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Scene 6 : 拝啓、兄上さま

またしてもものすーごく時間が空いてしまいました。

申し訳ないです……。

今回ので、Act 1は終わりです。次はIntermezzoかな。

 アメリア。 兄ちゃん、頑張ってみるな。 早く会えるように。早く、アメリアに会えるようにさ。



と誓いを立ててから早二ヶ月。ディグオスでの生活の方が余程単調だったというのに、アメリアの元を離れてからの日々は、毎日が長く、グレンはすでに疲れ切っていた。


 人助けをすると簡単に言ったものの、そうそう助けを必要としている人物にはお目にかかれず いや、実際には、グレンの純朴さに惹かれて近付いてくる老人たちはたくさんいたのだが、名の通った人物に関わらないと出世出来ないというユリアと、旅を続けるためにはとにかく先立つものが必要だからと言うニーニャのせいで、グレンはことごとくそうした老人たちに頭を下げ続ける羽目になっていた。


 「そんな都合良く、有名でお金持ちなひと、いるのかなあ」


 もっともなことを呟いて、はあと切ない吐息を漏らす。それからまた目尻にじゅわっと涙を滲ませて、手にした山羊のミルクに映る自分の顔をしばし見つめた。


 「アメリア……。何でこんななっちゃったんだろうな。お兄ちゃんは、早く帰りたいよ」


 わっと突っ伏すその姿を、半円型で囲むように眺めていた食堂の野次馬たちは、しかし、突風の勢いで入ってきたふたりの少女の姿を認めてさっと離散する。この泣いてばかりいる、独り言の異様に多い青年がダラムにやってきて三日。彼が、どうやら旅をしていることと、その仲間がふたりの少女であることを、食堂の常連は知っていたから。


 「グレン!」


 ユリアが凛々しくも艶やかな声音で呼びかける。スリットの大きく入ったスカートを身に纏った彼女は、歩く度にその脚線美を惜しむことなく見せつけていて、食堂の青年たちの視線を独り占めしていた。


 「うわ、まあた泣いてるのお?」


 舌ったずらに言って、ニーニャがふんわりとふくらんだスカートをひらひらさせながらユリアの後につく。ニーハイから上の、通称「絶対領域」と呼ばれる皮膚はヴェランデ人にしては白く、食堂の中年男性たちの目尻を下げる効果をいかんなく発揮していた。


 「だって……」


 情けない様相で言うグレンを哀れむように見るユリアと、少し蔑んだように見つめるニーニャ。勇者がこれでは、男がめそめそしていては、愛しのアメリアに申し訳がたたないと、グレンは勇気を奮い起こして涙を無骨な指で拭き取ると、少女たちに向き直る。


 「グレン。時に聞くが」


 妖艶な瞳をすうと細めてユリアが尋ねる。


 「お前、文字は読めるのか?」

 「ううん」


 さらりと首を振るグレンを見やって、ふたりの少女は背中の後ろでがっちりと手を組んだ。己の勝利を確信するがごとく。


 「なんで?」


 当然の質問を投げかけるグレンの瞳は天使のように透き通っていて、少しばかりニーニャの良心を責め立てたが、それも一瞬のこと。にっこりと聖女の微笑みを浮かべてみせると、じゃーんという擬音語と共に一通の封筒を見せた。


 「…………」


 まったくの無反応がニーニャに浴びせかけられ、気まずい沈黙が三人を覆う。


 「グレン! 何か言ってよ!」

 「たとえば?」

 「た、例えば、えっと、何それ?とか。誰から?とかさ。何でも良いから! もったいぶって見せてるあたしが恥ずかしいじゃない。ギャグを外した芸人みたいな境地に追い込まないでよねー」

 「げいにん? 誰?」

 「グレン、ポイントはそこじゃないぞ。これだ。分かるか? 手紙だ」

 「てがみ? 何それ」

 「そうそう、そういうリアクションが、って……。ええええ、ちょっと待ってよ、グレン。もしかして、手紙の存在自体を知らないの?」


 大袈裟に驚いてみせると、手にかざした封筒をひらひらと左右に振ってみせる。犬や猫がそうするように、グレンは封筒の動く様を目で追いながら、


 「だから、てがみって?」

 「手紙というのはだな。文字によるコミュニケーション手段だ。紙媒体のものに文字を書き連ねる。それを郵便屋というところに持って行くと、それが配達される」

 「どこに?」

 「その手紙を渡したい相手にだ」

 「何で自分で渡しに行かないんだ?」

 「距離が遠すぎて会えないとか、まあ理由は様々だろうよ」

 「おれとアメリアみたいに?」

 「グッド指摘! そう、そうなのよ、グレン! 実はね、この手紙、アメリアちゃんからなの」


 コケティッシュなウインクを飛ばすも、グレンはいまいち状況を把握出来ずに首を傾げるばかりだった。だが数秒考え込んだ後、勢い良く椅子から立ち上がる。大柄なグレンは、その動作だけでユリアとニーニャに威圧感を与える。熊に立ち会った農民の気持ちを、ふたりは瞬時に理解した。


