転
「私の勝ちだ!その魂、貰い受ける」
高笑いを上げながら宣言した悪魔の体が、爆発の勢いで膨れあがる。
闇そのものと化して、あたり全てを飲み込んだ。
「ギャーーーーッ!」
襲い掛かる黒い濁流に、室内を幾重にも重なった恐怖の悲鳴が響き渡る。
いや、もうそこは、この世のどこでもない。
悪魔の口の中だ。
もう、祈りも願いも届かない。
もはや、血も肉も、骨も・・そして、魂さえも残らずに、咀嚼されるしかなかった・・・
その絶望を象徴するかのように、残されたダイヤが、砕け散り、霧となり、かき消えてしまったのだった・・
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「ちょっと、まったーーー!まだ、十分たってない!!!」
それは、天啓か!?
いや、聞きなれた、人間の声だった。
この窮地を打開してくれるのなら、なんなんだっていい!
意外も意外。
その声の主は、貴弘だった。
「なに!?本当か?」
手足を闇に食いつかれながら、一樹が首だけ、貴弘に向けた。
「うん。だって、さっきプレーヤーに触ったとき、『明日への咆哮』をリバースでかけ続けていたんだ。四問目と同時に始まって、四分四十五秒かかるのに、まだ三巡目にはいってない」
なんか、アニソンぽいが・・今は、そんなことは、どうでもいい。
触ったのは、一問目の後か・・・音量を下げていたため、貴弘以外の耳には、届いていなかったようだが。
なるほど、同じ曲をかけ続けるとは、時間を計るいい目安になる。
意図してやったとなると賞賛ものだが、たぶん偶然だろう。
それにしても、時間が、たっていないとは、どういうことなのか?
この砂時計は、最初からこの部屋にあった備品で、きちんと十分を刻む砂時計であったはずだ。
まさか!?この空間内では、事象すら操れるというのか!
「そうか!」
真行が、絡みついた闇を引き千切り、振り払い、歯を食いしばり、足を引きずりながら歩を進める。
倒れ込み、這いずりながら、手を伸ばして掴んだのは、その砂時計だ。
「そういうことか!!」
「どういうことだ?!」
「熱膨張だよ!砂時計をひっくり返す際に、ロウソクの手前に置いたんだ。ガラスである砂時計が、膨らむかたちで変形して、わずかでも穴が広がれば、結果、砂の尽きる時間は早くなる。本当はまだ十分たっていない!そうだろ!」
人間の意思の力でも、魔力に対抗することができるのだろうか?
火傷しながらも砂時計を握りしめ、言い放ち、にらみつけてやれば、闇は退き、手足が自由になっていく。
「みんな信じろ!自分達は勝ったのだと。そうでなければ、闇に食われるぞ!」
真行が、皆を奮い立たせる。
また、それは正しかった。
貴弘は半身が、真行は全身が、闇から抜け出せていたのだから。
意思と勇気を強く持てば、恐怖が消えていく。
「んが~~~~~~~~~~~!」
「んぎ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
一樹も、修司も、力を振り絞り手足を引き抜けば、離れた闇は、二度とまとわりつくことはなかった。
全員が抜け出したとき、悪魔は、先ほどの惨状を巻き戻すかのようにその姿を小さくして、とうとう最初の黒い塊にもどってしまった。
「うぬ~~~~~~っ」
悔しがっているのか、歯も無いのに、歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
「なあ・・覚えてるか・・・?全問正解したら、なにかくれるんだよな」
一樹が息も絶え絶えに、それでもからかう口調で、そう言った。
先ほどの泣き叫びぶりは、どこへやら。
「う~ん、聞いた聞いた。たしか王様の王様による王様のための王冠とかなんとか・・さぞ、豪勢な王冠なんだろうな~」
貴弘も、調子に乗って話を合わせる。
イジのわるいことに、こういうとき、二人は気の合う。
目尻の涙も乾かぬうちに・・・
恥も外聞も無く、都合の悪いことをポイッできるとき、人間は悪魔よりたちが悪いのではないか。
「うぬ~~~~~~~~~~~~~っ!」
その時、陣の役割を果たしていた蝋燭の一つが、天寿を全うされた。
一筋の白煙を上げた途端に、再び、空間の振動が起こる。
だが、今度は逆に、圧迫から解放される感覚があった。
瞬きほどの間に、違和感も、そして黒い光も消滅していた。
「戻って・・これたのかな・・・」
一番冷静に、真行が室内と、そして動き出した時計を確認する。
どうやら、助かったようである。
普通なら、ここで、安堵して、大きくため息でも吐くか、生還の感激で、抱き合って喜ぶところだが・・
四人の関心は、魔方陣の中心。
革表紙の本と引き替えに、残された者である。
・・・・・それこそが、かつての王の偉業を称えた、王のみがかぶることを許されたという・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ひょっとして、あれじゃないかな?大昔、金よりも、宝石よりも、何よりも重宝された金属があったって話」
「そんなことはわかっとる!!!」
修司の解釈も、一樹を激高させただけだった。
そう、そこにあったのは、薄汚れた『鉄の王冠』だったのだ。