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Scene 4: 特別な日

 自分は、自分でしかなくて、それ以上にもそれ以下にもなれないのだと思っていた。それは、自分を受け入れるだとか認めるだとか、そういうポジティブな響きを持つものとは少し毛色が違ったように思う。


 今にして思えば、あれは諦念に似ていたのではないだろうか。


 でも、それも終わりだ。


 気付いてしまったことには、もう目を背けられない。認めてしまった自分の心は、これ以上無視出来ない。知ってしまった真実からは、もう後に退けない。そして何より、味わってしまった夢の欠片は、なかったことになんて出来ない。決して。


 「へへ。どうだった?」


 いつも、綺麗なツインテールに結わえられている栗色の髪を散々に乱して、教員室の一部である面接室から出てきたニーニャは、鈴を転がす可憐な声と子供ギャングの大将の顔で言った。


 「概ね、想定していた通りだ」


 魔法学校のトレードマークでもある制服の襟元を正して、ユリアは薄く笑う。


 「そっちこそ、どうだったんだ?」

 「めっちゃくちゃ怒られたよ。気の長いあたしも、結構失礼なこと言われちゃってさ。ついつい机に乗り上がって、カプア先生の胸倉掴んじゃったよ。えへへ」

 「お前が気が長いだなんて初耳だが、突っ込むところは最早そこじゃないだろうな」


 その笑顔だけ見れば、中高年の癒しアイドルにもなれそうなのに。どうしてこんなに喧嘩早くて、その上短気で向こう見ずなんだろう。ルームメイトの第一印象を裏切る中身に、ユリアは今更ながら思いを馳せる。


 「でもまあ、それも」

 「そう」


 苦々しくも清々しい気持ちで微笑むと、ニーニャも同意するように笑みを大きくする。


 「想定内」


 同じ言葉を真顔で、廊下で見つめ合って呟いたかと思えば、くすくすと肩を震わせて笑うふたりの姿は、他の生徒たちからは余程奇異に見えたことだろう。


 「一旦、部屋に戻ろう」

 「うん。お祝いしなくちゃだよね」


 違う理由で提案したユリアは、ニーニャの言葉に首を傾げた。


 「祝う? 何を?」

 「もちろん」

と人差し指を顔の前に持ってくると、ニーニャは自信満々に言い切った。

 「あたしたちの、新しい門出に決まってるじゃない」

 「なるほど」


 吹き出してしまってから、ユリアは不謹慎だったかなと教員室に目を配った。ニーニャの底抜けに楽観的な人生の過ごし方は、ユリアのともすれば生真面目過ぎる性格を上手く中和してくれる。


 ヴェランデ国は、南北で国民性が随分と異なる。北方が商人として名を馳せているのに対し、南方は商品となるものを作ることを生業とする者が多い。北方の冬が厳しいのに対し南方は冬でも暖かく、気質がおおらかな人間が多い。

 その条件から言えば、南方出身であるユリアは、おおらかで楽観的、社交的でお祭り騒ぎが大好きな人間ということになる。が、それらの性格はおおよそユリアには見出しがたいもので、逆に、北方出身であるニーニャは南方のステレオタイプのようである。


 「ね。ね。前に街へ行ったときに買ってあった、フルーツケーキ。あれ、食べちゃおうよ」

 「え? でも、あれは、特別な日のためにとっておくんじゃなかったのか?」

 「もー。ユリアったら。謙遜もね、やり過ぎると嫌味なんだよう? 今日が特別な日じゃなかったら、いつが特別な日なの? 特別な日なんてね、待ってても来ないんだから。こっちから作っちゃわないと!」


 屈託なく笑うニーニャに、内心胸を撫で下ろす。数日前まではあんなにふさぎ込んでいたとは、今の彼女を見ると俄には信じ難いが、この切り替えの速さも、友人の長所だと思うユリアである。


 「なに」

 「ん? 何がだ」

 「にやにやしてる。ユリア。何? 珍しいね。妄想? それとも、超妄想?」

 「なんなんだ、その超妄想っていうのは。それに、違う。妄想なんかじゃない。お前と一緒にするな」

 「あ、言ったね!」

 「お前が、元気になってくれたみたいで良かったなと思っていただけだ」

 「え」


 可憐というよりもコケティッシュな唇をすぼめて、ニーニャがぱちくりと瞬きを繰り返す。途端に耳まで顔を赤くすると、言葉を絞りだそうと口をぱくぱくさせた。どうやら、照れているらしい。