 「アメリアから!?」

 「そうそう、そうなのよ。中身、読んでみたい?」


 そもそも、文字の読み書きはグレンも習っていたはずなのだが、その能力を使うことに意味を見いだせなかったグレンは、何の躊躇もなくその能力を忘却の彼方に押しやってしまったらしい。そのことすらも覚えていない彼には、封筒に書かれた文字がアメリアの筆跡とは異なることも、手紙にしては消印が押されていないことなどにも、もちろん気付けるはずがなく、ニーニャの問いにこくこくこくこくと小刻みに首を振って応えるばかり。


 「じゃ〜仕様がないなあ〜。グレンが文字を読めないっていうんじゃ仕方ないよね。親切なあたしが、代わりに読んであげるね」


 こほん、と小さな咳払いをすると、ニーニャはおもむろに封筒の中から数枚の紙を取り出し、読み上げ始める。


「グレンお兄ちゃんへ。お兄ちゃん、お元気ですか。お兄ちゃんが村を出て、立派な勇者さまとして名を上げるための旅へ出てからもう二ヶ月が経ちますね。ユリアさんもニーニャさんも、きれいで可愛くて、優しくて強い冒険者さんたちなので、きっとお兄ちゃんもふたりと仲良くやっていることと思います。お兄ちゃんは、ふたりと旅が出来て幸せだと思います。私は、元気に暮らしています。おじいちゃんも、元気だよ。お兄ちゃんがいなくなったこの家は、少し寂しいけれど、私は負けたりしません。だって、お兄ちゃんも頑張っているんだもんね! お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだから、きっとどこに行っても大活躍でしょうね。困っているお金持ちのひとを助けたり、賞金のかけられている悪いひとを捕まえたりして、いっぱい色んなひとから感謝されてお金をもらったりしているんでしょう。そのうち、お兄ちゃんなら、色んなところから声をかけてもらえるくらい有名になって、お兄ちゃんを雇うだけでたくさんのものが貢がれるようになって、そうしたら、お兄ちゃんは勇者さまとして、ユリアさんとニーニャさんに、その半分を渡したら良いと思います。ともかく、お兄ちゃん。お兄ちゃんはもう、勇者さまなんだから。たくさんモンスターを倒して、たくさんのお金持ちを助けて、たくさん有名になって、たくさんお金を稼いでください。私は、いつもお兄ちゃんのことを考えています。お兄ちゃんのアメリアより」


 「アメリア……!」


 ぼとぼとと涙をこぼしながら、グレンが仁王立ちになって感極まった声をあげる。


 ぐるりと勢い良く反転して、テーブルの上のコップを掴み、残っていたミルクを一気に飲み干すと、


 「よっしゃああああああ」


と、無駄に暑苦しいかけ声をかける。それから、ヘーゼルの瞳に燃えたぎる炎をちらつかせて、そのがっしりとした腕でユリアとニーニャの肩に手をかけた。


 「ユリア。 ニーニャ」

 「は、はい……」


 そのあまりの情熱絵的な瞳に思わず、すくみあがってしまうふたりである。


 「お金持ちを捜しに行こう!」

 完全に手紙の内容を意訳し間違えたグレンは、声高らかにそう宣言すると、


 「うおりゃあああああああ」


 などと雄叫びをあげて、盲目的に食堂を飛び出していく。行き先は、もちろん本人にも分かっていない。


 「ニーニャ」

 「なに、ユリア」


 食堂の野次馬たちが、闘牛のごとき疾走をみせるグレンの背中を眺めていたとき、その場に残された少女たちは小さくヴェランデ語で言葉を交わし合う。


 「あの手紙が、お前の書いたものだということは」

 「死んでも言わないって」

 「よし。……しかし」

 「うん。まさか、あんなに効果が出るとはね」


 ちらりと視線を交わすと、にやりといたずらっぽく笑い合う。ニーニャが手にした封筒をユリアに差し出すと、


 「火炎フオーコ


 封筒の角に突如として現れた炎は、見る見るうちに広がっていき、封筒も手紙も、黒炭となって風にさらわれていく。それが消え去るのを見届けると、ふたりは、パン! と乾いた音をたてて手のひらを合わせた。


 「じゃあ、いっちょ、お金持ちを探しに行きますか」

 「だな」

 


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