六話
考えていることがすぐに霧散してしまうのは、それよりも、より自分にとっていいことを考えてしまうからだ。霧散してしまう考えと言うのは、どこかしらで、自分に嫌なことがあるからかもしれない。一見、それが、自分の欲しかったもののように見えても、それが、自分を何かで縛ってしまうように。
朝、目覚まし時計の音を聞き、目を覚ました。私は最近になって、具体的に言うと、お兄ちゃんが吸血鬼になった後から、目覚まし時計をセットするようになった。しかし、セットする時間は、本当に起きないといけないと言う、ギリギリのデッドラインにセットしてあるので、その目覚まし時計が鳴っているということは……ヤバい……。遅刻寸前、マジヤバし……。
ご飯を食べる時間もあるかどうか……、でも、お兄ちゃんの分くらいは用意しないと……いや、待て……。
首筋にそっと手を当てる……それなりの痛みと、わずかな凹凸を感じる……よし、じゃあ、着替えてさっさと学校に行くとしよう。
ダッシュして、学校に向かうとしよう。お兄ちゃんに血を吸われた直後は体力が無限のようにある気がする。だから、今なら、また、私は、走れるっ!
全力で走ったこともあり、無事遅刻せずに学校に到着。一日を平穏に過ごした。お昼休み、くれっちゃんに問い詰められたりもしたが、おおむねいつも通りだったともいえる。
そうして、皆のお楽しみ、部活動やっている生徒はどうか知らないけど、お楽しみ。下校の時間がやって来た。
くれっちゃんと少し会話してから、家に帰る途中……と、言っても玄関の前だけど、みどねぇと会った。セーラー服姿のみどねぇは、いつみても、とても可愛い。羨ましいくらいに。
「久しぶり……かな? あれ、いつ振りだっけ?」
ひどく久しぶりに感じられたけど、最後に会ったのはいつだろうか。
「あれ? すみれちゃんだ。久しぶり……ってほどでもないと思うけど……この家の距離なら、まぁ、久しぶりにも感じるね」
みどねぇとは、家が隣同士である。それなのに、何故だか、最近は会っていない気がした。
「えっと、確か、2週間ぶりくらいかな? だとしたら、それなりに久しぶりだね」
「うーん……そうだね、確かに、考えてみれば」
2週間ぶりか……最近色々ありすぎて、半年ぶりにも感じたくらいなんだけど、2週間ぶりか……だとしたら、それほどでもないかもしれない。
「あ、そうだ、せっかくだし……みどねぇ、うちに寄ってく?」
「うーん、そうだねー……確かに、すみれちゃんと会うのが2週間ぶりって事は、ききょう君とはもっと会っていないって事だし……」
「そうだね、お兄ちゃんにあって行けばいいよ、みどねぇ」
「分かった、じゃあ、お言葉に甘えさせていただくとするよ、すみれちゃん。じゃあ、私は一旦家に帰ってからそっち行くから、待ってて」
「うんっ! 分かった」
やった。久しぶりにみどねぇが家に来る。玄関を出た先で会うことは何回かあったけど、家に来るのは本当に久しぶりだ。最後来たのは、正月だった気がするし、4か月半くらい振りだ。
私たちは、お互いに、お互いの玄関のドアを開けて、家の中に入った。
そうして、自分の部屋に戻って、私服に着替えて、お兄ちゃんの部屋に向かった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!、お兄ちゃんっ!」
そうして、勢いよく、ドアを開け、お兄ちゃんに飛びつく。
「うわっ! 危ねっ!」
そうして回避された。その後、ベッドへぼーん……うう、いまだに若干血生臭い……。
お兄ちゃんの部屋は、基本的には、凄く頑張って掃除したので(お兄ちゃんがだけど……)綺麗にはなっているんだけど、ベッドとか、一部の家具は買い替えが出来るほど安い物じゃないので、よく嗅ぐと血生臭かったりする。
「それで、どうした、急にやってきて、何か用か? いや、お前の場合、用が無くとも急にやって来るが……」
と、不愛想にお兄ちゃん。もうっ……もっと、妹に優しくしてもいいのに。
「むー……」
こうなったら、拗ねてやる……徹底抗戦なう……。
「あー、悪かった、そうだな、お前にはお世話になっているよ。ありがとう」
「お、お兄ちゃん……」
こ、このツンデレさんめ。お兄ちゃんのツンデレさんめ~。ちょっと、ドキッとしたぞ~。と、まぁ、そこまではいかないけど、うむ、感謝はしているようだし、特別に許すとしよう。
「それで、すみれ」
「ん? なに?」
「俺に何か用があったんじゃないのか?」
「あ、ああ、そうだった、言い忘れてた」
完全に忘れていた。お兄ちゃんのせいだから、私悪くないけど。
「えっとね、今日ね、みどねぇに久しぶりに会ったんだけど」
「へぇ、緑にか……」
「うん、そうそう……それでね」
「ああ、なんだ?」
「今日、みどねぇうちに呼んだら、来るって言っていたよ。ほら、4か月半ぶりくらいじゃん」
「……」
……あれ? 反応が乏しい……。
お兄ちゃん、もっと喜ぶと思ったんだけど……。
「あのな……」
「うん、なに?」
「俺の体の事どう説明するんだよ」
「あっ……」
忘れてた……そう言えば……そんなことも……。
