例えば、好きな人と両想いになりたかった。両親に恩返しがしたかった。自分の夢を叶えたかった。
あるいは、好きな漫画の最終回を読みたかった。
生が続く人間からすれば小さいと思える願望でも、明日死ぬと分かっている人間からすれば、それはとても
尊い願いだろう。
だが、目の前の少年はそうではないという。
なにもない、その言葉は少年そのものであると、一週間共に過ごした時間の中で俺は感じていた。
それがわかっていても俺は納得できない。
「お前、いい加減にしろよ。なんかあるだろ。なんか」
俺はキレていた。
「別にお前が死んでもいいけど、死ぬまでずっと一緒にいる俺の身にもなれよ。どう考えてもつまんねぇだ
ろ。人助けとかしろよ。恋愛とか友情とか青春とかしろよ。やっぱり死にたくないとか言って醜く生きろ
よ。見てて面白くねぇだろ」
理不尽だと分かっている。
俺が聞き手であったなら殴っているレベルだと思う。
だが本心だ。
俺の言葉を聞き、
少年は少しだけ呆気にとられたような顔をして、その後
楽しそうに声を上げて笑った。
それは俺が初めて見た、彼の人間らしい表情だった。
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【少年】
いつものように学校に向かうと、公園の前で明らかに怪しい人が仁王立ちで誰かを待っているようだった。
怪しいというのは雰囲気の問題ではなく、彼の服装にあった。
黒いスーツを上下に着ていてさらに背中には黒いマント。手には黒い手袋をしていて、
極めつけに手には死神がよく持っている大きな鎌を持っていた。
どこからどう見ても死神だ。もう露骨すぎるぐらい死神だ。
一つ僕のイメージと違うのは彼の顔だ。
よく骸骨がイメージされるが、彼の顔はなかなか整っていて胡散臭いホストのようでもある。
嫌な予感を持ちながらも、僕は彼の前を無表情に通り過ぎようとする。
するといきなり進路上に鎌が振り下ろされた。
初めての経験で内心驚いていると
「俺が誰だか気にならないか」
露骨な死神が話しかけてきた。
「いえ、全く」
関わり合いになりたくない僕は、すぐにそう答える。
死神(仮)は少しショックを受けたような顔をして、その後すぐに僕の右腕を掴んだ。
「少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」
その声にはある種の誠実さがあった。
もちろん僕の主観にすぎないが。
死神(仮)の顔を見ると同じように真剣な表情がそこにあった。
話を聞くことを決め、黙ってうなずくと彼は安堵したような表情を浮かべ、その後醜悪な笑みを浮かべ次の
ように話した。
「お前はもうすぐ死ぬ」
その言葉を聞いて僕がどのような表情をしたのかは分からない。
もちろんその言葉を信じたわけではない。
当たり前だ。誰が初対面の怪しい奴の話を信じるものか。
けれど、その言葉を聞いて自分が安心したことも自覚している。
僕は幸せすら感じた。
やっと終われるのかとそう思った。
⏰
その後死神(仮)は一週間ほど僕に付きまとい、くだらない会話を続けている。
そして彼はある日とても理不尽なことを僕に向かって告げた。
見ていてつまらないと。
もっと面白おかしく生きてくれと。
そんな彼に僕が抱いた感情は、驚きだった。
目の前の死神(仮)は自分よりも余程人間らしい考えをする。
自らの欲望に忠実に従い、それを実行する。
僕には到底できないことだ。
そして、驚いたことはもう一つある。
それは、彼が僕に期待したことだ。
僕は今まで誰かに願いを告げられたことはない。
こうあってほしい。こんな人間になってほしい。
他者からの理想を押し付けられなかったといえば聞こえはいいが、それはとても不幸で残酷なことだ。
誰にも期待されず、誰からも求められることのない人生。
そんな僕に初めて、何かを願ったのが見ず知らずの死神(仮)だということが滑稽だった。
だからだろう。
僕は久しぶりに声を上げて笑った。
彼の言うことが真実か嘘か、そんなことは関係ない。
いつかは終わるこの生活。
どうせ終わるのであれば、誰かの期待に応えて終わる方が意味があるような気がする。
残りの人生を目の前の彼のために使おうと。
僕はそう決めた。
ありがとうございました。