Scene 6 : 嘘のメリット、非常識の有効活用
ちょ、ちょっとは更新速度、ましになりましたかっ?(でもまだ遅い)
夏休みに入りましたので、頑張って更新していけたらと思っておりますっ!よろしくお願いしますです。
感想など頂けると、すごーく励みになります。
「あ」
ぽつりと、凡庸に呟かれた声に、ニーニャとユリアが、先を歩いていたグレンへと視線を向ける。
「え?」
同じように、呟くように聞き返したときだった。
雄叫びのようなものが鼓膜を震わせたかと思えば、しなるように鞘から抜かれたグレンの剣が、その頭部を容赦なくまっぷたつに切り裂く。 あっという間に、ふたりの少女の目の前には、どくどくと血を流し、身体を痙攣させて地にひれ伏すモンスターの姿が横たわった。
「すご」
思わず、素直に感嘆の言葉を口にして、ニーニャが慌てて、手で口を覆った。 グレンごときを褒めてたまるかとでも言いたそうにして。
「…………」
抜きっぱなしの刀身をそのままにして、グレンが佇む。 幅の広い肩幅は、頼りがいのある、と形容したくなるような背中につながる。 黄金の麦穂に良く似た髪は、時折吹いてくる風に、ひらりひらりと揺れて、少しだけ斜めに傾いた横顔は、まるでお伽噺の勇敢な騎士のように。
「…………」
モンスターの痙攣は、今や収まっており、無言のそれをじっと見つめるグレンは、ふと、切なそうにため息をついた。
「……グレン。 忘れてはいないとは思うが、それは食べられんぞ」
おそるおそる苦言を呈したユリアを振り返ると、グレンはもう一度、今度は盛大に息を吐く。
「分かってるよ。 もったいない。 本当に、食べられないのか?」
「当たり前だ」
「何で、そんなこと知ってるんだ? 食べたことあるのか?」
「あるわけないだろう」
言って、鼻でせせら笑うと、何故かグレンの顔が明るくなった。
「じゃあ、分かんないんじゃないか!」
「……は?」
片眉を上げて問い返せば、グレンは白い歯をきらりと輝かせて、ついでにヘーゼルの瞳もきらきらと輝かせて、にっこりと微笑む。
「だって、そうだろー? 食べたことないんじゃ、食べられるかどうか、分からないじゃないか」
「いや、ちょっと待て、グレン。 だからって、そのモンスターを今食べる気なのか?」
「いや、今食べなくてもさ。 取りあえず、解体だけしちゃって、必要な分だけ持ち歩いてさ」
「あたし、嫌だからねっ! そんな、モンスターの肉持ち歩くの、絶対嫌だからねっ!」
うっすらと青くなった顔で、ニーニャが抗議のの声を上げれば、
「わがままだなあ、ニーニャは」
と、窘められる。
「わがままとか、そういう問題じゃないでしょっ! ていうか、本気なの? グレン、やめなよ、やめとこうよ、そういうのはさあ。 田舎者で馬鹿でおつむぱっぱらぱーの勇者ってだけで、結構真剣に、あたし、恥ずかしい思いとかしてるんだからさあ。 その上、変態で重度のシスコンで、しかもモンスター食べるなんてことが世に知れ渡ったら、あたし、生きていけない!」
「なんで?」
「説明するのも、嫌!」
「じゃあ、分かんない」
「あ、何それ! 何で無視するの? 何で? 何で、ちゃんと説明してよとかって言わないの? グレンのくせに生意気っ!」
「本題に戻ろう」
真顔でグレンが言えば、ニーニャはあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。 飼い犬に手を噛まれる、とはこのことかっ!と、その見開いた両の瞳が叫んでいる。
「ニーニャもユリアも、こいつが食べられないと思ってるんだろ? でも、食べたことはない」
こくりと、疲れた顔で頷くユリアを認めて、グレンが満足そうに口元を緩めた。
「じゃあ、食べてみれば良いじゃないか」
「だから……。 何で、そういう結論に達するんだ、お前は」
「だってさあ。 食べたことないんじゃ、食べられない、とは決めつけられないだろう?」
「それが、有毒だってことは考えないのか」
「ああ、毒キノコみたいなもんだろ? 匂いを嗅げば、大体のことは分かるよ。 それに、ちゃんと火で炙って食べるから。 それなら、問題ない」
「道徳観というものはないのか」
「邪魔だからって殺した生き物を、野ざらしにする方が、よっぽど無責任だと思う」
「!」
今まで、馬鹿にし続けてきたグレンの、理に敵った反論に、ユリアは驚愕の表情を隠せないでいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、グレン。 な? ちょっと、ちょっとだけだから」
「ちょっとだけだぞー」
鷹揚に頷くグレンに、愛想笑いを見せてから、ユリアはニーニャの襟首をつかんでグレンから遠ざかる。ひそひそと顔を寄せ合うと、
「どうする、ニーニャ」
