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Act III ; Scene 1 : 憧れは時として唐突に

 自分じゃない自分になりたいなんて、それまで思わなかった。


 まだ物心もつかない時に握らされた、魔力検定の石は、はっきりとピンクパールに変化して、それはつまり、自分が癒しの魔法を使う者だと決められた瞬間でもあった。


 魔力検定の石は嘘をつかないと、何度も周囲に諭されたけれど、どうしても諦められなくて、なけなしのお小遣いで石を手に入れては、何度も試してみた。 どうやっても、ピンクパールしか手に入れられないと悟ったときには、身長が伸び始めていた。

 十二歳で入った魔法学校で出会ったニーニャと同じくらいの背丈だったはずなのに、いつ頃からか、どんどんと彼女のつむじが見えてしまうくらい背は伸び続け、ニーニャの身体が女らしく成長する中、自分の身体は棒っきれのようなまま。 ヴェランデの太陽を吸収し続けた肌は、冬が巡ってきてもなめし革のように艶やかままで、せめてヴェランデ北方に生まれていれば、もっとガラス細工のような肌になれたのだろうかと思う。 女は声変わりはしない、なんて聞いていたのに、自分の声はどんどんと低く掠れて、まるで煙草(シガッロ)常習者のよう。 煙草なんて、吸えないのに。


 こんな風になりたかったわけじゃない。


 もっと幼かった頃に、なりたいと思い描いていた自分の姿とは到底異なる現実に、少々の不満は覚えど、悲嘆に暮れていたわけじゃない。


 あの日が来るまでは。


 「ユリア! ユリア! ユリア! ユリア~~~~~!!」


 ニーニャのよく通る声が、自分の名を呼び続けながら、徐々にこちらに近付いてくる。 その声量が増してくると同時に、周囲を歩く人間が、好奇の目でこちらを振り返ったり、はたまた、その音の大きさに顔を顰めたりするのには何の興味も引かれず、ニーニャは同じ単語を繰り返しながら一直線に走ってくる。


 「なんだ、ニーニャ。 あんまり大きな声を出すな。周りの人間の鼓膜のことも考えろ」


 苦言を呈しつつも微笑すれば、ニーニャはぷくりと頬をふくらますと、


 「大声出さいでかってぇの! 大ニュースなんだからっ!」

 「ほう? また、部屋に蜘蛛が出たとか、そういうことか? しかも、小指の爪サイズの。 だとしたら、それは大ニュースとは言わんということを、そろそろ学んだ方が良いぞ」

 「も~、ユリアはすぐそうやって、あたしのことをからかうんだから。 違うの、今日は本当に大ニュースなんだってば!」


 ここでニーニャは思わせぶりに目を軽く見開いて、ユリアの反応を試すようにみる。 しばしの間、大ニュースとやらに思いを馳せてみたものの、お喋り好きの幼なじみと違って、日頃からゴシップという名のニュースを取り入れる習慣のないユリアには、さっぱり見当がつかなかった。


 「なんだろうな」

 「聞きたい?」

 「言いたい、の間違いだろう?」

 「いやもちろんそうだけど、え、なになに、知りた~いって言われた方が、言う本人もテンション上がるってもんじゃない?」

 「ふふ、なるほど。 是非、聞かせてもらいたいな」

 「じゃあ、教えてあげるっ」


 満足そうに歯をみせるニーニャを、柔らかい目で見つめて、ユリアは次の言葉を待った。


 「転入生だって! 残念ながら、あたしたちの学年じゃなくって、一個上なんだけどね。 それがね、ただの転入生じゃないの。 すっごい才能あるこなんだって。 しかもね、しかもね、なんと、正真正銘のお姫様なんだって~~~~。 すごくな~い?」

 「お姫様?」

 「ロクサンヌ公国の公女様らしいよ」

 「すごいな、魔導士のサラブレットじゃないか」


 ロクサンヌ公国は、その所有する魔法騎士団の強さにおいて、世界随一だ。

 

