表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3

 ヴィオレッタ・トゥルスリーヤ。


 ヴィオラが転生したゲーム内での悪役令嬢ポジ。

 フェリクス王子のルートで現れる彼の婚約者だ。

 紫色の瞳に黒のロングストレート。スタイル抜群で能力も申し分なしの、いかにもなテンプレ的令嬢である。


 父親はラインベルト王国の大将軍。その影響力は計り知れない。

 王子との婚約も彼が望んだものだ。

 王子と彼女は幼い頃からの婚約者ではあるが、ある時を境に二人の仲は冷え切っていく。

 よくある悪役令嬢もののように、婚約者の事が好き、という設定はないのだ。

 お互い完全な政略結婚の相手としか見なしていない。そんな関係。

 ヒロインが王太子のルートを選ぶと、ヴィオラはありとあらゆる嫌がらせをヒロインにしてくるのだが、最後の断罪のシーンであっさりと罪を認め身を引いてしまう。そこで悪役令嬢としてのヴィオラは退場なのだが……なんとその後、エンディングで彼女は再登場を果たすことになる。

 とはいっても大したイベントがある訳ではない。単にヴィオラが戦争に行って戦死してしまったという事実がモノローグで流れるだけ。悲しすぎる。

 誤解がないよう言っておくと、罰で戦地に向かうというわけではない。

 ゲームの舞台となる学園は各国のエリート軍人たちが集まる場所で、悪役令嬢たるヴィオラもその一人だと言うだけの事。そう、全員が軍人。

 彼女は強大な攻撃魔法を使いこなす類を見ない魔道士だったりするのだ。


(嫌だな、死にたくない) 


 ゲームシーンを回想し、独りため息をついた。

 がっつりゲーム内容を覚えているというのも考え物だ。だってヴィオラは知っている。このヴィオラの結末が、どのルートでも変わらないという事を。

 そう、フェリクス以外のルートでも、何故かエンディングでヴィオラが戦死したという語りが入るのだ。……殆ど関係のないルートであったとしても。

 ああ、なんと言うことだ。

 ヴィオラはこっそり自らのこめかみを押さえた。

 せっかく自分の萌えを満たせそうな場所に来たと言うのに、死亡フラグとは。

 ゲームが始まれば、ヒロインにどのルートを選ばれても彼女は死んでしまうのだ。

 転生なんてものをしたのだ。是非ともこの世界を楽しみたいと思っているのに。

 何とか死を回避する方法はないだろうか。


「ヴィオラ?」

「ひゃいっ」


 何か良い案はないものかとヴィオラが思案していると、突然フェリクスから話しかけられた。慌てて返事をしたせいか、妙な声が出てしまう。


「ひゃいってお前、本当に今日はどうした。おかしいぞ」

「え? 嫌ですわ、殿下。私はいつもどおりで……ふわああっ」

「おいっ!?」


 近くで見た軍服のあまりの威力にぼんっと顔が真っ赤になったのがわかった。

 素晴らしい。格好良い。金髪碧眼と黒服の取り合わせは完璧だ。


「やば……鼻血吹きそう……」

「ヴィオラ?」


 怪訝そうな顔でこちらを見つめてくるフェリクスが素敵すぎてたまらない。

 心臓が激しく鼓動を打ちすぎて飛び出しそうだ。

 こんな美形が婚約者だなんてヴィオラってばなんて幸運な……と思いながらフェリクスをじっと見つめ返すと、彼は珍しいことに頬をほんのりと染めた。


「……そんなに見るな。俺の顔に何かついているのか」

「いいえ? ただフェリクス殿下があまりにも素敵だったので見惚れていただけです」

「何?」

「え? あ、いえ何でもありません」


 ぽろっと本音が漏れた。

 フェリクスが大きく目を見開く。

 明らかに驚いたという顔をしたフェリクスを見て、ヴィオラはようやく己のミスに気がついた。

 しまった。ヴィオラってフェリクスに対しては超絶ツンツンだったんだ。デレなんてどこにも無い。

 ついさっきまでの己の心情を思い出す。


 そうだ、ヴィオラはフェリクスが大嫌いだった。

 それは何故かというと、昔フェリクスが彼女に向かって将来は軍人になると宣言したから。

 ヴィオラの父親は彼女が幼少のみぎり、よく軍服を着たままで母親に暴力を振るっていた。

 その記憶が強烈に残り、彼女は軍人というものが大嫌いになっていたのだ。

 そんなトラウマものの軍人にフェリクスもなると言う。ヴィオラには信じられない発言だった。

 それからだ。彼女がフェリクスに対して冷たい態度を取るようになったのは。

 そしてそれに比例するように、フェリクスもまた、彼女に対して冷たくなっていった。

 現在の二人の関係、全てはそこから始まっていた。


(うわー。ヴィオラ、まさかの軍人嫌いかー)


