八話
季節は、夏になっていた。
夏休みという楽園のある季節。そんな季節にも変わらず、私とお兄ちゃんの関係は続いていた。毎日お兄ちゃんに血をあげて、学校に行く。たまにお兄ちゃんとそう言った事になったりもするけれど、特に変わったことはなく普通に過ごしている。みどねぇちゃんもたまに家に来るし、本当に変わらない生活。そんな変わらない生活が三ヶ月も続いたことがむしろ奇跡に近い。
楽園まで残り五日の日曜日。その日、楽園とは程遠い地の底まで、私は落とされることとなる。もちろん、そんなことを私が知っているはずがない。
その日、いつもどおりに私は朝起きて、お兄ちゃんの部屋に向かった。
「お兄ちゃん、おはよう、起きてっ!」
お兄ちゃんの布団をはぎ取り、目覚めさせる。
「はいはい、起きてる起きてる」
どうやら本を読んでいたらしいお兄ちゃんは、布団を被ってはいたものの寝ていたわけではないらしい。私が布団を剥ぎとってすぐに返事を返してくれた。
「じゃあ、ほら、いつもの」
私はパジャマのボタンを上から二つ外して右肩側をはだけさせた。血は服に着くと落ちないための配慮だ。最初は恥ずかしかった物だが、あんなことやこんなことをそれなりの数をこなした今は、下着を見られることくらい恥ずかしくない。全裸を見られるのだって、明るい所では流石に恥ずかしいが、暗がりでだったら大丈夫だし。服に血が付くのと比べたら、お兄ちゃんの前ではだけるくらい余裕だ。
「ん、分かった……」
お兄ちゃんが私の首元に顔を寄せ、牙を立てた。
「んっ……むぅ……」
身体に快感が走り抜け、熱く火照っていく。
「はぁ……はぁ……」
やっぱり、この感覚はいくら回数を重ねようと慣れない。慣れるどころか、だんだんと強くなっていく気もする。そのせいで、最近は、そう言った事をする回数も頻度も高くなっている。多い日は、その日の内に4,5回する時もある。少なくとも毎日1回はしているような気もする。なにせ血を吸われるたびにこんな感覚を覚えるのだ、それに、その感覚もだんだんと強さを増していく。最初のころですら、それなりにいたしていたと言うのに、今、それに耐えられるはずがない。そう、耐え難い感覚なのだ。
で、吸われた直後ですらそんな感覚があるのに、すわれ続ける限り、その感覚はどんどんと強まっていく。だから、自然と、流れで……って、そんなわけにはいかない。今日は意志を強く持たなければいけない。なんたって、今日はみどねぇが来る日。そんなことするわけにはいかない。いつも私とそういうことしているから、いつまで経ってもみどねぇとそういう関係にならないんだ。だから、今日、みどねぇを呼んだんだもん。そして、今日のためにここ一週間はこういうことを我慢……じゃなくて、その、この感覚に耐えて来たんだもん。
「……終わったぞ」
「……ん……ぁ……ぇ……うん」
私は、朦朧とした意識のまま自分の部屋に戻った。その後布団の中に潜り込み数分・……身体の火照りと頭の靄がある程度取れたあたりで、服を変えることにした。もちろん下着も。こんなに、グショグショじゃ外に出ることも出来ない。
そう、今日は外に出かける。みどねぇをお兄ちゃんと二人きりにしてあげないといけない。だけど、流石にさっきのような状態で出かける訳にはいかないので、色々と処理した後、出かけることにした。
服を脱ぎ、肌が空気に触れる。汗に濡れて、少しだけ涼しく感じる。もう寒いじゃなくて涼しいと感じる時期だ。そろそろパジャマを夏の物に変えてもいい季節だろう。ちょっと遅いくらいかもしれないけど……。でも、このふわもこピンクパジャマはお気に入りなんだよね。パーカー付きと付いていないやつをそれぞれ5着ずつ持っているくらいには好き。夏用は、なんというか、あまり気に入ったデザインのものも持っていないし、出来るだけこのままでいるつもりだったけど、そろそろ買えないと駄目かー。毎日汗まみれにしておくわけにもいかないだろうし。ちょうどいい、今日は夏用のパジャマなんて探しに行くなんてのもいいかもしれない。
着替えた後、諸々を持って洗濯機にぶちこんで、あえて選択のセットしないで放置。もしかしたらお兄ちゃんも使うかもしれないし。
さてと、そろそろ出かけよう。
私は菓子パンを二つ持って玄関に向かった。私が選ぶのは、ジャムパンとクリームパン。安いし美味しいよね。ただ、もうちょっと中身がまんべんなく入っていると嬉しいかな。
玄関の扉を開けると、そこには手を半伸ばしにしたみどねぇがいた。ちょうど同じタイミングで扉を開けるところだったらしい。まぁ、私の方が一歩手早かったようだけど。ふふん。
「やぁ、みどねぇ、いらっしゃい」
顔がにやけないように気を付けながら歓迎の言葉をかける。
「うん、おじゃまします……それにしても、何かいいことでもあった?」
どうやら駄目だったようだ。たぶんにやけちゃってる。自分でも顔の動きがなんとなく分かる。
「別に? 特にないよ、じゃあ、また、みどねぇ」
「え、あれ? すみれちゃんは今日どこかに行くの?」
「うんっ! もちろんっ!」
なんかもうこのにやけ顔をどうこうすることは出来ないみたいだし、こうなったらもうこのままこの路線で吹っ切る。満面の笑顔に元気な声。これなら問題なし。
「だから、私の事は気にしないでねっ、みどねぇ」
「え? あれ? 二人きり?」
「うん、そうだよ、じゃあね」
「いや、ちょっと、待っ……」
みどねぇが中に入って来たのを確認したら、言葉を最後まで聞かずに私は外に出て、玄関の扉を閉めた。うん、さっそく出かけよう。
今日は、あらかじめ待ち合わせをしていたのだ。
駅にはくれっちゃんがいた。早めに出て来たから遅れたということはないと思うんだけど。駅の時計を見るが遅れてはいない。ちゃんと10分前行動できてる。じゃあ、くれっちゃんはもっと早く?
「あれ? 待った?」
「ううん、今来たところ」
「そう?」
たぶん、くれっちゃんも10分前に来るようにしていたのだろう。
「じゃあ、行こっか」
そう言ってくれっちゃんの手を掴んで改札口に向かう。あらかじめ学校帰りに買っておいた切符を入れて改札を通る。手を離さないようにくれっちゃんも私の動きに会わせて切符を入れて改札を通った。
なんか、手を繋いだまま行動するって、4月にお兄ちゃんと出かけた時を思い出すな。まぁでも、くれっちゃんが相手なら恥ずかしくないかな。でも、くれっちゃんは顔真っ赤だ。……暑いのかな? なんか、冬の時と格好変わっていない気がするし。それも仕方ないか。
「もしかして、暑かった? ごめんね」
「……ぁ」
パッと手を離すと、くれっちゃんが何か呟いたようだが、なんて言ったのか分からなかった。
「えっと、大丈夫だから、手は繋ごう」
今度はくれっちゃんから手を取ってきた。あれ? 顔も赤くない。うん? じゃあ、大丈夫か。
私達は、手を繋いだままショッピングモールに向かった。
くれっちゃんとのお出かけ……その先には何があるのか。