Scene 5: グレンくん開発部隊、目下特訓中
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あわわわ……。
お久しぶりです、とか言うのも憚れるような更新スピードで本当にごめんなさい。
もし万が一、これを楽しみにしてくださっていた希有な読者さまがおられましたら、ありがとうございますとごめんなさいを呪文のように唱えたいと思います!
さわさわと揺れる森の葉っぱも、遠くから聞こえてくる鳥のさえずりも、たしかにヒーリング効果を持っていそうなものなのに、ユリアの頭痛は治まるところを知らず、ニーニャのストレスレベルは本人の意思とは裏原に、どんどんと上昇していくようだった。
「もう一度。 もう一度、おさらいしようか……」
苦虫を、奥歯でごりごりすりつぶす勢いでユリアが口を開くと、
「なにを?」
と、神経を逆撫でするのにうってつけなグレンの返答。
「っ!」
だから! あんたが、さっきから聞いてきてることでしょう! 何で忘れるかな、それとも何、今までのそれは全部独り言なの? 体力ばっかりつけて、脳みその発育が遅れてる農民勇者さまは、結局、アメリアちゃんのことしか記憶出来ないような、おつむの痛い、役立たずなの?
数々の罵倒の言葉がニーニャの脳みそを駆け巡ったが、下唇をしっかりと噛むことで、何とか抑えた。 すーはーすーはーと何度か深呼吸を繰り返す。 彼女の胸を凝視することに集中しまくっていた親父が、いつぞや、彼女に教えてくれたリラックス方法だ。 効果があるのかは定かではないが、大抵の物事など、気の持ちようなのである。 親父は結局、はあはあと荒い息を上げながら、両手を気持ち悪く動かして近付いてきて、ニーニャの容赦ない蹴りが顔面に炸裂したので、呼吸法の奥義とやらは教えてもらえなかったことが少しだけ残念だったことを思い出した。
「グレン。 これはね、アメリアちゃんにも関連することなの」
「何! アメリアに!」
目を細めて、新たなアプローチを試みれば、完全なるニーニャの勝利であることが、グレンの上気した頬から伺いみられる。
ぃよしっ!
心中でガッツポーズを取り、尚かつ、交わした視線で勝利の愉悦を味わいながら、ニーニャとユリアはグレンに向かって精一杯の優しい微笑みを向けた。
「グレン、お前の職業はなんだ?」
「農民!」
「違うでしょっ!」
即答したグレンの後頭部に、ニーニャの突っ込みが舞う。
「え〜?」
「グレンの職業は、勇者! ゆ・う・しゃ! 分かるー?」
「グレンが勇者になることを望んでいるのは、どこの誰だ?」
「アメリア!」
「そうだ! そして、そのアメリアちゃんを世界で一番大事に思っているのは、どこの誰だ?」
「おれ!」
「そうそう、その調子! そいでもって、そのアメリアちゃんに褒められたいのは、どこのだあれ?」
「おれ!」
「いいぞ、グレン! では、アメリアちゃんに喜んでもらうことを、世界で一番喜ぶのは、どこの誰だ?」
「おれ!」
「そうだよね! じゃあ、グレンが勇者さまになって、アメリアちゃんが喜ぶんだったら、グレンは勇者さまになるよね?」
「うん!」
「では、グレン。 お前の職業は?」
「ゆ、えっと……」
「ゆ・う・しゃ」
小声のニーニャの顔をちらりと見てから、グレンは高々と宣言をする。
「勇者!」
「素晴らしい!」
「すごいわ、グレン!」
赤ん坊が初めて立ったときの母親の興奮そのままに、ニーニャとユリアは、両の手で拳をつくるグレンを、心なしか潤んだ瞳で見つめた。
「と、いうわけで、初めの質問に戻るんだけどね」
「ん?」
「あたしたちの、職業。 ちゃんと、説明してなかったでしょ?」
小首を傾げて尋ねるニーニャを、ユリアが援護射撃する。
「私たちの職業も、アメリアちゃんの勇者としては知っておきたいところだからな」
「おう!」
「しめしめ……」
「しめしめ?」
「あ、今のは独り言! 忘れて、忘れて!」
「おう!」
単細胞で良かった、と胸を撫で下ろしたニーニャが、一部のおじ様たちであれば、たちどころに財布の中身をばらまきたくなる笑顔を作ったが、グレンはへらりと笑い返すのみだ。
「じゃ、まずはあたしからね」
「うん」
「あたしの職業は、賢者。 回復魔法とか、防御魔法が得意なの」