「やばいよ。 ちゃんと止めないと、あれは絶対、食べちゃうよ。 まずいよ〜」
「分かってる! だから、どうしたら良いのか、聞いているんだ」
「やっぱさ、あたしたちが食べてないのが、やばかったんじゃない?」
「まさか、あんな結論に発展するとは思っていないじゃないか」
「でもさ、あたしたちもそろそろ、常識の受け答えをするのに、気を付けた方が良いかもよ。 何てったって、グレン、明らかに非常識だから!」
「そ、それもそうだな。 そ、そうだ、私たちも食べてみようとしたことがあると言ったらどうだ? 食べてみようとしたが、食べられないということに気付いたと。 それなら、グレンも諦めてくれるだろう」
「諦めてはくれるかもしれないけど、そんなこと言ったら、今度どこかの街に行ったときに、あたしたちがモンスター食べようとしたって、大声でひとに言いふらすかもしれないじゃない? それって、またしてもまずくない?」
「そうだな。 グレンならやりかねん。 な、ならどうする?」
「えっとね……。 うん、あたしに考えがあるよ。 使い回した方法だけど、どうやら、これが一番、グレンには効くみたいだから」
「よし。 任せたぞ、ニーニャ」
思い詰めた顔でお互いをしばし見つめ合い、一度だけ頷き合うと、決意に満ちあふれた目をグレンに向けて立ち上がる。
グレン、と声をかけようとした。
じっとりとした目つきでしゃがみ込み、、横たわるモンスターを観察しているグレンの真横から、それの仲間と思われるモンスターが飛び出してくるのが見えた。 あれほどまでに優れた反射神経と運動神経を見せつけたグレンだったのに、目の前の肉候補で頭がいっぱいなのか、それとも脳みその許容量が異常に少ないのか、近付いてくるモンスターには一向に気付く気配がない。
このままいけば、グレンがやられる。 金づる! 名声! 将来!!
そう思ったのも束の間、ニーニャとユリアの体が自然に動いた。
手の平をグレンに向けて、ユリアが叫ぶ。
「防壁!」
半透明の魔力の球体が、グレンの頭上に現れたかと思えば、瞬時に卵の殻のように彼の全身を包み込んだ。
「風牙!」
両腕を交差させ、それから腕を真っ直ぐにモンスターに向ける。 ニーニャの爪先から生まれ出た風の刃はたちまち、グレンに距離を縮めていたモンスターの身体を切り刻み、遂には仰向けに倒れさせた。
「グレン、大丈夫か?」
駆け寄ったユリアに、グレンが顔を上げる。 ぴくりともしなくなったモンスターの巨体とユリアを交互に見てから、ふと首を傾げた。
「今さ、ユリアがおれを守ってくれた?」
「あ、ああ。 今のは私の魔法だ」
グレンに怪我のひとつのないことを認めて、ほっと息をつきながら答えれば、さらにグレンが首を傾げる。
「じゃあ、あいつを倒したのは?」
「それは、あたしだよ。 魔法でやっつけたの」
少し遅れて歩み寄ったニーニャが、はにかんだ微笑みを浮かべて言う。 眉根を所在なく寄せて、先程とは反対方向に首を傾げて、グレンは、
「魔導士が? 攻撃? 賢者が? 防御? あれ? ユリアが……? 魔導士? ニーニャが? 魔導士……?」
しまった。 両者の顔には、はっきりとそう書いてあったが、とりあえず、取り繕った笑顔を浮かべてみせる。
「あ、あのね。 グレン。これには深い訳があって……」
「そう。 そうなんだ、グレン。 ちゃんと聞いてくれ」
「嘘ついたのか? 二人とも」
「え? いや、何て言うか、だから、あの、ちょっと込み入った事情があってね」
恨めしそうに見上げるグレンの視線に、焦って上ずった声を返せば、
「じゃあ、あれだろー。 このモンスター食べられるっていうのも、どうせ嘘なんだろー。 ちぇー。 ふたりとも、すぐおれをからかうんだもんな」
「……え?」
あたふたとせわしなく両手を動かしていたニーニャが、ぴたりとその動きを止めた。 そろりとユリアを見れば、言いかけた言葉をごくりと飲み込む姿。
「……そ。 そうなんだよ! すまない、グレン。 ちょっとした、冗談のつもりだったんだ!」
「い、いやあ、まっさか、グレンが本気でモンスター食べてみたーい!なんて言うとは思わなくってさあ! あははー。 ごめんごめん」
「ったくー。 ふたりが、おれに食べて欲しそうにしてたから、なんか怪しいと思ったんだよなあ」
「し? してたっけ!? あ、し、してたかもね! あ、あはは!」
「そ、それはすまなかったなあ、グレン」
乾いた笑い声を上げながら、少女たちは、改めてグレンの思考回路の予測不可能さに下を巻いていた。 誰がモンスターの肉を勧めるか!という当然至極な突っ込みも出来ずに。
次はIntermezzoを挟んで、Act IIIでは、少し過去に戻ります。
ユリアが防御魔法に長けている訳、
ニーニャが攻撃魔法に長けている訳、
グレンが突っ込んでくれなかった部分を書きたいなと(苦笑)。