第三問
「第三問」
四つの銀の杯が消えて、悪魔は、その両手にそれぞれ金の像を取り出すと、四人は、目を離せなくなる。
一つは、翼を広げた鳥を模した精霊の像。
一つは、人頭獣身の魔獣の蔵。
「ここに、金の像と、金メッキの像がある。どちらが金か見破ったとき、それはお前達のものだ。ただし、像には、一切、傷をつけてはならない。制限時間は十分」
砂時計がひっくり返されると、自信ありげな高笑いが響いた。
「はっ、はっ、はっ、これは簡単。金が重いってことぐらい、おれでも知ってるぞ。二つを秤にかけて、重い方が金だ」
貴弘だ。
いつもの楽観主義が、この空気ではありがたいのか、それとも、逆にイラつかせるだけなのか・・・
「・・これは、カンだけど、僕は、そんな単純じゃないような気がする」
「俺なんか、確信してるけどな」
「まあ、やるだけはやってみようか。やるだけは」
三者三様に消極的意見を述べながら、とりあえず、貴弘の意見を採用してみる。
像自体が結構な重さなので、大きめの天秤量りを用意して、それを調節して、両側に、それぞれの像をのせる。
するとどうだ、天秤はピッタリと、水平をたもってしまった。
「・・・まあ、こうゆうこともあるよね」
照れ笑いしてる貴弘を一樹が冷ややかな視線が指す。
この時点で、貴重な時間のおよそ三分の一を費やしている。
「ハナから当てにしてねぇけどよ・・なあ、修司。お前なら、わからないか。どちらが本物か?」
修司の、歴史の知識に期待してみたのだろうた。
「ある意味、両方とも本物だよ。金メッキの技術は、古代エジプトで、すでにあったって話だから」
今だ多くの謎は残るが、ピラミッドと同年代に、電気分解を利用した金メッキ方が実在したことは、ほぼ立証されている。
「どちらがどちらかと言われると、困るけど・・」
どうやら、二つの像は、修司の知識の外にあるらしい。
「そういうものだって、材質を調べることはあるだろう。その時は、どうするんだ?」
「表面をちょっぴり削り取っての、成分分析とか・・」
「今回、それはダメだな。他には?」
「X線使った、内部分析とか・・」
「そのための装置なんかは・・・」
真行に振り向くが、首を横に振っただけだった。
そんな専門の機械が、都合よくあるはずもないし、あれば、とっくに準備している。
「そんなに考え込むことないんじゃないんじゃないかな」
貴弘が、陽気な声を出す。
「なにか案でもあるのか!?」
一樹が、身を乗り出した。
「いざとなったら、二分の一で、こっちが金だっていえばいいんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どこぞの四択問題と勘違いしているのか?
相手は悪魔だ。
明確に、その目的は、こちらの命と魂を奪うことだと公言するような。
そもそも、カンで正解だと認めてくれるみたいな温情を期待していいのなら、とっくに、すみやかに、お帰りいただいている。
「・・・俺、ときどき、お前、スマキにして沈めたくなるんだよな・・」
一樹は、うなだれる。
・・・一瞬でも期待した、自分に腹を立ててるみたいだった。
「それだ!沈める!」
修司が、自らのメガネがずり落ちるぐらいの勢いで、立ち上がった。
「えっ!?いいのか、殺っても?」
どんな勘違いをしたのか、なんか変なセリフが飛んだが・・
「ちがうーっ!沈めるんだよ。二つの像を。知らないか?アルキメデス!」
うまく説明できずに、単語だけをつなげて、それでも、なんとか記憶をつつくことはできたみたいだ。
一瞬後、二人が同時に散った。
「器がいるな。像がすっぽり入るほど大きいやつと、その下に敷く、もっと大きいやつ」
「中が見えるように、透明なほういいだろ。同じものが二つずつ。大丈夫、ここにある」
「それに、水をいっぱいに溜めなきゃいけない。急ごう、時間がないから」
「なに?なに?どゆこと?どゆこと?」
一樹が容器を探して、真行がそれを見つけ、修司が水道の確認をした。
一人、わけがわからずと、貴弘がわたわたしてるが・・・
・・・・むかしむかしのはなしである。
ある国の王様が、お抱えの学者にたずねた。
『この金の王冠、じつは、金以外のものも混じっているのではないかと噂する者がいる。だが調べようにも、王冠自体は見事な金細工なので壊したくはない。なんとか王冠を壊さずに、それを調べる方法はないか?』と、
それから学者は悩みに悩み、ひらめいたのは入浴時であった。
自らの体を湯船に浸からせたとき、溢れるお湯からヒントを得た。
・・・・・ちなみに、この話は、その学者は感激のあまり、そのままの姿で・・裸のままで、城まで駆けだしたという笑談につながるのだが・・・
つまり、