 心底納得した。この辺りの事情はゲームでは描かれなかったので知らなかったが、彼女は学園にいるどんなキャラに対してもツンな態度を崩さなかったのだ。

 だが、軍人嫌いだと言うのなら肯ける。

 そして、どれだけ彼女がそんな軍人溢れる学園に行きたくなかったのかも。

 暴力を振るう父親に行けと命じられれば彼女に断る術はなかったのだろうが、酷い話だ。彼女はそのまま軍人となり、戦争に行って命を落とすのだから。

 嫌だな、とヴィオラは思う。

 彼女の中にも確かにある、父が母を虐待するシーン。酷いトラウマとなって残っていたはずの記憶は、幸運な事に前世の記憶を取り戻すと同時に払拭されたようだ。

 おそらく、前世で幸せだった頃の記憶を同時に取り戻したからだと思う。

 そして、二十年ほどの記憶を重ねたからというのもあるだろう。

 どちらかというと、昔の軍服萌えの自分の性質の方が強く出て、軍人嫌いの方は綺麗さっぱり消えてしまっていた。

でも、これはこれで良かったのかもしれない。

 学園に嫌な気分で通わなくてもすむし、軍人になったフェリクスに対する気持ちも改善した。これなら純粋に軍服を楽しめそうだ。

 そう思い、にやにやとしていると、じっとフェリクスがこちらを見つめていることに気がついた。


「殿下?」


 呼びかけつつ、やはりその姿に陶然と見惚れてしまう。

 鮮やかな金髪と青緑の瞳のコントラストが美しい。瞬きすら惜しいと思っているとフェリクスが小さく笑った。昔はよく見せてくれた、でも最近は全く見なくなった表情だ。


「ヴィオラ? 顔が真っ赤だ」

「へ? あの、申し訳ありません」


 指摘され、ぱっと両手で頬を押さえた。確かに酷く熱かった。

 恥ずかしくなって俯いていると、フェリクスが再度声をかけてきた。その声が妙に優しい響きを持っている。こんな彼は本当に久しぶりだった。


「……構わない。そんな反応をするお前は子供の頃以来だな。懐かしい……」

「え」


 喜びを滲ませる声の響きに驚き顔を上げると、すぐ近くにフェリクスの美しい顔があった。距離の近さに焦る。


「で……殿下?」

「ヴィオラ……ようやく、俺自身を見てくれる気になったのか?」


 うわぁぁ! カッコイイ!

 ヴィオラはもう気絶寸前だった。

 フェリクスが更に近づいてくる。テーブルの上に置いたヴィオラの手を、フェリクスは包み込むように握った。


「え」


 その瞬間、ヴィオラの全身に怖気のようなものが走った。咄嗟にフェリクスの手を払う。


「いやあああ! 離して!」


 椅子を蹴倒して立ち上がった。

 全身の毛という毛が逆立つほどに気持ち悪かった。

 ハアハアと荒い息のままヴィオラはフェリクスから距離を取った。


「ヴィオラ……?」

「いや、近づかないで」


 何が起こったのかわからないという顔をするフェリクスを見つめたまま、ヴィオラはいやいやと首を振った。自らの身体を両腕で抱きしめる。

 がたがたと身体が震えていた。冷たい汗が背中を伝っていく。

 ヴィオラにもわからない。一体自分に何が起こっているのか。

 愕然としながら、それでもただ身体を震わせていると、ふと、見慣れぬものが目に飛び込んできた。

 自分の白い二の腕に、赤い小さな発疹がいくつもできているのが見えたのだ。


(え?)


 最初は何か分からなかった。慌てて自分の身体を見つめる。肌が見える場所、至る所に赤い発疹が発生していた。……気づくと分かる。酷く、かゆい。


(嘘でしょ)


 その事実に気がつき、ヴィオラは前世の記憶を取り戻した時よりも大きなショックを受けた。 

 まさか、まさか、まさか。

 でもそうだとしか考えられない。この反応。

 多分アレルギー反応だ。

 フェリクスではない。その筈はない。だって今まで彼に触れられた事は何度もある。

 社交ダンスでパートナーを務めるのは、いくら不本意だろうと婚約者である彼なのだから。だけど、その時だってこんな反応は起こらなかった。

 それなら何故今こんな反応が起こったのか。

 思い当たるのは一つだけだ。

 今日初めて彼が私に見せたもの。記憶が戻ったきっかけともなった……。


 ----それは、軍服。

  

(嘘でしょう?)


 心底泣きたくなった。ああ、ああ、なんという事なのか。


(私、軍服萌えなのにまさかの軍服アレルギーなの!?)


 叫び出したい気持ちを堪え、天を仰いだ。

 前世の記憶を取り戻した初日に気づいたとんでもない事実。


 ……そう。軍服萌え気質のヴィオラは、まさかの軍服アレルギーもちなのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