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Scene 6 : イライラには牛乳を、元気が出ないときには…?

こっそりと更新です。

 「今でも、大事に持っているのよ、その石。肌身離さず。だからって、シーニャ先輩に会えるわけでも、交信できるわけでもないのにね。すごくメランコリックな行動だと思うでしょう? でも、それくらい大事なの。それくらい、大事で大事で、心底憧れて、今だって、誰よりも尊敬しているくらいの先輩なんだから。ね、ユリア?」


 豊満な胸の前でぎゅっと手を組めば、その谷間が強調される。今ではないいつかへ思いを馳せた瞳を潤ませて、ニーニャがユリアに微笑みかけた。ユリアもそれを受けて、


 「そうだな……。あのふたりがいなければ、今の私たちはなかったかもしれないからな。こんなことを言うのは正直恥ずかしいのだが、スシール先輩に会っていなければ、私は学科を変えるなんて大それたことは出来なかったかもしれない。どこかで、自分の限界を決めつけて、とりあえずの人生で満足していたかもしれない。それでは、絶対に満たされないと知りつつ、な。……だから、この石は、あのふたりを思い出すと同時に、自分が選んだ人生の重さを教えてくれるものでもあるんだ」


 「おお、良いこと言うね、ユリア! よっ! 隠れスピーチ上手っ!」


 短いスカートから伸びる脚を広げて、酒場でくだを巻く親父のように立つと、ニーニャが両手を筒のように丸めて口にあて、野次を飛ばす。途端、小麦色の肌で覆われた顔を紅潮させて、ユリアが困ったように眉を寄せた。


 「や、やめてくれ、ニーニャ。恥を忍んでこんなことを言っているんだ。そんなことを言えば、ますます恥ずかしくなるじゃないか」

 「なーに言っちゃってるの。ユリアはね、気付いてないかもしれないけどね。いつもは、どM属性の年下草食系男子にしか付きまとわれないかもしれないどね。そのヒールで僕の顔をぐりぐりやっちゃってください! なんて変態にしか好かれてないかもしれないけどね。でも、ユリアは本当は、超! 可愛いんだからね!」

 「ちょっと待て、ニーニャ。今、さらっとものすごく苛立つことを言わなかったか?」

 「やーん。怒っちゃ、い・や・よ♪」

 「このロリコン中年男性キラーめ……」

 「ああああ、今! 今なんて言った!? 今のだって、大抵非道かったってば! ね、そう思うよね? グレンだって、そう思うよね?」


 ユリアの胸ぐらを掴み、ニーニャが同意を求めてグレンの方を向く。休憩のために入った宿の一階にあるカフェで、グレンは心なしか肩を下げたリラックス状態で静かに椅子に座っている。たしかにグレンは呆れるほどの脳筋で、会話が成立しないことも多々あるが、だからといって自分の名前を呼ばれても気づかないくらいではないはずだ。


 弛緩しているとはいえ、農作業で鍛え上げられた筋肉は、遠目にも美しい。黄金の稲穂色をした髪は流れるようにグレンの首筋を装い、少し傾けられた顔からは、彼のアホ丸出しの瞳は見えない。


 訝しんでユリアから離れると、ニーニャはそっとグレンに近寄ってみる。軽く俯いた状態になっているグレンの顔を、下から見上げようとしゃがみこむと、その短いスカートが上がって太ももが露わになる。加えて、両の握りこぶしを胸元に持ってくると、胸の谷間が否応にも強調された。カフェに座っている男性、とりわけ中年の男性がニーニャにチラチラと視線をよこす。


 それに気がついたユリアは、ニーニャに知らせようと椅子から立ち上がった。その瞬間、太ももの際どいところまで入ったスリットが開いて、こちらも、脚線美が露わになる。よく磨き上げられたマホガニーの家具のような光沢を持った肌が、カフェの照明を受けて艶めかしく輝く。鈍い金色のブレスレットがしゃらりと音を立て長い紺色の髪が揺れると、あたりにイランイランのものと思われる濃厚で官能的な香りがした。宿屋の受付台に立つ青年と、カフェに入ってきたばかりの地元民と思われる青年たちが、顔を赤らめてユリアをうかがう。


 「ニーニャ、おっさんたちに見られているぞ」

 「ユリアこそ。あっちのお兄さんたちが、ユリアに罵倒されたがってるよ」

 「大きなお世話だ」

 「あたしだって。それよりさ……」


 すっくと立ち上がって、ニーニャが顎でグレンを指し示す。近寄ってきたユリアも、ニーニャ同様にしゃがみこんでグレンの顔を見上げた。そして、言葉もなく立ち上がって椅子に戻ってしまう。