 「な。な。何よ、何よ。ユリアだってね。吹っ切れましたってな顔してるんだから。清々しい、爽やかなスタートだぜ、人生やり直すぜって顔してるんだから!」


 やけくそ気味に発せられたニーニャの言葉に、今度はユリアが頬を赤らめる番だった。


 確かに、あの日から、自分の中で何かのふんぎりがついたのは自覚していたが、それが周囲に分かるほどのものだったとは。感情を押し殺して生きていきたいなどと願っているわけでもないが、しかし、あまりにも分かり易いというのも困りものなのではないだろうかと思ってしまう。簡単な話、恥ずかしいのだ。自分が感じていることを他人に悟られるのがとても恥ずかしい。なのに、なのか、だから、なのかは定かではないが、感情を惜しみなく表現出来る人間が羨ましい。


 お互いに紅を差したような頬をして、気まずそうに見つめ合ったのち、どちらかともなく笑いが漏れた。


 「ユリアって、意地っ張りだよね」

 「お前もな」


 目を細めて、挑戦的な微笑みで言うニーニャに、伏せ目がちに応えるユリア。


 教員室のある廊下を後にして、自室に向かう。窓から見える魔法鍛錬場は、ちょうどユリアたちの学年が実技の訓練中だった。


 「なんかさ。ちょっとまだ、信じられないんだよね」

 「そうだな」


 ゆっくりとは言わないまでも、通常よりかはゆったりとしたペースで歩きながら、同級生たちを眺めた。

 鍛錬場ではふたつのグループが指導官の下、懸命に魔法の詠唱を学んでいる。ひとつは魔導士。もうひとつは、賢者だ。


 「ずっと、そうだったら良いなって思ってたの。あたし。でも、今までそれが実現出来るなんて思ってもみなかった。だってそうじゃない? 魔力検定の石は嘘をつかないもの」

 「歯向かってみても、な」

 「でもさ」


 窓辺に近寄って、ニーニャが立ち止まる。どこか懐かしそうに、それでいて未来を見つめる瞳でユリアにだけ聞こえる声で言った。


 「やってみなくちゃ、分からないよね」

 「……ああ」


 答えたユリアにも、勝ち気に歯を見せたニーニャにも、脳裏に浮かんでいたのは同じ人物の筈。


 「偉大だな」


 ぽつりと呟くと、ニーニャがツインテールを弾ませて頷いた。


 「シーニャ先輩も、スシール先輩もね」


 またしても、ふたりで見つめ合ってふふふと笑い合うところだった。教員室からしかめっ面をした教官が廊下に出てくる。


 「カプア先生」


 人なつこい声で呼びかけたニーニャに、先程よりも色濃く刻んだ眉根の皺はそのままに、カプアは手にした紙切れをかざして大仰にため息をついた。


 「まだここにいたのか」

 「ごめんなさーい」


 まったく罪悪感を感じさせない、新風のような口ぶりのニーニャに、カプアは一度目を見開いてみせる。信じられない、とでも言いたそうに。それから、ユリアの方に目を向けた。


 「君も、らしいな」

 「はい」

 「まったく。何を考えているのか、私にはさっぱりだよ」

 「でもあたし、カプア先生に理解されたくて、ここに来たんじゃありません」

 「ニーニャ!」


 あまりに過激な発言に、ユリアがニーニャの袖を引っ張る。しかし、カプアはこれには頬を緩める。


 「分かっている。だが覚えておけ。年長者の苦言というのは、後からでしか理解出来ないものだということも、な」


 ニヒルに片方だけの眉を上げると、手にした紙切れを窓とは反対側にある壁に貼り付ける。神経質な彼らしく、きっちりと四隅を手で押さえて、浮いたところがないのを確認すると、ふたりには見向きもせずにとりつく島もなく去っていってしまう。


 「相変わらず、堅物だなーカプア先生は」

 「お前が挑発するからだ」


 ばか、とニーニャの向こう意気の強い性格を批判してみるが、本人はあっけらかんとしたものだ。また問題になったらどうしようと危惧するユリアを背に、先程貼られた紙へと歩み寄ると、ニーニャは破顔した。


 「ユリア! 見て見て!」

 「……なんだ」


 億劫そうに言いながらも、ユリアも紙が貼られた壁の方へと近寄る。紙に書かれた内容を一読すれば、彼女も、抑えきれない笑みを顔中に広げた。


 「お祝い、しなくちゃだな」

 「もっちろん!」


 紙に書かれた内容は、こうだ。


 『専攻学科変更のお知らせ

  ニーニャ・ガルダス

  魔導士学科から賢者学科

  ユリア・モースタン

  賢者学科から魔導士学科

  以上、二名の学生の専攻学科変更をここに認める』



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