起
それは、真夜中。
草木も眠る、深夜。
闇を蠢く、影が四つ。
暗躍ともなれば、決まってよからぬ事だが、この場合、なまじ犯罪めいていた方が、まだ、ましかもしれない。
何故なら。
そこは、怪しげな実験室で、四つの人影が床を這い、一面に描き写しているものは、爆弾の設計図でも、忍び込む銀行の見取り図でもない。
意味不明な模様や図形を幾重にも重ねた、俗に魔法陣と呼ばれるものであったからだ。
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古来より、人が未知なる力に畏怖し、憧れ、それを手にしようと欲したことは、あまりにも多い。
善悪の区別なくである。
歴史に埋もれていった、偉業とは真逆の行為・・・それでも人は、それ掴もうとすることをやめられない。
誰にも宿る、狂気ゆえに。
四人の男達は只管に、石膏を削りつけ、巨大な蝋燭を幾本も並べ、魔法陣を完成させていくのだった。
「こんなものだな」
「うん、上出来」
「この本は、どうするの?」
「真ん中に置くんだ」
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でも四人は、やってることにそぐわず、なんだか陽気であった。
よく見ると、四人ともまだ若い。
二十前後か・・いや、もっと若いかもしれない。
「もうすぐ時間だな。貴弘、そっちはどうだ?」
茶髪の男が、太り気味の男に話しかける。
「オッケー、描き残しはないよ。修司、そこのドーナツとってくれ」
太り気味の男が、眼鏡の男に要求する。
チョコレートをくわえたままで。
「まだ食べるの?もう時間だっていうのに。真行、あの時計は、あってるよね」
眼鏡の男が、長身の男に、壁にかけられた時計を指さしながら、訪ねてみた。
「ああ、コンマ秒以下の単位で合わせてあるよ。一樹、スピーカーの音、そろそろ止めてくれ」
長身の男に言われて、茶髪の男がオーディオの音楽を止める。
すると、辺りは緊迫感のない静寂に包まれて、四人はうなずき合うのだった。
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なにがなんだかわからないだろうから、これまでの経緯を述べよう。
話は、数日前にさかのぼる。
四人の通う大学の近くの、裏路地に佇む一軒の古本屋、そこにたまたま立ち寄った貴弘が、一冊の本を手にしたことから始まる。
やたら分厚く古めかしい革表紙の本で、開いてみても、意味不明な文字と記号の数々。
そこで、さっそくその本を購入し、大学の同期で、それぞれ語学と考古学を専攻している一樹と修司のもとへと持ち込み、解読を依頼すると、どうやらその本は、中世で実際に使われていた魔道書と呼ばれるシロモノらしい。
魔力をともなう儀式や、触媒、魔法陣などが記載されている。
そこで、今いる化学室の提供者、化学専攻の真行を誘って、部分的に解読できた箇所だけでも実際にやってみようということになったのである。
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良識あるものなら、思いっきり他人のフリを決め込むだろうが、ようするに、そういうサークルの集まりである。
それがわかると、力作の魔法陣も、よくできたラクガキにしか見えないし、あたりに散乱した、マンガ本だの、スナックの空袋だのが、ことごとく緊張感を台なしにしていた。
それでも四人は、本人たちなりに真剣に、さだめられた時を待つのだった。
閉め切られた室内。
唯一の光源がローソク。
そんな不気味な状況で、逆に、ワクワクしながら、誰からともなく秒読みを始めた。
そして、訪れた。
時計の三本の針が、真上で重なる。
0時だ!
