第一問
「第一問」
そう言う悪魔の姿が、先ほどまでの黒い塊から、フードをかぶった人型に変化した。
契約により、自らの存在を具現化できる、力なり、資格なりを得たのだろうか・・
その尖った爪の生えた手で、室内にあったフラスコを掴むと、そこにコインを放り込んだ。
「中の銅貨を取り出してもらおうか、ただし、これを割る、触れる、動かすという行為を禁ずる。制限時間は十分」
悪魔はフラスコをテーブルに置くと、この部屋のオブジェだった、砂時計をひっくり返した。
四人はフラスコを凝視する。
まずは、一樹が案を出す。
「・・磁石のようなもので、釣り上げるみたいな方法があるが」
次は、修司だ。
「銅は、磁石にくっつかないよ」
「だからようなものだって」
今度は真行。
「ならば、なにか粘着性のあるものを垂らして、釣り上げるというのはどうだ?」
ただし、やっかいなのは、銅貨がフラスコの中央ではなく、端で傾いてるということ。
問題の性質上、わずかな振動でも、命取りになる。
手に取り、ひっくり返せば、簡単に出てくる距離がもどかしい。
誰かが、夜店のヨーヨー釣りを思い出していた。
「おれ、これ、知ってるな」
「なにぃ!」
思いがけない人物からの、思いがけない一言。
とくに一樹が、貴弘につかみかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「そうか!で、答えはなんだ!」
「いや、その時は、入っているのがピンポン玉だったんだよ!だから、中を水でいっぱいにしてやれば、浮かんできたピンポン玉をつかみ取ることができるという・・げげげげげげ・・」
つかみ取られているのは、貴弘の首であった。
一樹はどうも、勢いで行動を選ぶタイプらしい。
「それだ!」
ひらめいたのは、横で聞いていた真行であった。
ポケットから、鍵束を取り出すと、ガラス戸の戸棚に駆け寄った。
「銅は、水に浮かないよ」
「銅より、重い液体があればどうだ」
修司の疑問に半端に答えて、真行は棚から、樽状のビンを取り出した。
たいした大きさでもないのに、両手で抱えるように持って。
「そうか!」
それだけで察したのは、修司だけのようだ。
「見てろよ」
ビンのフタを外すと、それを傾けて、中の液体をフラスコに注ぎ込む。
ビンのラベルを見て、一樹と貴弘も、やっとわかった。
Hg-----水銀である。
常温で液体になる金属、古来では不老不死の薬として重宝され、現在では猛毒として認知されているため、そこいらに置いとけない。
その比重は、銅の倍近くある。
「おお~~~~」
「実際見るのは、初めてだな」
たしかに、見なれないものには奇妙な光景だろう。
金属である銅が、木片のように、プカプカと水面に浮かんでいる。
あとは、フラスコの中を溢れるまで水銀で満たしてやれば、フラスコの口まで浮かんできだ銅貨をそっとつまみとった。
「第一問、正解。その銅貨は、お前達のものだ。そして、私はお前達の四つの魂のうち、一つを繋いだ」
全員、安堵のため息をつく。
砂時計の砂を半分以上残して、なんとかクリアである。
「問題は、思っていたよりまともと受け取っていいのかな・・答えもちゃんと用意されてるようだし」
「遊んでるんだろ、ゲームとして。金と命、賭けてるものが、この上なくタチ悪いが」
真行と一樹が、かたわらで、そんな会話をした。
実際、一問正解したぐらいでは、まったく余談を許さない状況である。
「あれ!時計が進んでない」
その後ろで、貴弘が頓狂な声を上げた。
そのとおりで、壁にかけられた針時計はおろか、四人の持ってる腕時計や、スマホのパネルまで、0時ジャストを示したまま、一秒たりとも、時を刻むことができていない。
「今ごろ、気づいたのか」
一樹は、小馬鹿にしたような口調だが、二人の会話は、いつもこんな感じだ。
意見が一致することなどほとんどなく、かと言って仲が悪いわけでもなく、むしろ二人が一緒にいることで、周りから好感のもたれる、変なバランスが存在していた。
その貴弘が、好奇心から、辺りのものをいじくりだした。
「う~~~ん。物理現象はあるけど、時間という概念から解き放たれた世界か・・なんか、感動だな」
「俺は、生きた心地がしないがね。本来いるべき世界から、隔離されてるんだから」
ともあれ、この空間では、砂時計ぐらいしか、時間を知る方法がないのかもしれない。
「では、二問目に移るが、挑戦か拒否か、どちらか選べ」
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
四人は悩む。
最初に比べれば、少しは好転したと思っていいのだろうか?
より深みにはまったような気もするが・・・
「考えるのはかまわんが、早く決めたほうがいいぞ。私がこちら側の世界に干渉できるのは、その蝋燭が燃え尽きる間までだからな」
そんな大事ことを今ごろに・・
ロウソクも、ちゃんと儀式に必要だからと灯しているもので、予想できたことをあらためて言われただけではあるが、このタイミングで告げられると、悪意を図らずにはいられない。
この、すでに半分ほど空気に溶けたロウソクが、そのまま四人の命の灯火というわけだ。
それでも、次の問題をやってみようという気になったのは、この時点でやめても、もらえるのが銅貨一枚というのは、わりが合わないといったところか。
いつのどこだかわからない十円玉に、骨董的価値を見出すより、次の問題を選んでしまった。