Scene 6: いざ、森へ
前回の更新から日が空いてしまいました><
これにてAct IVもおしまいです。
Act Vで終わりを予定しています。
一向に危機感を覚えられないダメ勇者たちを、まったりと見守っていただければ幸いです。
ベッドの上で朝食を摂る予定だった自身の両親が、ローブ姿で静かに寝息を立てている横を何の感慨もなさそうに突っ切ると、アレックスは両親のワードローブクローゼットへ直行した。
アレックスの事情を知った今はただの金づるとは見えず、ユリアとニーニャはばつが悪そうに、目が合うはずのないテレンシア公爵とその夫人を避けるようにこそこそと歩く。グレンだけは、
「あ! 高そうな服着てる人が寝てるぞ! しかも二人!」
「あ! じゃないでしょ! グレンが初めに見つけたんでしょ」
「そうだったっけ?」
「そうだったんだよ! え、何、たった一時間も前のことがもう思い出せないの? グレンさあ、頭が悪いのと記憶力が悪いのはまた別ものだよ? どうすんの、そんなコンボ技持っちゃって」
「コンボ? 食べ物か?」
「……もういい。グレンとは話さない。疲れるから。ただでさえ、アレックスの件でびっくりして、まだ理解が追いついてないんだから」
「疲れてるのか、ニーニャ?」
「そう、疲れてるの、グレンのせいで!」
「え?」
「〜〜っ! ああもう、本当に! もういい!!」
ニーニャが放心している間に勝手にパーティに加わることになったアレックスを、まだ仲間だと認めきれずにいる心の状態でグレンと話すのは苦痛でしかなかった。肝心な箇所だけを狙って聞き間違え、誤って理解をし、挙げ句の果てには耳が遠くなる勇者を、忌々しげに睨みつけてから、ニーニャは足早にユリアのもとへと向かった。
「ねえ」
ユリアの袖を引っ張って、小声で話しかける。歩みは止めずに、ただニーニャの方へと耳を傾けるとユリアは、
「どうした、ニーニャ。グレンにいじめられたのか」
「あたしが? グレンに? 冗談でしょ。どう考えたって反対でしょ。ただしグレンをいじめたって」
「いじめられていることに気づかないだろうがな?」
「うわあ、びっくりした! い、いつからそこに!」
ワードローブの中から顔をにょきりと出して発言したアレックスに、ニーニャは一流コメディアンも裸足で逃げたくなるクオリティの驚きを体と顔とで表現する。笑わないように努めているらしいユリアの口元が、引きつっている。アレックスはといえば、お腹を抱えてひとしきり笑った後、これまで力仕事や泥仕事などとは無縁だったと明言してはばからない美しい指で目尻の涙をぬぐった。
「ニーニャだっけ。お前、面白いな」
「お、面白いとは何よ! ……です」
「なんだよ、それ。いいって。言ったろ? オレに敬語を使う必要は、もうない」
「そうは言っても、やっぱりいきなりあなたを仲間と認めろなんて、無理があるよ」
本当は、こっそりとユリアに相談しようと思っていた内容を、ニーニャはあっさりと本人に伝えてしまう。そんなつもりは全くなかったので、言った後に口を手で塞いだが、もう後の祭りだ。ニーニャの言葉に傷ついた風でもなく、それどころか、彼女を優しく見つめるとアレックスが衣服を抱えてワードローブの森から出てきた。
「急に仲間として加えろという話じゃない。仲間として加えても良いかどうかを判断するための、お試し期間だと思えばいい。これから訪ねる場所は、オレにのみ関係がある場所じゃないからな」
衣服のひとつひとつを確かめて、自分の体に当てながらアレックスはクローゼット内に設置された、大きな金縁の鏡の前に立つ。取り出してきたのは、妙に古臭いデザインばかりのものだ。しかも、男物ばかり。
「アレックス様」
そう呼びかけて、すぐさまアレックスに睨めつけられるから、ユリアは慌てて声音をもっとフランクなものに変える。
「アレックス。それは、誰の服だ?」
「父親のものだ。うちの両親は、揃って着道楽でな。父親は特に、まだあのでっぷりとした腹が存在感を示す前の自分の服に愛着があったらしい。オレには、それでも大きいんだが、まあ、着られなくはないだろう」
「男装するの?」
ニーニャの問いに、アレックスが苦笑する。
「オレには、女物も男物も、どちらも意味をなさない。まあ、こういう性格だからな。どちらかというと、今までが女装っていう認識の方が良いんじゃないか?」
