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Scene 2 : 運命ではないかもしれない出会い

 「ふわあ〜……」


 欠伸とも感嘆とも取れる擬音語を紡いで、グレンは大きく空を仰ぎ見る。肩にしょった布のサックが、彼がくるりと首を回すたびに通行人に当たっているのだが、本人は気付かないらしい。ヴェランデでは、ブロンドは珍しい。それだけでグレンとアメリアの兄妹は目立っていたのだが、そこへもってきてグレンのお上りさん丸出しの態度は、国境にある街ピアチェンツァの人々の失笑を買っていた。


 「グレンお兄ちゃんたら。そんなにきょろきょろしていたら、勇者さまらしくないわ」

 「あ、ごめん」


 もうすっかりアメリアは兄を勇者にするつもりでいるので、自然と口調がしつけ役のそれになってしまう。可愛く口をすぼめる妹を見て、グレンは従順に謝った。勇者がぺこぺこするものなのかは、この際、議論するべきではないのかもしれない。


 「でも、びっくりしたわ。おじいちゃんが、勇者さまの剣を知ってたなんて」

 「これでも昔は、色んなところを渡り歩いたもんよの」

 「すごーい! じゃあ、ここにも来たことがあるの?」

 「もちろんじゃ。世界はのう、わしの庭みたいなもんじゃからのう」

 「すごーい、すごーい!」


 明らかに誇張された祖父、ベンの言い分に、アメリアは狂喜乱舞する。ただし、これは不自然なことではなかった。ディグオス村において、外の世界を知るということは、すなわち男として優秀だとアピールすることと同じになるからだ。基本的に、女性は滅多な事でもない限り外出などせず、精々が隣村まで。


 「あれ? 何だ、あのひとだかり」


 のんびりとグレンが呟く。当初の目的をまったく忘れてしまっているグレンは、村の青年たちに頼んだ鶏の世話や畑の世話のことを考えていた。


 「え? なに? なに? 見えないわ」


 ヴェランデ人は、オード人よりも基本身長が低い。オードでも長身の部類に入るグレンは、それこそ頭ふたつ分ほど飛び抜けていて、そのせいで遠くにある人だかりがよく見えた。加えて、田舎暮らしで培った視力は、ほぼ野生のそれだ。反してアメリアは、通行人に埋もれてしまいそうな身長なため、兄の見つけたものを目に止めることができなかった。

 

 両手をこちらに伸ばしてきた妹を軽々と抱きかかえ、グレンは彼女を肩の上にちょこんと乗っけた。

 

 「あ、ほんと! すごい人だわ。きっと、あそこにあるのよ!」

 「何が?」

 「もう! お兄ちゃんたら、忘れっぽいんだから。勇者さまの剣でしょ」

 「勇者さまの、剣?」

 「誰も抜けない、勇者さまの剣! それを抜いて、お兄ちゃんが勇者さまになるんでしょ」

 「…………」


 手乗り文鳥よろしくぴいぴいと喋るアメリアを肩に、グレンはしばしの間思考する。勇者さまの剣。そういえば、そんな話があった気がする。


 「お兄ちゃん?」

 「ん? あ、ああ 思い出した、思い出した。そうだった、そうだった。じゃあ早く、抜きに行こう」

 「うん!」


 鳩並の記憶力を見せつけて、グレンは妹と祖父と連れ立って、人だかりの方向へと向かっていった。





 「さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。これが巷を賑わせている、名剣、金穂の炎(フィアッマ・パグリア)だ! こいつは、大気中に存在してる火の女神さんのキスを賜ったってえ、すんげえ代物だ。こいつを使いこなせれば、勇者になるのも夢じゃねえ。おっと、質屋に入れようなんて考えちゃあいけねえぜ? 何せ火の女神は、嫉妬深いって話だからな。さあさ、こいつを抜こうって気概のある奴ぁ、いねえのかい!」


 石で出来た四角い台の上に、大振りな剣が一本、刺さっている。刀身の半分くらいまでが台の中に埋もれていて長さは計りかねるが、柄の部分には大きな赤い石がはめ込まれている。宝石などを見たことがなかったグレンには、それはまさに燃えさかる炎のように見えた。台からは数段の階段があって、剣が収まっている台よりも更に大きな台が設けられていた。それを囲むようにして人だかりが出来、それの中心では男が、剣のたたき売りでもするかのように朗々と口上を並べている。


