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(信じられない……。誰か、嘘だと言って)
せっかく立ち上がったというのに、ショックのあまりヴィオラは再び頽れそうになった。
。どうしよう、めまいがする。
「おい、ヴィオラ! どうした」
常にないヴィオラの様子に、あざける口調だったフェリクスが少し焦ったように声をかけてきた。それにはっと意識を戻す。
「え……いえ、何でもありませんわ」
あまりの衝撃に硬直していたが、フェリクスの呼びかけに慌てて自分を取り戻した。何事もなかったかのように穏やかに微笑んでみせる。
「申し訳ございませんでした、殿下。お忙しい中、私におつきあい下さりありがとうございます」
「……」
「殿下?」
フェリクスの様子がおかしい。ぼうっとしたようにこちらを凝視している。
何かあったかと眉を顰めつつ声をかけると、フェリクスは我に返ったかのように首を振った。
「……いや、何でもない。座れ。とりあえず予定通り茶にしよう」
「? はい」
フェリクスの提案に頷き、二人とも用意された席へと座る。すぐに女官たちが茶菓子と紅茶をワゴンに乗せて運んできた。
焼きたての菓子の良い匂いがする。よく膨らんだスコーンにクロテッドクリームやブルーベリーにイチゴのジャム。マフィンやフィナンシェも綺麗な焼き色がついていた。添えられたクッキーは前回ヴィオラが美味しいと褒めたものと同じマーブル模様のもの。
お茶の匂いをかげば、これまたヴィオラの好きなアールグレイだと言う事がわかる。
いつもどおりヴィオラの好きなものばかりが集められたお茶会。
誰がどういう意図で選んでいるのかは分からないが、嫌いなものを並べられるよりはよほど良いと彼女はそう思っていた。
「……」
女官たちがお茶の用意をしてくれている間に、ヴィオラは自らの置かれた状況を整理しようと考えた。
まったく、とんでもないことになった。まさか自分が乙女ゲームの世界に転生する事になろうとは。
それでも。思い出した瞬間には酷く焦ったが、少し落ち着いてみればこれはこれで楽しいかもしれないと思い始めた。
そっと王太子の様子をうかがうと、彼は木々の方に目を向けていてこちらを見てはいないようだ。
ほっとしながらも、ヴィオラはフェリクスの格好を熱心に見つめていた。
ああすごい。とても、とても格好良い。
先ほどからときめきが止まらない。
初めて見たフェリクスの黒の軍服から目を離せなかった。
何とはなしに思い出す。
そういえば、彼は昨日から正式に軍属になったのだった。
フェリクスが軍服を着ている理由に思い当たり、そっと自らの頬に片手を当てた。ああもう、顔が熱くて仕方ない。
きっと真っ赤になっている筈だ。こちらを見られていなくて助かったと本当に思う。
小さく深呼吸を繰り返す。
ヴィオラが一人でドキドキしているうちに女官たちは給仕を終え、静かに下がっていった。相変わらず、フェリクスはヴィオラの方を見向きもしない。
普段のヴィオラならそんな失礼な態度を取られれば烈火のごとく怒り狂うのだが、今日に関してだけはフェリクスを咎めるつもりにはなれなかった。
だって、心臓がばくばくして、それどころではないのだ。
(ああ、もう。フェリクス王子ってゲームでも格好良かったけど現実ではもっと格好良いなあ)
それが全てだった。
そう、今目の前にいるフェリクスは、ヴィオラが前世でプレイしていた乙女ゲーム『軍服パラダイス』の主要攻略キャラ、しかもその中でも一番大好きなキャラだったのだ。
彼女がときめかないはずがなかった。
――――軍服パラダイス。
それは軍服萌えの乙女を対象とした、恋愛アドベンチャーゲーム。
PC版が先行発売され、その一年後には家庭用ゲーム機でも発売された一世を風靡した大人気ゲームだ。
攻略キャラは五人。皆が皆種類の違う美形で、世界の人気軍服を纏っているのが特徴だった。
ヴィオラもこのゲームにがっつりハマったクチだったのだが、特に好きだったのが目の前にいる黒服担当のイケメン。このフェリクス王子であった。
外見が好みすぎて、彼のルートだけでも最低五回はプレイしたのを思い出す。
(うーん、素敵すぎる)
何度見ても見惚れてしまう。
とある国の親衛隊の制服がモチーフとなった軍服は、とにかく彼女の好みそのものだった。彼のスチルを全て回収するべく普段はプレイしないバッドエンドまで回収したのだから、その好きぶりがうかがい知れるというもの。
(すごい、これラッキーと言うべき? だって軍パラに転生できただなんて……幸せすぎる)
まだ物語は始まる前だ。まだ見ぬ軍服……ならぬ攻略キャラたちもやがては直接見ることができるかもしれない。そう思うとわくわくが止まらない。あの軍服も、あの軍服だって拝めるかもしれないのだ。
……と、そこで思考が止まった。とんでもない事をついでに思い出してしまったのだ。
(あ、これまずいかも)
顔が引きつったのがわかった。
己がいわゆるゲーム内での悪役令嬢ポジションで、尚且つ必ず死んでしまうどうしようもない役割を担っているという悪夢のような事実。
それをヴィオラは思い出してしまったのだった。




