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Scene 4 : 勇者さま、いりませんか?

 こんな筈じゃなかった。


 ただ、アメリアを、妹を喜ばせたかっただけ。


 勇者なんて本当はどうでもいい。魔法なんて、争いなんて、戦いなんて、どうだっていい。


 毎日を、同じように過ごせればいい。秋には収穫の出来を心配して、春には種まきをして 穏やかに、家族と一緒に毎日を、毎月を過ごせれば、それでいいのに。


 台座に埋め込まれた剣は、確かにちょっと引っ張ったくらいでは抜けなかった。それでも、ほんの少し、腕に力を込めればそれはするすると姿を現した。じゃがいものつるの方が、余程手強い。


 この剣を抜けば、アメリアの笑顔が見られると思った。だから、抜いた。たったそれだけのこと。


 なのに、何故か当のアメリアはそばにおらず、グレンが気付けば周りを取り囲んでいたのは、今まで見たこともない人間ばかり。人だかりに飲み込まれて怪我でもしてやしないかと最愛の妹の姿を探せば、祖父と共にこちらを見つめるその愛らしいシルエット。驚いていながら喜んで、喜んでいながら信じられないといった顔で、アメリアはグレンを見つめていた。


 「アメリア!」


 叫んだけれど、その声はがやがやとした歓声に飲み込まれてしまう。


 「おい、あんた!」


 剣を手にした腕をぐいと引っ張られてそちらを振り向けば、見るからに戦士ファイターといったていの男。


 「あんた、パーティーメンバーはいるのかい?」

 「は?」


 まるで縋るように触れてくる男の手を煩わしく思いながら聞き返すと、男はさらに詰め寄ってくる。


 「だから! あんた、旅に出るんだろう? だったら、パーティーメンバーがいた方が何かと便利だろう? どうだい。おれは、オードではちょっとは名の通った」


 グレンには皆目理解の出来ない内容を口走っていた男は、しかし、横から伸びたふたつの腕によって思い切りよく突き飛ばされてしまう。


 「はーいはいはいはい、あんまり近寄らないでくれる〜?」


 ニーニャが片手でグレンを後ろ手に庇いながらヴェランデ語で言えば、


 「ほらほら、こいつと喋りたいんなら、並んで並んで!」


 とユリアがオード語で声を上げる。


 「あんたたちの前に、こいつと話すべき人間ってのがいるんだよ」

 「アメリアちゃ〜ん?」


 甘い声音でニーニャが呼ぶと、人だかりから離れて立っていたアメリアがおずおずとこちらに近寄ってくる。自然とそこには道がつくられ、アメリアは両脇に好奇の目を感じながら兄のもとへと歩み寄った。


 「お兄ちゃん……!」

 「アメリア……!」


 お兄ちゃん、やったぞ。この剣を抜けば、お兄ちゃんは勇者さまだろう? アメリアだけの勇者さまだ。さあ、おうちに帰ろう。


 感動的なスピーチになるはずだった。剣をどこかに置いてしまいたかったがそうもいかず、仕方なく片手だけをアメリアの方に差し出す。


 「お兄ちゃん、寂しくなるけど、頑張ってね!」

 「ん?」 

 「ん? じゃないでしょ! お兄ちゃんは、勇者さまなのよ? 勇者さまっていうのは、世界中を旅して、困っているひとを助けに行くのよ? うわあ、すごい、お兄ちゃんたら、本物の勇者さまになったのね! あたしもおじいちゃんも、村の人たちだって、みんなみんな、お兄ちゃんのことを誇りに思っているからね。ちょっと寂しくなるけど、大丈夫。お兄ちゃんは、勇者さまのお仕事を頑張ってね!」

 「……ん?」


 差し出した手をまったく無視して、アメリアはにこにこ顔でユリアに近付く。どこか計算された躊躇いの色を見せると、口を開いた。


 「ユリアさん。ユリアさんたちって、もしかして、魔導士ですか?」

 「私は風の魔導士。ニーニャは賢者だよ」

 「わあ、すごい! では、これから、兄をよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる姿は、それだけでごはんが食べられそうなくらいの可愛さだ。我が妹ながら、こんなに可愛くて将来どうするのだろうと、グレンは不必要な心配をする。


 「え、アメリアちゃん、それって」

 「お兄ちゃんって、見ての通り、ちょっと抜けてるっていうか、割と鈍感っていうか、理解力が牛並みっていうか、とにかく、あんまり渡世術に長けていないので。ユリアさんやニーニャさんたちみたいに、しっかりとした、強い、色々と仕切ってくれそうなひとにお兄ちゃんをお任せしたいんです。そこにいる戦士ファイターのひとなんかでは、お兄ちゃんは手に負えないと思います。お兄ちゃんを操るには、忍耐力と行動力の両方が必要ですから! もちろん、ユリアさんたちにも、勇者さまと一緒に旅をするってことで、色々と特典はついてくると思うので、まったく悪い話でもないと思いますけど。 どうでしょう?」

 「えーと」


 本当に、あなた、十歳?


 一番聞きたかった質問を飲み込んで、ユリアはにっこりと微笑んでみせる。大人の余裕を見せなければと思ったとか、強いと言われて単純に嬉しかったとか、そんなわけではない。もちろん、勇者と旅で得られる数々の特典を思い浮かべて、思わずガッツポーズを取りそうになどならない。


 「ニーニャ?」


 視線を向ければ、ニーニャは天使の笑顔に腹黒さを滲ませて、


 「いいんじゃない?」


 笑ってみせる。


 「じゃあ、そういうわけだから。お兄ちゃん、ユリアさんとニーニャさんの言うことをよく聞いてね」

 「…………ん?」


 先程とまったく同じポーズでアメリアを迎え入れようと待機していたグレンは、頭の上にたくさんのはてなマークをくっつけてほんの少しばかり眉根を寄せた。


 「お兄ちゃんは! これから、勇者さまとして、ユリアさんとニーニャさんと、世界中を旅するの!」

 「何で?」

 「だって、それが勇者さまだもの」

 「でもおれは、村に帰りたい。畑のことも心配だし」

 「畑は、あたしとおじいちゃんで何とかするから」

 「でも、力仕事をじいちゃんに任せるわけにもいかんだろ」

 「あら。そのときは、村のひとたちに頼むもの、大丈夫よ」

 「でも」


 自分の半分もない背丈の妹に人差し指をつきつけられて、グレンは目をぱちくりさせる。


 「お兄ちゃん? 剣は解き放たれてしまったの。お兄ちゃんは、もう、勇者さまなの。観念しなさい」

 「アメリア」

 「じゃあね、お兄ちゃん! 幸運を祈っているわ」


 強引に言い切ると、アメリアはつま先立ちになってグレンに近付く。つられてグレンが身をかがめれば、アメリアは頬に甲高いキスをひとつすると、スカートの裾を翻して台座から飛び降りると祖父のもとへと走り去っていく。


 「アメリア?」


 片手に剣を手にしたまま呆然と立ち尽くすグレンの耳には、ユリアとニーニャによる、オード語とヴェランデ語のアナウンスは耳に入っていなかった。勇者と旅をすれば、自ずと名声が手に入るだろうと算段していた者たちはみな、そのアナウンスを聞いてがっくりと肩を落とす。かたわらのふたりの女性が、いわく、彼のパーティーメンバーであるらしいから。


 「これ……」


 ふと手のひらにある剣の重みを感じて、グレンが誰にともなく呟く。


 「別に欲しくないんだけどな」


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