「つまり、不定形なものの、体積を量る方法だよ。状況によって、正確にとはいかないまでも、比較するだけなら、これで十分」
修司が貴弘に説明している間に、準備はできたみたいだ。
まずは、一樹と真行が用意した、水で一杯にした容器が二つ。
その二つに、それぞれ幅が広くて、底の浅い容器を敷いた。
四つはすべて透明で、中の様子がわかるようになっている。
「じゃあ、やってみよう。一樹、真行、いっしょにお願い」
「うむ。てゆーか、時間がない。一気にいくぞ」
「なのに、タイミングを合わせたくなる気持ちは、なんだろうな」
どちらかともなく、像を容器に沈め、急いで指を抜く。
必然、容器一杯の水は溢れ、それを敷いてある下の容器が受け止める。
「ああっ!そうか!」
そう、学者はこの方法で、細工師の不正を暴いたのである。
王冠と同じ重さの金塊を沈めれば、材質が同じなら、質量も同じ、溢れる水に、差はないはずである。
さて、今回は・・・
あれた水面も穏やかになり、こぼれ落ちた水量が、一目瞭然で下の容器に現れた。
わずかに、水かさが上回ったのは魔獣の像・・・ということは、質量がより重いのは精霊の像。
「こちらが金だ!金より重いものに金メッキなんて、そんな無意味なもの、あるはずがない!」
・・・・・ちなみに、水に浮かべたものは、押し分けた分の水の重さと、同じ分の浮力を得ることをこの学者にちなんで、アルキメデスの原理と呼ばれている。
「第三問、正解。その像は、お前達のものだ。そして今、私はお前達の三人目の魂を繋いだ」
高々と精霊の像を掲げた修司に悪魔が告げると、残った魔獣の像が真っ二つに砕け、そして、消えてしまった。
わずかに覗かせた、その内側は、確かに金ではなかった。
「んぐぐ・・重い」
「やっっと、お宝らしくなったな」
「金って、たしか、今、かなり期待していい金属だったよね?!」
「この重さなら、四等分しても、ン百万は、当てにしていいんじゃないかな」
三問目ともなると、余裕も出てくるのか、あるいは、手にした価値の興奮からか、四人は事態を忘れて喜びあった。
「さて、次が最後の問題だ。これに正解すれば、生命の自由を得るばかりでなく、最後の賞品と、ならびにかつての偉大な王の所持した王冠をくれてやろう。もう時間が限られてるぞ。速やかに決めてもらおうか」
だが、あいかわらず、こちらを気づかう気は一切ないらしい。
現状、お宝を山分けできるのは、四人ではなく、三人だということを思い出さねばならなかった。
ただ、時間が限られているのは事実で、かなり大きめのローソクではあったが、当然、その時は無限ではなく、刻一刻と小さくなるこの姿は、もはや最後の問題の間、燃えててくれてるかどうかであった。
「とうとう、ここまで来たな。では、採決をとります。自分なら、ほかの三人のために死んでもいいってヤツ、手を上げて」
「誰が、上げるか!!!」
こんなときでも、二人は変わらない。
「せっかく、この辺でやめとくのが利口だって見解があんのに、一人、死ぬってことを再認識しちまったじゃねぇか!」
そのとおりではあるが、だからといって、一樹は一樹で、おもいっきり言い過ぎのような気がする・・
それとも、この状況で、疑心暗鬼にならないだけ、まだましだろうか?
「バカはほっといて、これから先はリスクの方が大きい。覚悟して、決めてくれ」
「そう言われてもねぇ・・」
「正直、最後の問題自体にも、興味があるんだけどな」
「・・・・・」
なぜか、修司も真行も、消極的だ。
言いたいことは、わからなくもないが・・・
「なんだろう・・ここまで来たなら、最後までやってみたいみたいな気持ち」
「そうだな、一時の保身のため、ここで引いても、のちのち後悔することはわかっているな」
こんな酔狂なサークル活動してるぐらいだ、この苦境を楽しんでるような部分も、心の隅のどこかであったりするんだろうか?
「毒を食らわば皿までっていうじゃないか!」
「状況に合いすぎて、ボケだか、どっちだか、わからんわっ!」
なんだかんだと、言い争いになりながらも、ここまで来てしまった。
残り一問。
これは、希望なのか、誘惑なのか・・
「バカヤローばっかりだな」
とうとう一樹も、ここでやめるべきだと、明確に主張できなかった。
「よかろう、挑戦と見なす。最後の問題だ。これを解いて、見事、自由をつかみ取ってみよ」
決まった。
まさに、勝てば天国、負ければ地獄。
前文はともかく、後文は、そのまんま。
知恵と勇気を振り絞って、悪魔に立ち向かうシーンなのに、あんまりかっこよくないのはなぜだろう。
そうか!確かに、人間の正義に破れて、退散した悪魔の話は数多くあるけど、もっとよくある、 欲に目がくらんで、すべてを失う人間の話の方が、しっくりするからだ。