 「でしょでしょ、すごいでしょ~。 しかもね、校長先生直々のお達しがあって、シーニャ先輩と相部屋なんだって! すっっっっっごくない??」

 

 シーニャ・エモリスは、ひとつ上の学年に在籍する、ニーニャの憧れの先輩だ。 通常、十二歳からしか入学を許可されていない、全寮制魔法学校に、十歳で入学。 そればかりか、齢十三歳にして、世界でも数名しか授与されないという『(サン)』の称号を与えられた、凄腕の賢者。 今現在、世界で唯一の『(サント・)なる白賢者(サッジョ・ビアンコ)』である彼女は、女子高であるこの学校において、王子様のような存在で、だからこそ、誰も彼女と相部屋になることは許されていない。


 「でもまた何故、転入生と?」


 そんなことをすれば、転入生が、全校生徒からの嫉妬の的になるのは、目に見えているというのに。


 「う~ん、なんかね、詳しいことは分からないんだけど、知り合いみたいだよ? ほら、シーニャ先輩って、お仕事とかで学校の外に出ることが多いじゃない? だからじゃないかなあ」

 「ああ、なるほどね……」


 ありえない話ではない。


 「ニーニャは、羨ましいとかはないのか?」

 「いやあ、そりゃあさ、シーニャ先輩と四六時中一緒にいられるなんて、超!羨ましいけど。 でもあたし、ユリアと相部屋の方が好きだから。 シーニャ先輩と一緒にいても、緊張しちゃって、何も喋れなくなっちゃうしね」


 そう言って、照れた笑いを浮かべるニーニャに、素直に感謝の言葉が告げられず、ついついユリアは話の矛先を自分から逸らした。


 「何言ってるんだ。ニーニャは、シーニャ先輩相手でも、よく喋るくせに。 っと、噂をすれば」


 目配せをした先には、シーニャ・エモリスの姿。 小柄ながらもグラマラスなその体型はと、艶やかな黒髪のおかっぱ頭は、どこにいても人の目を引く。 他人とつるむのを好まない彼女は、大抵、ひとりで颯爽と歩いているのだが、今日はそうではなかった。 隣に、彼女と良く似た背丈の少女の姿がある。


 「あ、シーニャ先輩だ。 あ、ねね、隣のこってもしかして、例の転入生? わお! あたしってばラッキー、もう遭遇出来ちゃった。 てっきり、午後の全校会合まで待たないといけないかと思ってたのに」


 独り言にしては大きな声で呟いてから、ニーニャが大きく手を頭上にかざして左右に振った。


 「シーニャせんぱーい。 シーニャせんぱーい!」


 聞こえないはずがないニーニャの大声に、シーニャ・エモリスは軽く視線をこちらに向けると、隣の少女に何事か囁いて、二人揃ってユリアたちの方へ歩き始める。


 「シーニャ先輩!」

 「なんやねんな、ニーニャ。 そない大声出さんかて、充分聞こえるっちゅうねん」


 神秘的な湖を彷彿とさせる翡翠色の猫目をいたずらっぽく輝かせて、強い北ヴェランデアクセントでそう言った。 少しつっけんどんな物言いも、彼女が言うと、不思議ときつく聞こえない。


 「転入生が入ってきたって聞いたんですけど」


 持ち前の好奇心を発揮させて、ニーニャが甘えた声でそう尋ねれば、シーニャ・エモリスはくすりと口唇を蠱惑的に歪める。


 「おお、おお。 情報の早いこと。 なんやニーニャ、壁に貼り付いてゴシップ収集してばっかりで、ちゃんと魔法の勉強してへんのんとちゃうんか」

 「あ、ひっどーい。 あたし、こうみえても、勉強はちゃんとしてるんですよっ」

 「こうみえても、ちゅうことは、不真面目にみえる自分をちゃんと認識しとる、ちゅうことやな。 結構、結構」

 「も~~~」


 なんだかんだと言って、シーニャ・エモリスに好かれているニーニャが、じゃれ合うような会話を続けている間、ユリアは傍らに立つ少女を観察していた。


 柔らかそうな栗色の髪は、赤いシルクのリボンでポニーテールに結わえられ、真新しい制服から伸びる手足は、東方の陶器を思わせる滑らかさ。 利発な色を見せているヘーゼルの瞳は、ニーニャたちの会話を注意深く見ていて、高貴な薔薇に良く似た口元は、うっすらと微笑の形をとっていた。


