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Scene 4 : ひとが言ったことを鵜呑みにしてはいけません

 着替えるからとベッドに仁王立ちになったアレックスは、両手を腰にやったまま、依然、その堂々たる立ち姿を崩すことをしない。正確には、この数分の間で三度ほどグレンの顔面や胸元に蹴りを入れている。


 「じろじろ見てるんじゃねえよ、変態が」

と言われて蹴られては鼻血を出して微笑み、

 「誰の断りを受けてオレのベッドに手を乗せてんだよ、豚野郎」

と言われて手の甲を思い切り踏まれては笑みを深めるグレンを、ニーニャとユリアは顔面蒼白で見守っている。


 ただの脳みそ足りない系筋肉馬鹿かと思っていたグレンが、実は、婦女暴行系ドM勇者だと知って、心底引いている。そのあまりの恐ろしさに、いつのまにか互いに互いを抱き合う形になって、二人はブルブルと震えながらグレンの清々しいまでに気色の悪い笑顔から目を離せないでいた。


 アレックスはといえば、グレンの奇行に片眉を上げるくらいなもので、とりたてて気持ち悪がる素振りもない。どころか、片頬を歪ませている。どうやら、彼女は才色兼備な公爵令嬢ではなくて、ドSの美人なのだとニーニャとユリアは悟った。


 「おい」

 威丈高にアレックスが声を上げる。

 「はいいい!」

 「着替えたいって言ったんだけど?」

 「は、はいいい?」

 「ったく。気が利かないんだな。着替えたいって言ってるんだから、着替えを持って来いよ」

 「いや、でも、そこで着替えなさってはそこのドM、もとい、グレンがアレックス様をいやらしい目で見るのではないかと思うのですが……」


 別段回りくどくもない言い方でユリアが進言すると、アレックスはせせら笑った。


 「そんなことか。別に構わん」

 「え、でも……」


 あれほど注意されたにもかかわらず、未だベッドに両肘をついて、夢見る乙女が窓辺でバラ色の未来や白馬の王子様について思いを馳せるような格好でアレックスのことを見上げては、「きれいだなあ。こんなにきれいな人がいるなんてなあ」と独りごちる勇者を視界の端に認めて、ニーニャは顔を引きつらせた。


 「構わん。服は、そっちの、なんだ一角? にあると思う。なんでも構わん。寝巻き以外の、活動しやすような服を適当に見繕って持ってきてくれ」


 言って、しっしっと犬猫を追い払う仕草をするアレックス。渋々と、釈然としないまま、ユリアとニーニャが示された方へと移動する。


 寝室の中にある小さな小部屋ともいうべき場所は、入ってみると、全方位が服や装飾品で埋め尽くされていた。


 「うわあ! すっごい!」


 ニーニャが歓喜の声を上げ、ユリアでさえも目を丸くして辺りを見回していると、アレックスの声が飛んでくる。


 「好きなものがあったら、くれてやる。なんでもいいから、取っておけ」

 「え、まじで?」


 小声で言いながら、ニーニャは早速、宝石箱と思われし蓋を開ける。はたしてそこには、見たこともない大きさの石が、燦然と輝きを放ちながら、これまた見たこともないくらい質の良い金銀の鎖や輪に組み込まれていた。


 「このディアマンテ、見てよユリア! これを売っただけで一年は遊んで暮らせそうじゃない?」


 ブリリアントカットの大振りなダイヤモンドの指輪を手にして、ニーニャが囁くと、ユリアも手にダイヤモンドで囲まれたサファイアのネックレスを体にあてがいながら、

 「このサフィロもすごいな。こんなに大きな、しかも純度の高いものは見たことがない」

とヴェランデ語で呟く。


 「何をもらってもいいから、さっさとオレの服を持って来い! あと十秒だぞ!」


 カウントダウンが始まり、二人は手にしていた宝石を服のポケットに仕舞うと、慌てて、オーダーにあった活動しやすそうな服を探した。


 「……ゼロ。間に合ったか。間に合わなかったら、飛び蹴りでもしてやろうと思ってたのに」


 ドレスにパニエ、コルセットにショートブーツを両手に抱え、ベッドへたどり着くと、アレックスは二人を見下ろして人の悪い笑みを浮かべてみせた。どう見ても悪人面のその表情でさえ、彼女がやると美しく見える。