 「いいかな?」

 あえて主語も目的語も無視してニーニャが言えば、

 「いいんじゃないか」

 投げやりにユリアも承諾する。


 グレンの背後に回ったニーニャは、次の瞬間、思い切り、力の限りグレンの両耳を引っ張った。


 「……ふごっ? ……は、い、いて? 痛ててててて!」

 「起きた? グレン」

 「ニーニャ? え? え?」


 張り付いた笑顔のニーニャを振り返り、そしてキョロキョロと辺りを見回すグレン。ユリアが、げんなりとしつつも親切に状況を説明してみせる。


 「ここは、宿屋にあるカフェだ。グレンが、私たちの話を聞きたいと言ったから来た。もっとも、寝てしまっていたようだがな」

 「そっか。おれ、寝てたのかー。どうりで、なんか元気になった!」

 「あっそ! それは良かったわね!」

 「あれ? ニーニャ、怒ってるのか? 牛乳飲むか?」

 「飲まない! ていうか、普通寝る? 自分から話を聞きたいって言っておいて、寝る?? 信じられない!」

 「いやあ……」


 ぽりぽりと後ろ頭を掻くその姿は、どれほど厚い色眼鏡を持ってしても、勇者には見えない。


 「女の人は、基本的に話を聞いてもらいたい生き物だから、とりあえず、なんかびっくりすることがあったら、話を聞かせて欲しいって言えって」

 「アメリアちゃんがか」

 「そう」

 「そのアドバイスは精確かつ的確だと思うが、その話の最中で寝てしまっては、意味がないと思うのだが?」

 「へへへ……。アメリアの話だったら、何時間でも何日でも聞いていられるのになあ。アメリアのだったら、寝息だって何時間でも」

 「それ、アメリアちゃんに止めてって言われなかったか?」

 「え、なにを?」

 「アメリアちゃんが寝ている最中にこっそりと寝室に忍び込んで、寝息をじっと聞いているの、見つかったことあるんでしょう?」

 「ある」

 「アメリアちゃんに、そういうの止めてって言われなかった?」

 「言われなかったぞ。あ。でも、次の日に、アメリアの部屋に鍵をつけてくれって言われたなあ。それ以降は、アメリアの部屋に無断で入れなくなって悲しかった」

 「グレン。お前の頭の悪さは、もはや同情を禁じ得ないな」


 しみじみと呟くユリアに、グレンはにへらと笑ってみせる。まったく緊張感のない重度のシスコン勇者の後ろ頭を、ニーニャが小突く。


 「で? どこまで聞いてたの?」

 「え? なにが?」

 「あたしたちの話! 最後に覚えているのは、どこ?」

 「えっと……。自分じゃない自分になりたいなんて、それまで思わなかった。だったかな?」

 「それは、この席について私が口にした一番初めの文章だ!」


 ユリアが珍しく大声を上げて、テーブルを拳で叩くと、なぜか青年グループの一員が頬を上気させた。


 「あ、あの……」


 おずおずと話しかけてくる青年を、憎々しげに見上げると、青年は嗚呼と歓喜の声を上げる。


 「もし良かったら、今晩、僕たちと一緒にごはんでも」

 「食べん!」

 「へ、へっへへ、そ、そうですよね……」


 無下に断られた青年は、しかし嬉しそうに頭を掻きながらユリアを尚も見つめる。グレンの肩に手を置いて背伸びをしたニーニャが助け舟を出す。


 「お兄さん、お兄さん。ダメだよ。そのひと、見た目と全然違って、まったくSっ気ないから。お兄さんたちが望んでるような、ヒールでぐりぐりとか鞭でぴしぱしとかしてくれないから。この豚野郎とか、絶対言ってくれないから」

 「ちっ。なんだよ、紛らわしい格好しやがって……」


 ニーニャの言葉に、青年は手のひらを返し舌打ちをして、ユリアの元から去っていってしまう。怒りで顔を真っ赤にしながら、ユリアが独りごちる。


 「好きでこんな容姿に生まれたんじゃない」

 「言わせておきなさいよ。あたしたちは、ああいう見た目でしかひとを判断できない奴らのために生きてるんじゃないんだから」

 「まあな」

 「ユリア」


 グレンがテーブル越しに手を伸ばし、眉間にしわを寄せたままのユリアの手の上に自分のそれを重ねる。その真摯で、濁りのない瞳で真正面から見つめられ、ユリアはグレンの次の言葉を待った。


 「元気がないんだったら、ヤギの血がいいぞ。おれ、狩ってこようか?」

 「いらん!」


 ユリアが手を振り放すのと、ニーニャが手刀をグレンの頭頂部にお見舞いするのが同時だった。


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