絶望への入口に足を踏み入れ
一瞬の静けさの中、それは赤い液体を撒き散らした。
ごろん、と何かが転がる音がする。そして、それがバタンと倒れこむ。
僕の身体には、まだ温かい赤い液体が飛び付き、鼻には、刺さるような鉄の香りと生臭さがまとわりついてくる。
そして、次の瞬間教室はけたたましい悲鳴で溢れかえった。
だが、その悲鳴は僕には出すことができなかった。きっと、あまりにもこの状況を受け入れることが難しかったからだろう。
立ち上がる者、教室の隅に逃げる者、腰を抜かした者、様々だったが、
僕は、動けなかった。椅子に座ったままその光景をじっと見つめることしか出来なかった。
数秒の出来事のはずが、永遠のように感じる。
それ、もとい僕らの担任であったものはもうただの肉塊と化していて、さっきまで生きていたとは思えないほど無機質だった。まるで元々命なんて宿っていなかったかのように。
僕は、肉塊から目を外し、それの元凶である緑色のモノを見つめた。モコモコしていて、うにょうにょと動いている。その状態で空中にふわふわと浮いており、深緑色に光る身体に所々赤みががっている。大きさは大体一メートルくらいだろうか。どこからどう見ても非常識の塊のような物体だ。
そう、それが原因であの人は死んだ。その『何か』が首元に這い寄ったかと思うと、ごき、ばき、という鈍い音をたて、首が転がり落ちて。そうして、無惨に、残酷に命を失った。
......どうやらその怪物は次の獲物を求めているらしい。ぐるんとこっちを向いたかと思うと、いや、目も首も無いのでこっちを向いたという表現はおかしいかもしれないが、僕には分かってしまった。
次の標的が僕だということを。
その怪物がじわじわと音もなく近づいてくる。頭が冷たくなるような感覚、くらくらと谷底へ落ちるような感覚。視界が歪み、僕の身体を絶望が駆け巡る。
世界がスローモーションになり、死を覚悟する............
後になって思う。僕はきっと幸運だったのだろうと。でなければあの瞬間、確かに僕は死んでいたのだ。
だが、この後に待ち受けることを考えるとここで死ぬのが一番楽だったのではないかと、そう思ってしまう。
もしあの時あの瞬間、怪物の下部辺りに付く白い紙を見つけていなければきっと僕はこれ以上苦しむことはなかったのだろう。
何故か僕は反射的に、いや、直感的にその紙を取ってしまったのだ。
きっと、その瞬間は生き延びようと必死だったのだろう。火事場の馬鹿力というべきか、僕は直感的に分かったらしい。その紙を取れば助かるということに。
それがこのあとに待ち受ける悲劇の序章に過ぎないのだということも知らずに。
その刹那、怪物は動きを止め空中で爆発四散して跡形もなく消えた。
僕の掌の中に小さな紙片を残して............