「うわぁ!」
急に襲われた不安を隠しきれずに、修司が声を上げる。
とたんに、室内の空気が重くなり、魔法陣から黒い靄が溢れてきたのだ。
「なんだ?!どうしたっ!」
「ギャーーー!ほんとになんか出たーーー!」
「落ち着け!慌てるな!うるさい!」
真行は、なんとか理性をたもって、事態を確認しようとするが、錯乱した貴弘の声に阻害され、一樹まで、つられて叫びだした。
全員の五感が歪む。
いや、歪んでいるのは、空間そのもの。
まったく未知の現象のため、認識する感覚が麻痺したのだ。
さらに異質に変化したとはいえ、自らが作った暗室でうろたえていると、靄が塊となり、浮かび上がり、四人を見下ろす位置に停止した。
「何様かな?人間共よ」
それは、顔となり語りかける。
誰もが、驚愕で声が出せない。
「尋ねるまでもないな、欲に駆られた人間共よ。手に入れたいものは何だ!富か?!栄光か?!その魂と引き換えに、三つの願いを叶えてやる!!」
それは、人語で語りながら、人間を客観した・・・嘲笑しながら。
そして、願いを叶える代わりに、魂をよこせという・・・
そんなものを要求する存在は、ただの一つしか心当たりがない。
「・・・・・悪魔なのか・・」
唯一、精神の均衡を保つことができた真行が、背中に冷たい汗を流しながら、そうつぶやいた。
神の敵対者、悪と罪の権化、人の祖を堕落へと導いた古の蛇。
・・・・・どうやら、期待を超える形で、とんでもないものを呼び出してしまったようだ。
「どうしよぅ・・・・・」
泣きそうな声は、貴弘である。
まんま、いたずらが過ぎた結果を生んだ子供だ。
共感できなくもないが、貴弘は、いつもこんな感じである。
「落ち着つこうよ。願いごとは三つあるんだからさ」
そう言う修司も、よく周りから指摘される、動揺している時に出す、メガネをいじる癖をこの時ばかりは隠そうとしなかった。
「魂を取られるんだよ!」
「もちろん、あげる気なんてないよ。願いごとは一つ、このままなにもせず魔界に帰り、今後、永久に我々とあらゆるかかわり合いを持たないこと・・だよ」
願い事に、自らの安全を組み込んでしまった。
おそらく、とっさの考えではない。
前々から、このような事態を想定して、打開策を思案していたのだろう。
・・たとえ、どんなにバカバカしくとも、頭の中で空想するだけなら、なんの弊害もないのだから。
「なるほどっ!」
調子よく、貴弘は一言で立ち直りはしたが、すぐさま突き落とされることになる。
「そうか・・ならば、お前達全員には、死んでもらうことになる」
四人の疑問など、判断する猶予も与えぬまま、冷酷につなげる。
「今の私は、この場に現れるために、存在の一部を留めているに過ぎない。そして、お前達は一時的に、体から意識体を切り離している」
おおまかに理解すると、なんのリスクもなく、次元の異なる者達が接触することはないらしい。
「私が何の処置もせず放置すれば、お前達の魂は、手を離れた風船だ。すくなくとも、肉体に戻ることはない」
「ならば、その処置とやらを行なった上で・・」
「だめだな。生命の保証、行動の制限、魔界への帰還、すでに三つの願いとみなす。その上で、魂を差し出す気がないと言うならば、契約違反だ」
口調はそれほど強いわけでもないのに、発する言の一つ一つが、深海にでも沈められてるかのごとく、重くのしかかってくるのだった。
そりゃ、勝手に呼び出されて、とっとと帰ってくださいと言われる方の言い分もあるだろうが、悠長なことを言ってられない。
ここは、口八丁だろうとなんだろうと、先方に、この場から穏便にお帰りいただかなくてはならないのだ。
「そもそも、何の犠牲もなく、悪魔たる私を召喚できると思っていたのか?」
しかし、残念ながら明確に、それを拒絶・・・どころか、殺害予告である。
あらためて、自分達が、生命の危機であり、どんな悪党でも、神の元に行ければ、償いを求めて、次の生が与えられるというのに、それさえも、手放そうとしていることを認識せざるを得なかった。