 そこまで不躾に見ていたつもりはなかったものの、その佇まいから溢れ出んばかりの気品ある雰囲気に圧倒されていたユリアは、当の本人がゆっくりとユリアに向き直ったことに気が付かなかった。


 「お、すまんすまん。 紹介すんのがまだやったな。 ニーニャ、ユリア。 これがその転入生や」

 「リオ・スシールです。 はじめまして」


 にっこりと微笑んで、こなれた仕草で上流階級の会釈をしてみせる。 鈴を転がすような声には、ロクサンヌのアクセントはひとつもない。


 「初めまして、あたし、ニーニャ・ガルダスです」


 言ったニーニャの肘につつかれて、ようやく、ユリアも我に返ったように口を開く。


 「初めまして。 ユリア・モースタンです」

 「どっちも、うちらのいっこ下の学年や。 ユリアは賢者、ニーニャは(フオーコ)の魔導士や」

 「あら。 じゃあ、まるであたしとシーニャみたいね」


 聡明な瞳を無邪気に丸くして、リオ・スシールが言う。


 「どういう意味ですか?」

 「シーニャは賢者でしょ? ユリアちゃんみたいに。 あたしも、(フオーコ)の魔導士なの」

 「えー、超偶然~」


 ともすれば馴れ馴れしく聞こえるニーニャの言葉に、公女である彼女は驕傲なところはまったく見せず、素直に頷いた。


 「ね。 素敵な偶然」

 「スシール先輩は」

 「リオ。 リオで良いわ」

 「ほんとですか?」

 「ええ。 だって、シーニャのことは名前で呼んでいるでしょ? だったら、あたしのことをわざわざ名字(アペジード)で呼ぶことはないわ」

 「えっと、じゃあ、リオ先輩」

 「なあに?」

 「リオ先輩、呪文詠唱のクラスってもう出ました?」

 「呪文詠唱って、なあに?」

 「え?」


 魔法には呪文がつきもので、呪文詠唱の善し悪しで魔法の精度が左右されるといっても過言ではない。 呪文詠唱のクラスは、実技と同じくらい重要視されているクラスで、ここで生徒たちは呪文詠唱のスピードの上昇、及び効率の上昇を学ぶ。 基本中の基本に首を傾げる少女に、ユリアとニーニャは思わず目を丸くした。 すると、呆れた顔でシーニャ・エモリスは、


 「ああ、こいつな、あかんねん。 変人やからな。 呪文詠唱、したことあらへんねん」

 「したことが、ない? ……というと?」

 「なんていうか、イメージ出来ちゃうの。 あ、こういうことなんだろうなって思ったら、その言葉が頭の中に浮かんで、それを言ったり思ったりするだけで、魔法が発生しちゃうのよね。 今日、教えてもらったの。 それって、変わってるんだってね」

 「な? 変人やろ?」


 もう、とふくれてみせる少女を見たとき、初めて思った。


 自分以外の人間になりたいと。


 愛くるしい容姿に、気品溢れる仕草。 あくまでも上品な立ち居振る舞いに、努力しても得られないほどの才能。

 それが目の前に現れてようやく、ユリアは、自分の「憧れ」を認識した。

 幸か不幸か。


リオとシーニャは、実は別の作品の登場人物でもあります。彼女たちには彼女たちのお話があるのですが、ニーニャとユリアの人生にも関わっているので、今回は、特別出演のような形で。

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