第二問
「第二問」
悪魔が腕を振りかざすと、テーブルに返した銅貨が消えてしまい、代わりに、五つの杯が現れた。
「この、五つの銀の杯。中の物をそれぞれ飲み干してもらおうか。ただし、その内一つ、水には毒が入っている。全員が生きていた時点で正解にする。ルールは・・そうだな、一度手にした杯は、必ず飲み干してもらうとしておこうか」
テーブルが手狭なせいか、今度は床に、砂時計がひっくり返された。
「こんな問題、ありなのか?」
四人に、早くも、後悔という名のおもしがのしかかる。
「問題として出されたのだから、なにか、攻略法があると思うけど・・」
修司のそれは、推測というより、願望であった。
「四人で選んで、一つの杯を四人で飲み合うっていうのはどうだ?当たりを引いても、毒を四分の一だけ、がまんすればいい」
「じゃあ、お前が最初にやれ!」
完全に、毒見役である。
あいかわらずの貴弘と一樹の会話。
それを真に受けたのか、貴弘が、ためらわず銀杯に手を伸ばした。
「よしっ!じゃあ、とりあえず、おれはこれ」
「命かかってんだぞ!もっと考えろ!」
そういう一樹も、先に五分の一の確率を取られてしまったことに、腹を立ててるみたいだった。
二人は所詮、違うタイプの同レベル。
「あれ!?」
「どうした?」
右から二番目の杯を取った貴弘が、なんだか、怪訝な顔をする。
「この水、波紋が立たない」
「なに!?ど~れ」
一樹が、貴弘の持ってる杯を腕ごと引き寄せる。
軽く振ったり弾いたりして、貴弘の言葉を確かめるが、そのとおりで、杯の中の水面はゆらゆらと揺らめくだけで、水であればできるはずの波紋が立たない。
おそらく、ゲル状か、それに近い液体なのだろう。
「水じゃないのか?そうか!水じゃないんだ!」
一樹は、猛進の勢いで、テーブルに向き直る。
「問題は、こうだ!この中の一つ、水には毒が入ってると。なのにそれは、水じゃなかった!」
「水なのに、水じゃない・・・・・?」
わけがわからないといった貴弘は無視されて、代わりに修司が答えた。
「わかった!無色透明なだけで、僕たちが、勝手に水だと思い込んでいただけで」
「そう、この問題の本質は、手を触れずに、それを見破ること!」
言い切って、一樹は食い入るように残った杯を眺め、やがて、真ん中の杯を手にとった。
「そんなわけで、俺はこれを取る。これからは、香りがする。入っているのは水じゃない」
「じゃあ、僕はこれ。この杯からは、温度を感じる。入っているのは、水じゃない」
修司は、右端の杯を取った。
ちなみに、熱を感じたのは、手を近づけた時。
ほかの杯に触れていないので、セーフである。
残る杯は、二つ。
「ああっ!見ろ、こっちのカップ」
貴弘が、残った杯の右側を指差して、また驚いている。
この状況で異変に気づくのは、かなりの功績であるはずなのだが、貴弘は、なにかとあると、些細なことでも、真っ先に騒ぎ出すので、逆に、うんざりさせていた。
「ほら!内側に、ブツブツが出てきている」
「どれどれ」
一樹と修司ものぞき見るが、そのとおりで、右側の杯の内側にだけ、小さな気泡がプツプツと付着している。
だが、おかしい。
こんな確認できる異変であるならば、最初の時点で、誰もが気づいていたはずだ。
なのに、発見されたのが今しがた。
これは、後々おとずれた変化ということだろうか?
「そうか!水の中にある、毒の成分で、カップの内側が負けてしまって・・」
「いや、それはない!」
最初の一言から、沈黙を守っていた真行が、貴弘の意見を強く否定した。
「確かに、銀は意外と変化しやすく、食器として管理の難しい金属だが、逆にその性質を利用して、大昔はその変色から、中身の毒の有無を確認していたなんて話もあるぐらいだ。それがないってことは、その点を考慮した毒なのだろう」
今まで黙っていたのは、その変化を見極めるためだったのか?
こんな、知的な男が、なぜこんなサークルに加担しているのか、一つ疑問だったりする。
「貴弘。中に入っている毒の力で溶解して、ガスでも発生させてるとでも思ったのか?そうなると、逆に酸に強くてな、濃硫酸か王水ぐらいが必要になるぞ。もちろん、そんなものは毒として人に飲ませられるわけがない。口に含んだとたん、吐き出してしまう」
たんたんと語る真行。
感情を発言に変える貴弘より、はるかに説得力があった。
「説明は以上だ。こちらの杯を取らせてもらう。自分の直感を信じるということで」
本当にたんたんと、自らの命がかかっていることなのに、あっさりと残った杯の右側を手に取った。
そんなわけで、それぞれが思い思いの杯を手にすることができたわけだ。
「よし、覚悟はいいな!言うまでもなく、どんなにまずくても飲み干すんだぞ」
それは、余計な一言のような気もするが、飲む気はなくなろうと、気合は入ったようだ。
一樹があせっているのも、砂時計の砂の七割ほどが、すでに落ちる側から、受ける側になっているからだ。
「せーのでいこう。せーーーのっ!」
貴弘の掛け声で、いっせいに、皆、杯を口にする。
ただし、一気に飲み干したのは、貴弘だけだった。
「げぇ、これ、油だ」
「ちゃんと飲めよ。俺のは、酒だな。蒸留酒か?」
ハズレを引いた貴弘に、優越感を感じながら、意地悪く一樹がそう言う。
「僕のは、お湯だ。水じゃない」
修司も、平気そうだ。
問題の、真行だが・・
「ああ、なんともないよ。ただの炭酸水だ」
ピキッ
残った杯が、内側から割れる音だった。
中の水が、テーブルに滴り落ちる前に消滅してしまった。
「第二問、正解。四つの銀杯は、お前達のものだ。そして、お前達の魂の一つを繋いだ」
悪魔が宣言すれば、四人とも、手にした銀杯で乾杯したい気分であろう。
「銀の杯か・・ローマなんかで有名だね。物語なんかでも、いくつも登場してて。当時の上流階級のたしなみだったとか・・」
修司が、歴史専攻ゆえの知的欲求をおさえられず、なんだかはしゃいでいる。
「次は、三問目だ。挑戦か?拒否か?好きな方を選べ」
だが、そんな正解の余韻などお構いなしに、悪魔は冷酷に告げる。
そして、四人は、やっぱり悩む。
ある意味、答えの用意してある問題より、真剣に。
「銅、銀と来て、次はなんだろう?試してみたい気持ちはあるけど・・」
手にした賞品の興奮からか、修司が、そうつぶやいた。
本当につぶやいただけで、賛同など求めていなかったのだが、反対する者がなく、悪魔が挑戦と受け取った。
誰も積極的に、賛成も反対もできなかっただけなのだ。
四人はもう、進むことと止めることと、どちらが良い判断なのか、わからなくなってきていたのだから。
もっとも、この場を客観視できる者がいたら、こう言って片付けるだろう。
この状況以前に、最初から、ワケのわからんことをしている連中だ!と。