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 (ふわああああ……! どうしよう、どうしよう)


 自分が置かれたとんでもない状況を理解し、ヴィオレッタ・トゥルスリーヤことヴィオラはとても泣きたい気持ちになった。


 ◇◆◇


 ほんの一時間ほど前の話だ。ヴィオラは予定通り、自分の婚約者を訪ねて王宮までやってきた。

 美術品が所狭しと並べられた回廊を抜け、王族専用の中庭へと通される。季節は春。さわやかな風と暖かな日差しが心地よい午後の時間。色とりどりの花が咲き乱れる中庭はため息が零れるほどに美しい。今日はこの場所で婚約者とお茶をするのがヴィオラに与えられた義務だった。

 案内してくれた女官が頭を下げる。


「まもなく王太子様がいらっしゃいます」


 その言葉に鷹揚に頷く。

 今日のヴィオラは、最近の流行を意識したガーゼを重ねたサテンのドレスを身に纏っていた。ガーゼには絹糸で小さな花の刺繍がいくつも施されている。彼女の豊かな胸を強調するかのようなハイウエスト。半袖のパフスリーブは凝ったデザインで、膨らみを押さえたスカートの裾にも細かい装飾が丁寧に施されていた。

 王太子と会うのだからと、父が服飾職人を呼び寄せて作らせた最先端のドレス。

 羨望のまなざしを向ける女官に向かって美しくほほえみかけた。


「わかったわ。もういいから、あなたは下がってちょうだい」

「はい。それでは失礼致します」


 女官を下がらせ、一人になる。この週に一回ほどの王太子とのお茶の時間がヴィオラには何よりも億劫だった。父の見栄の塊である美しいドレスにも、何の感慨も抱けない。


(はあ……あんな男と結婚なんてしたくない)


 彼女が言うあんな男とは、婚約者であるこの国、ラインベルト王国王太子のフェリクス・ラインベルトの事だ。

 彼はヴィオラと同じ十六歳。

 金髪碧眼の男らしい美貌を誇り、将来を期待される有能な王太子であるが、ヴィオラはとある理由から彼を好きになれなかった。

 国の大将軍でもある父の命令で仕方なく婚約をしたものの好意はなく、それは向こうも同じだった。いっそフェリクスの方から婚約破棄でも申し出てくれればといつも思うのだが、如何せんヴィオラの父は軍部のトップ。地盤固めに忙しい王太子にとってできれば敵に回したくない人物なのだろう。嫌がっているくせに決して婚約破棄をしようとは言ってこないのが現状だ。


「憂鬱だわ……」


 中庭に設置された白い円テーブルに片手をつきため息を一つ。椅子は二脚だけ。ヴィオラと王太子用のものだ。もうすぐ嫌な時間がやってくる。そう思うと、更に気が重くなった。小一時間ほどの我慢だとは思うのだが、それでも嫌なものは嫌だった。


「いっそ逃げてやろうかしら」


 不可能だという事は分かっていてもつい考えてしまう。

 はあと、もう一度ため息を吐き、仕方ないかと顔を上げたところで後頭部に痛みが走った。何かが落ちてきたようだ。


「痛いっ!」


 ごつん、という派手な音。頭を押さえ、ヴィオラは痛みのあまりその場にうずくまった。何が落ちてきたのか、確認する余裕もない。しばらくその体勢のまま痛みを堪えていると頭上から呆れたような声が響いた。


「俺の婚約者どのは一体そのようなところで何をしているのか」


 低くあざけるような響きにヴィオラは小さく顔を歪めた。

 しまった、最悪だ。

 よりによってこの男にみっともないところを見られるとは、本当にあり得ない。


「フェリクス殿下……」

 

 ため息を吐きながらもゆっくりと立ち上がる。

 いつもどおり何か文句の一つでも言ってやろう。そう思い口を開こうとした。

 だが----。

 目の前に立つ婚約者の格好を理解した途端、ヴィオラの全身に雷に打たれたかのような衝撃が走った。


「なっ……!」

「ん? どうした、ヴィオラ」

「い、いえ……」


 フェリクスが着ているのは、ラインハルト王国の軍服だった。

 いつも着ているアビや、クラヴァットという貴族然としたものではない。

 黒いネクタイをつけた白いシャツに黒のスーツという出で立ち。

 歴としたラインベルト王国の正式な軍服。彼の身分を示す徽章がいくつもつり下がっている。

 かっちりとした軍服は金髪碧眼のフェリクスにとてもよく似合っていたのだが……。


(うそ、嘘よ!)


 余りの事に卒倒しそうになった。

だってあり得ない。

 彼の軍服姿を見た瞬間、ヴィオラは思い出してしまったのだ。

 自分に前世の記憶があると言う事を。


 そして自分が今いるこの世界が、いわゆる乙女ゲーム『軍服パラダイス』の世界だと言うとんでもない事実に----。

 


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