「お前が!こんなもの、持ってこなきゃなぁ!」
一樹が、貴弘につかみかかった。
「ぐげげげげ」
「よせよ!貴弘一人を責めるなんて、ただの八つ当たりだぞ」
真行が仲裁に入るが、勝手に生贄にされたと聞いて、怒りがおさまることはなかった。
「そう言うがな!悪魔に魂売った人間の末路が、どんなだか、知らんわけじゃあるまい。干物になるまでこき使われて、骨までしゃぶられるんだぞ!」
「そうそう、いっそ死んだほうがましだってぐらいに、永遠に消耗品のようなあつかいを受けるとか、面白そうだからって、ほかの生き物に、魂を注入されるとか・・」
「本人(?)を前に、そういうことは、あまり言わないほうが・・」
修司は、一樹に同意見のようだ。
貴弘の意見は、少々、的を外れてるようなきがするが・・・
そして当の悪魔はといえば、不気味に、薄笑いでも浮かべてるかのようだった。
こちら側の恐慌や暴動をまるで、喜劇でも楽しんでるみたいに。
「さて、話がまとまらないようなら、私に一つ提案があるが」
悪魔から持ち出された提案である。
形容ではなく、そのまんま。
耳を貸さないのが懸命なのだろうが、もう、判断力が欠如していたのであろう。
「聞くだけなら、聞いてやろうか」
「な~に、私と賭けをするのだ。私がこれから問題を出す。四つの命を対価に、四つの問題だ。四問正解した時点で、お前達の生命は保証してやる」
「それは、あんまりフェアではない。こちらは四問すべてに正解しなければらないが、そちらは、四問中、一問でも不正解ならいいんだろ?」
一番冷静な真行が、もっともな指摘をする。
「いいや、そこでお前達にも特典をつける。一問正解ごとに、私は、お前達の魂を一人ずつ肉体につなぎ、同時に賞品を与える。もちろん、そこでやめるも自由。ただし、次の問題に挑戦する場合は、すでに手にした宝と、四つの魂を賭けてもらう。もし、四問すべてに正解すれば、かつての王の偉業を称えた、王しかかぶることを許されなかった、伝説の王冠を進呈しよう」
「それを契約として行うわけか・・」
つまり、よくあるクイズ形式というわけだ。
一問正解ごとに賞金が与えられ、より高額を目指して、さらなる難問に挑戦してもよいが、不正解なら、すべてチャラになる。
最近は、残念賞ぐらいついてくるものだが、それは期待できなさそうだ・・・
「だそうだ・・・どうする?」
「やるしかねぇだろ!それとも、ほかに妙案あるか!」
「ちょっとまったーっ!オメー、今、自分で言っただろう。悪魔に魂売って、ロクなことがないって」
「僕も、同感。勝算もなしに、こんなリスクの高い賭けをやるなんて、バカだよ!」
今度は、貴弘に同意しながら、修司が割って入る。
「だとしても、もう少し死に場所は選びたいわい!なにが悲しゅうて、こんな薄気味悪い部屋に、野郎の死体四つもゴロつかせにゃならんのだ。発見時、どう思われるか、考えたくもない!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんだろう?
ろくでもない言い方なのに、妙な、説得力は・・・
その後、四人は、たいした時間もかからず、とりあえず、一問目をやってみようかという結論に至った。
ほかに、よい選択を思いつかなかったのも事実なのだが、じつはこの四人、そうは見えないだろうが、専攻する、それぞれの分野では、みな優秀な成績を修めている。
真行が物理、一樹が言語学、修司が歴史、考古学、貴弘が・・・雑学だ。
四人が力を合わせれば、実際のどこかのクイズのイベントにも、どれだけ好成績が残せるか、試してみたいものだ・・・
・・・・・・・・・生きていられたらの話だが。
そんな、緊迫した雰囲気をなごませるためか、あるいは天然か、貴弘が楽観的意見を述べたのだった。
「そんな、落ち込むことないんじゃないかな。悪魔が、人間の知恵と勇気に敗れて退散した、なんて話は、結構あるし」
「おとぎ話と、一緒にすな!」
一樹を激昂させただけであったが。