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Scene 2 : 理不尽な世の中と乙女心




 どうしてこうも、人生は、自分の思うままにならないのか。 何かが間違っている。


 気候に恵まれたヴェランデでは珍しく曇天が広がる窓の先を、ニーニャがなんとはなしに見つめながら、そんなことを考えていた矢先に、ユリアが疲れ果てた顔をして部屋に戻ってきた。


 「疲れた……」


 掠れて呟くその声さえも艶っぽい彼女は、ばたりとベッドに俯せに倒れ込む。 向かい側に置かれたベッドの上で胡座をかいていたニーニャは、いそいそとユリアの傍に場所を変えると、よしよしとその藍色の髪を撫でてやる。


 「おかえりー。 どうだった? 今日の買い出しは」


 寄宿生は、基本的には学外に無断で出ることを許されてはおらず、それは特待生とて例外ではない。 その校則とは別に、寄宿生が学外に出ることを求められるときがある。 週に一度、順繰りに回ってくる買い出し班は、学生六人で成り立っており、チームを組んで学校の設置された街の中心で、全校生徒用から集計されたアンケートのうち、特にリクエストの多かった日常品や嗜好品を買い出しに行くのが役目だ。 生徒数が多いため、週に一度の役目でも、実際に順が回ってくるのは二ヶ月に一度くらいなものだが、これがユリアの悩みの種だった。


 「何であんなにわらわら寄ってくるのか分からない。 私から、何か変な物質でも撒き散らされているとでもいうんだろうか」


 情けない声は、枕に音を吸われて、ますます痛々しい声音になる。


 「てことは、また追いかけられちゃったの?」

 「…………」


 無言の肯定が、ユリアの後頭部から発せられる。


 「ほんと、何でなんだろうね。 ユリアはさ、どこに行っても、なーんか知らないけどM属性っていうの? 僕をぶってくださいユリアしゃま~、私を蔑んでくださいユリア様~みたいなひとに好かれるじゃない?」

 「とんだ迷惑だ」


 温厚で、ひとの悪口を滅多に言わないユリアにしては冷たく言い放つ。


 「あたしはあたしでさ、買い出しとかで街中に出るたんびに、変なおっさんたちがわらわら寄ってきては、お嬢ちゃん、おっちゃんとちょめちょめせえへんか~的なことを言われるじゃない?」


 いつもは使わない、北ヴェランデアクセントで戯けた風に言ってから、ニーニャは顔を盛大にしかめると、


 「良い迷惑よね、まったく。こっちは興味ないっつうのっ!」


 ね!と同意を求めれば、ユリアは枕につっぷしたまま、こくりと首を縦に振る。 やや大袈裟にため息をついてから、ニーニャは天井を仰ぎ見て口唇をとがらせた。


 「あたしがちょーっと人より胸がでかくて、ちょっと身長が低くて、ちょっと声がロリ声で、ちょっとふわふわしたスカートばっかり穿いてるからって、あたしがロリータだってことにはならないのにね。 これしか似合わないんだっつの。 それにさあ、ロリータだからって、おっさんが好きとは限らないでしょ。 ロリータだったらみんな、おっさんと付き合うのかっての。 ユリアだってさ。 ちょっと人より背が高くて、スレンダー美人で、ちょっと脚線美がひとよりもえろくて、肌が浅黒いんがこれまたセクシーで、ちょっとスリットの入ったロングスカート穿いてるからって、即、女王様気質だとは限らないじゃない? ユリアって、どっちかっていえば癒し系だし」


 一気にそこまで言ってから、もう一度、先程よりも大きなため息をついて、


 「あ~あ。 シーニャ先輩が羨ましい~」


 そう言うニーニャの顔からは、嫉妬の色はまったく見えず、純粋な憧憬のみが頬に色を添える。


 「だってさー、シーニャ先輩ってば、あんなにグラマラスでセクシーなのに、ちゃんと優しくて、凄腕の賢者だし、なんていうかあれなんだよね、ギャップ萌え? 色っぽくて癒し系って、ほんと憧れる! しかもさ、色っぽいっていっても、いやらしい感じじゃないし、おっさんとかに、お嬢ちゃん、おじさんと良いことしようとかって言われる雰囲気じゃないし。 ああもう、何であたし魔導士なんだろう! 賢者になりたかったよ! そしたらさ、ロリータの白衣の天使って感じで、それはそれで良いと思わない? 今からでも転職出来ないかなあ。 賢者クラスって、もう今年はいっぱいなんだっけ?」


 絶え間なく髪を梳いていたニーニャの手をやんわりと止めて、ユリアがゆっくりと寝返りを打つ。 横目で、シーニャ・エモリスの雄姿に思いを馳せているニーニャを見やって、ユリアは小さく息を漏らした。


 「そうだな……。 そんなことを言えば、私は、転入生が羨ましい」

 「リオ先輩?」

 「そう……。 私と同じで胸だか尻だか分からない体型だが、スシール先輩は小さくて可愛らしい感じだろう? それに、声だって私みたいなだみ声じゃないし、肌だって透き通るみたいに真っ白だし、妖精みたいな容姿に、完璧に上品な仕草で、しかも凄腕の魔導士だぞ? 格好良すぎだろう」


 ほう、と切なそうにため息をつくユリアは、校則では許可されていないパニエを仕込んで、ふわふわと横に広がるスカートに身を包んでいるニーニャと目を合わせると、


 「世の中、なかなか思い通りにはいかんもんだな」

 「ほんと、世の中ってあたしたちに喧嘩売ってるよね」


 真面目な顔で頷くニーニャの言葉に、思わず吹き出すと、二人してくすくすと笑い合った。

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