「なんだ、それ?」
「うんとね、例えばね、怪我をしちゃったりするでしょ?」
「うん」
「そういうのを、瞬時に治せるんだよ」
「へえ、すごいなあ。 牛とかが唾液で傷を治すのと一緒だな」
「……、いちいち、動物と比較するの、やめてくれない?」
「なんで? 牛は、良いやつだぞ?」
「いや、良いやつかどうかは知らないから……」
眉を顰めるニーニャの肩を叩いて、ユリアが努めて明るい声を出す。
「どうだ、ニーニャ。 デモンストレーションしてみれば」
「あ、それ良いね!」
ちょっと失礼、と言いながら、ニーニャがグレンの腕を取り、袖をまくる。 あらわになった筋肉の美しい腕に、腰に差していた短剣をあてがえると、すっと薄く皮膚を切った。 いや、正確には、切ったと思った。 その頑丈な肌は、まるで鋭利な刃物など受け付けないといった風に、傷といったようなものは全く見受けられない。
「えっと……」
「くすぐったいよ、ニーニャ」
へへへ、と笑うグレンを、気持ち悪そうに見上げて、ニーニャが後ずさった。
「ユリア、あいつやっぱり変態だよ。 ぶっちゃけ、怖いよ。 単細胞の筋肉バカって、肉体的な傷すら付かないってことなの?」
「どうなんだろうな……」
こほん、と咳払いをしてから、ユリアがしゃなりとその美脚を惜しげなくさらしてから、一歩進み出る。
「私の職業は、魔導士だ。 ニーニャの賢者とは対をなす職業でな。 主に、攻撃魔法を得意とする」
「ふーん。 それって、役に立つのか?」
「っ! た、立つ! 失礼な」
「だって、魔法って、詠唱時間があるんだろ?」
「な。 何で、お前は魔法の詠唱時間のことを知ってるんだ」
「アメリアが言ってたから。 アメリアは、何だったっけか。 精霊使いになりたいって言ってたな」
「それは、魔導士や賢者のトップにたつ職業だな」
「アメリアにぴったりだな!」
「……そうだな」
「で、その精霊使いっていうのは、どうやったらなれるんだ?」
「グレンは、魔力検定はしていないと言っていたな」
「うん、してない」
ふ、とため息のような息を漏らしてから、ユリアが気怠そうに腰に手をやった。 そこいらの健常男子であれば、ひれ伏したくなるような姿ではあるが、またしても、グレンは目をぱちくりと瞬かせるのみだった。
「生まれてくる子供は、<透明な魔力>と呼ばれる無色透明な石を持たされるんだ。 それは、個人の魔力の質量によって、その色と性質を変化させる。 魔法には、様々な種類があり、それらは、光・闇・火・水・風・地の六種類に分けられるんだ。 例えば、火に特化した魔導士は、石がルビーになるし、地に特化したものは、ガーネットを持つ」
真剣に話を聞いているグレンに微笑むと、ユリアが傍らのニーニャを見やる。 すると、彼女は阿吽の呼吸で、
「それから、特殊枠で、魔法使いと精霊使いっていうのがいるのね。 大抵の魔導士は、ひとつの資質にだけ特化しているんだけど、希に、すべての資質を使いこなせる魔導士が存在するんだよ。 それが、魔法使い。 ただ、魔法使いは、全ての資質を使える代わりに、魔導士ほどの魔法威力がないことが多いんだけど、魔導士と同等の威力か、それ以上の威力を持ち合わせていて、尚かつ全ての資質に精通しているのが、精霊使い。 精霊使いはレア中のレアでね、百年に一人とか、二百年に一人しか生まれないって言うの」
と、流暢な説明をした。
「で、アメリアはどうやったら、その精霊使いになれるんだ?」
「まー、てっとり早いのは、<透明な魔力>を持たせてみることじゃないかなあ?」
「それは、どこで手に入るんだ?」
期待に充ち満ちた瞳を向けるグレンを、ユリアはしばし直視したあと、意味ありげに流し目で微笑むと、
「それは、もちろん、グレンが勇者だと名声を上げれば、すぐに手に入るだろうなあ」
とだけ言った。
「よし! 早速、行こう! なんとかって金づるを助けて、さくさくおれが勇者だと世界に知ってもらおう! それで、アメリアは精霊使いになって、おれはアメリアと一生幸せに暮らす!」
大股で、意気揚々と森の中を進んでいくグレンの背中を、してやったりの笑みで見つめたユリアが後を追う。 その笑みを目の当たりにしたニーニャは、ユリアの新たな一面を発見した気がしてならないのだった。