 「コルセットはいらない」

 「え、でも!」


 コルセットがなくては、上半身、特に胸元が不安定になる。たしかにあれは着心地の良いものではないが、だからといってなしでドレスを着てしまっては、大変なことになる。一度、さらしを忘れてワンピースを着て街を歩き、散々な目に遭ったニーニャは顔をしかめた。


 「いらないんだ。ほら」


 あっさりと、テレンシア領公爵令嬢であるアレックス・テレンシアが寝巻きのボタンを外して、脱ぎ捨てる。用済みになった寝巻きは布団の上で、浜に流された軟体動物のように丸まっている。


 「あ、アレックス様!」


 ニーニャとユリアは悲鳴に近い声を上げて目を手で覆う。公爵家に無断侵入しただけではなく、公爵令嬢の裸をアクシデントとは言え見てしまったと知れたら、牢獄行きは免れない。


 「あれ? 胸がないぞ」


 緊張感というものをどこかに置き去りにしてきたグレンの声がして、二人は目を覆った指を少しだけ開けてみる。指の隙間からアレックスを盗み見れば、そこにはたしかに真っ平らな胸板があった。


 「え?」


 ニーニャが戸惑った声を上げる中、ユリアは即座に理解した。第二次性徴期が始まってからすぐに胸の成長めざましかったニーニャと違って、ユリアは俗に言う貧乳である。心ない女友達に(ニーニャのことだが)、「ユリアの胸ってえぐれてるんじゃないの?」とからかわれたことがあるくらいの貧乳だ。ニーニャの爆弾のようなというか、潔いまでに膨らんでいるというか、体重の三分の一くらいは胸にあるんじゃないかというくらい大きい胸でなくても、ユリアの胸は膨らんでいる。微々たるものだが、たしかに膨らんでいるのだ。


 だからこそ、目の前にいるアレックスの胸は、貧乳なんて言葉では片付けられないものだと分かった。あれは、女性の胸ではない。男性のものだ。


 「アレックス様、あなた……」

 「男だけど? ていうか、誰もオレが女だなんて言ってないだろう?」


 パンツ一丁でしゃあしゃあと言いのける美貌の少年を眼前にして、ユリアは言葉を失う。


 「ええええええ? お、男?????!!!!!!!」


 もし賢者としても魔導士としても将来が断たれてしまったら、ニーニャはリアクション芸人という道があるのかもしれない、とユリアは思った。


 「うるさいな。大声出すなよ。オレの繊細な鼓膜が傷つくだろ」

 「え、だ、だって、え? え? 男? だって、公爵令嬢って……」

 「あ、そんな風に言われているのか、オレ。両親(あいつら)も考えたな」


 ニヤリと笑うと、そのつるりとした美しくも真っ平らな胸の前で腕を組むと、アレックスは宙を仰ぎ見る。


 「厳密に言うと、男でも女でもないんだ、オレ」

 「は? え? え? どういうこと?」


 ニーニャがおろおろと両手をせわしなく空で動かしているのを横目に、ユリアはアレックスの言わんとしていることを理解した。そして、超がつくほど女性的な体をしている友人に釘を刺そうとしたところ、

 「ほら」

 あっけらかんとアレックスが、自身の股間を指差す。


 そのあまりに飾らない仕草に、ニーニャはごくごく自然に視線をアレックスの指が指し示すほうへと移す。それは、ニーニャにもユリアにも見慣れた形をしており、逆に、ニーニャの知っている男性のその部位にあるべきふくらみがなかった。


 時間にすると数秒間だが、横で息をつめて見つめるユリアにとっては長すぎるほどの時間だった。ようやく、何事かを認識したニーニャは、途端に顔を真っ赤にして、ひい、とぎゃあ、の間にある叫び声を上げた。


 両耳を手で塞ぎながらも、ニーニャの反応にアレックスはけたけたと笑い転げる。


 「オレ、上半身は男で下半身は女の、両性具有なんだよね」


 さらりと衝撃的事実をカミングアウトするアレックスを驚愕の瞳で見つめるニーニャは、何かを言いたげにパクパクと口を開いたり閉じたりしながら、震える人差し指でアレックスの顔と胸と股間とを順繰りに指した。


 「りょうせい……ぐゆう……?」


 気づけば乙女のお願いポーズのままだったグレンが、多分に、人生で初めて聞いた単語を口の中で繰り返す。


 「それって、美人って意味なのか?」

 「違うつってんだろ、ばーか」


 パンツ一丁の才色兼備な両性具有は、またしても全く逡巡を感じさせないかかと落としを、グレンの頭頂部に落とした。


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