なるほどと頷くユリアとニーニャに微笑みかけるアレックスは、その美麗な肌を惜しげなく晒してドレスを脱ぎ始める。
「わーーー!」
「あ、アレックス!」
大声をあげて両目を覆う二人に引き寄せられるようにグレンがやってくる。つるりとした上半身をまじまじと見つめたグレンは、やがて首を傾げた。
「ん? 女の子って、もっと胸が膨らんでるもんじゃなかったのか? アメリアだって小さいけど、ちゃんと膨らんでたぞ?」
「グレン! 失礼! 変態!」
グレンの脛を狙ってニーニャがヒールの部分で蹴りを入れる。
「そうだぞ、グレン。女性の胸が一様に大きいと思ったら大間違いなんだからな! ていうか、なんだ今のアメリアちゃんはって発言は。お前、実の妹だからって裸を見たりしたのか? 救いようのない阿呆だな」
もう片方の脛を狙って、ユリアがつま先の尖った部分で蹴りを入れる。
「違う違う。一度、久しぶりに一緒に入ろうと思って、アメリアを追いかけて風呂場に入ったら偶然見えたんだ。そのあとすぐに、ごしんよう? っていうののために持ってた薪を投げつけられて、それがおでこに命中して、俺は素っ裸で気を失ったから本当に一瞬しか見ていないんだ」
「何、微笑ましいエピソードみたいに語ってるの。それ、ただの変態兄貴の野蛮ストーカー行為じゃない!」
「グレン、お前はこれから公衆の面前では絶対に口を開くな。こんなのが勇者だと知られたら、私たちまで何て思われるか……」
頭を抱えるユリアに、真っ青になって物理的に距離を取ろうとしているニーニャのすぐそばで、グレンは切ないため息をつく。はあ、アメリアに会いたいなと聞こえたが、ユリアは無視を決め込むことにし、着替えを淡々と終わらせたアレックスに向き直った。
「オレの方は、これで完了だ。地下の台所に寄って食べ物をくすねていってもいいが、まあ、これから行く場所はそこまで離れていないからな。大丈夫だろう」
「どこに向かうの? まだ教えてもらってないんだけど!」
ぼんやりと突っ立ったままのグレンを迂回して、ニーニャがアレックスの方へと歩み寄る。腕に触れる衣服の数々がのきなみベルベットのような肌触りで、テレンシア公爵の潤沢な生活を端的に伝えてくれる。
こんな生活を捨てるだなんて、アレックスはどうかしてる。
そうニーニャは思うけれど、でも、自分だって似たようなものなのかもしれない。魔導士の才能があると自覚しているけれど、どうしても賢者になりたいからそう名乗っている。きっと、自分の魔導士ランクと比べれば、賢者としての自分がたどり着けるランクなんて、大したことない。でも、諦められないから。
「森だ」
アレックスが不敵に微笑む。玉虫のように光にあたると色を変える瞳が、静かな熱情の炎をたたえて揺らめいている。
誰にも邪魔はさせない。
そんな声が聞こえてきそうだ。
「森? 森って、ここの目の前にででーんって広がってる、あれ? そこに何があるの?」
「何、じゃない。誰、だな」
「アレックス。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。お前が執着しているらしいものが、あの森にあるのはわかった。そして、あの森にいる誰かが、お前だけでなく私たちにも関係する人物だと言ったな? それは誰だ?」
腰に手を当てて、ユリアが問う。口調こそ詰問しているようだったが、声音は穏やかで優しい。アレックスは、鼻から息を漏らすと、顎を上げて背筋を伸ばす。さながら女王が騎士を迎えるように、ユリア、グレン、ニーニャの順番に視線を合わせていく。目だけではなく、優雅な仕草で顔全体を動かした。
「オレの会いたい人物、森に住んでいる人物、城の皆を眠らせた人物。それらはすべて、同一人物だ」
「まさか」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ」
「アレックスは胸はないけど美人だなあ」
「グレンは黙ってて!」
床に転がっていたシルクの靴の固いところが当たるように、ニーニャがグレンめがけて投げつける。そんなドタバタにも動じず、アレックスはゆっくりと、そして深く頷き、その蠱惑的な声で言った。
「魔女に会いに行く」