 しかし、ヴェランデ語を解せぬグレンたちには、男の言葉はちんぷんかんぷんだった。


 「あれ、何て言ってるのかな」

 「さあ」


 兄妹で首を傾げたそのとき、背後から声をかけられた。


 「あら、オードのひと?」

 「珍しいな」


 振り返れば、ふたりの少女の姿。


 ひとりは、すらりと背が高い。女性としてはかなりの高身長だ。青に近い紺色の髪はまっすぐに腰のあたりまで伸びて、時折吹く風にゆらめく。切れ長の瞳はヴェランデ人に特有の、濃い茶色。肌もこころなしか、オード人よりもこんがりと日焼けしている。肩を出したデザインの上着に、ふとももの付け根まで入ったスリット入りのスカートを穿いている。全体的にアダルトな雰囲気がつきまとう。


 もうひとりは、対照的に小さな少女 アメリアよりも少し高いくらいか。ゆるくウエーブのかかった栗色の髪をツインテールに結わえ、薄いブルーの瞳には好奇の色が光る。フリルがふんだんにあしらわれたドレスは丈が短く、膝の上までくる白いソックスの付け根にもフリル。そして特筆すべきは、その上半身。全体的に華奢な体つきにきゅっとくびれたウエストからは想像も出来ないほどの豊満なバストが目を引く。

 

 男性の多くは、このスレンダーセクシー美人か、ロリータ巨乳少女に心奪われてもおかしくなかったが、あいにくと、グレンの脳はアメリア以外の女性は琴線に触れないようになっている。それが普通かどうかはまた、別として。


 グレンは、ふたりの少女と声を張り上げる男とを見比べて、そして、


 「あれ? このひとたちの言うことは分かるのに、やっぱり、あのおっさんの言うことは聞き取れないや。 近耳(きんじ)かな」

 「何だ、近耳(きんじ)って」


 セクシーなハスキーボイスで少女が問うと、グレンはいともなげに答えた。


 「近視の耳って意味」

 「ないわよ、そんな言葉!」


 見た目のロリータ具合を裏切らないロリータボイスで突っ込まれる。


 「オードで話されているのは、オード語。ここはヴェランデだ。ヴェランデ語を話すに決まってるじゃないか」

 「そうなのか? ていうか、オード語なんてあったんだな。みんな、同じ言葉を話すのかと思ってた」

 「どこの田舎者よ……。あなた、どこから来たの?」

 「ディグオス村」

 「どこよ、それ」


 げんなりとロリータ少女が顔をしかめた。


 「あの!」


 グレンの肩から、アメリアがふたりに声をかける。


 「初めまして。わたし、アメリア アメリア・トライブって言います。こっちは、おじいちゃんのベン・トライブ。そして、お兄ちゃんのグレン・トライブです」

 「妹さんは、ちゃんとしつけがなってるみたいだな」

 「頭の出来も、お兄さんとは少し違うみたーい」


 くすくす笑いで少女たちは意地悪なことを口にするが、アメリアへの賛辞の部分しか理解出来なかったグレンは満面の笑みを浮かべる。


 「そうだろー? アメリアは可愛い上に、頭も良い将来有望なこなんだ なー、アメリア」

 「ちょっと、お兄ちゃん。そんなことは、今どうでもいいんだってば」

 「どうでも良くないぞ、アメリア。アメリアがいかに素晴らしいこかっていうのは、真実だからな。みんなに教えておかないと」

 「あとでしようよ〜」


 困り顔のアメリアに、少女たちが助け船を出す。

 

 「じゃあ、こっちも自己紹介。私は、ユリア。ユリア・モースタン」


 スレンダー美人がにこりと微笑めば、ロリータ少女が天真爛漫な笑顔を振りまく。


 「あたしは、ニーニャ・ガルダス。ニーニャって呼んでね」

 「それで」


 ふたりはそこで声を顰めると、グレンを覗き込むように距離をつめた。


 「グレン、だっけ。ここに、何しに来たの?」

 「金穂の炎(フィアッマ・パグリア)が、目的?」

 「うん」


 すんなりとグレンは首を縦に振る。


 「おれ、あれを抜いて、勇者さまになるんだ なー、アメリア」


 グレンのお馬鹿な発言を耳にして、ふたりの少女はにやりと視線を交わして微笑んだ。

グレンは、Gren Trive、ユリアはJulia Morstann、ニーニャはNina Gardas(aの上に〜を付けた方です)。


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