「い、今すぐにでも、みどねぇのおうちに行く方向性にへんこ……」
ピンポーン……
「すみれ」
「うん」
「時間切れだ……」
「うん……」
「ということで、出迎えてこい。緑には俺が適当に説明しておくから、余計な子と言うな」
「は、はい……」
私は、てこてこと歩いて、玄関まで向かう。途中転びそうになった、少し焦っているのだろう。落ち着くべし、私。
「い、いらっしゃい、みどねぇ」
「うん、おじゃまします。すみれちゃん」
そう言う、みどねぇも、私同様に私服着替えている。そして、その私服姿が、制服姿同様に、凄く可愛い。くそう、羨ましい。胸の大きさは、私の方が勝っているのに、身長のせいで、アンバランスに見えるんだよなぁ……私。みどねぇは、大きいけど、身長も高いし、もう、それは、それは、ボンッキュンッボンだよ、羨ましいよ。くそう。
「えっと、なに? すみれちゃん。そんなに私の胸を見て? なんかついてる?」
「あー、いや、羨ましいなーって思って」
「えー、胸だったら、すみれちゃんの方があるでしょ」
「まぁ、それは、そうだけど……私はバランスが悪いし」
「そんなことないよ、それはそれで、可愛いと思うんだけどなぁ、私は」
むー、そんなお兄ちゃんと同じような事言って……。絶対嘘だー、もう、絶対に大きくなってやる。そうしたら、私だって、ナイスボディなお姉さんのはず。
「とりあえず、中入って、みどねぇ」
いつまでも、玄関で立ち話をしているのもなんだし、リビングにみどねぇを招き入れる。
「特に変わっていないみたいだね、部屋の中も」
「まぁ、私とお兄ちゃんだけだしね、あんまり模様替えする意味もないし……って、もってなに?」
「いや、すみれちゃんも、あんまり変わっていないみたいだし、ちょっと安心しただけだから、気にしないで」
「そう。まぁ、みどねぇが安心したならそれでいいかな」
よく分からないけど。
「それで、えっと……」
「ああ、お兄ちゃんね……ちょっと待ってて、呼んでくるから」
「うん、よろしく」
そりゃそうか。みどねぇ、お兄ちゃんに会いに来たようなものだと思うし、お兄ちゃんを呼ばないとだよね。
お兄ちゃんの部屋のドアを開け、お兄ちゃんに声を掛ける。
「お兄ちゃん、みどねぇをリビングで待ってるから、早く来て」
「ああ、まぁ、それは分かっているんだが、どうしたものかと」
「あ、そうだ、また忘れていた」
お兄ちゃんをどうするか……これをどうせつめいしたらいいのか。
「まぁ、とりあえず、お前の友達の時と同じ説明でいいか」
「もしもの事があって、くれっちゃんとみどねぇが会って、話が合わなかったら困るしね」
「そうだな」
ということで、みどねぇには、くれっちゃんの時と同様に、リハビリを頑張ったら奇跡的に治ったという説明をした。
「へぇ、よかったね、治ったんだ……脚」
「まぁな……」
「じゃあ、また、なんかスポーツするの?」
「いや、それは、遠慮しておく。流石にそこまでは治っていないだろうし、一年体動かしていないから、大して動けないだろうしな」
「そっか……」
ちょっと、しんみりとした雰囲気になって来た。うーん、こういったのあんまり好きじゃないなー。私が盛り上げないと。
「えっと、みどねぇ、晩御飯食べて行く?」
「あー、どうしよう……確かに、今日はお母さんもお父さんも遅いけど……」
「じゃあ、食べて行きなよ、何か作るから」
「え、じゃあ、私も手伝うよ」
うん、やっぱり、みどねぇは押しに弱い。手伝ってくれるかどうかは置いておくとしても、食べることは決まったみたいだし。
「いいよ、大丈夫、私、こう見えても料理作り慣れているんだから」
「でも」
「いいの、いいの、みどねぇはお客様なんだから」
「う、うん」
みどねぇは、お兄ちゃんと話していればいいよ。もう、分かるんだから、みどねぇがお兄ちゃんの事好きなことくらい。
みどねぇとお兄ちゃんは幼馴染だ。もちろん、私とも。
でも、私が小学4年生になった時、お兄ちゃんが中学に入った時に転校していった。なにやら、中学からこっちに移って来たということらしい。
それで、3年間離れ離れになっていたんだけど、うちとみどねぇの家は、家族ぐるみの付き合いで、それで、こっちの中学がいいとかなんとか聞いたうちの両親が、私をそこに入れるために引っ越してきた。そしたら、隣の家がたまたまみどねぇの家だった。ちなみに、引っ越しする前も隣同士だったし、これは何かの運命としか思えないよね。
それにしても、お兄ちゃんが脚を壊してから、結構ぎすぎすしていたんだけど、これで、二人の関係もまた昔のように……って、それじゃだめか。もっと、進展しなきゃね。私のように……私のように? 私のようにっ! あ、あれ? 良く考えたら、私、みどねぇから、お兄ちゃん寝取ってない? え、あれ? き、気のせいだよね。あれは、不可抗力だよね。うん。
まぁ、考えないようにしよう。
今日の献立は、カレー。作るのは簡単だし、美味しいし、一回作れば、数食分くらい持つし、いいこと尽くしの料理だね。
春になって、少し日が長くなったけれど、それでも夜は来る。みどねぇと話をしたりカレーを食べたりしていたら、あっという間に暗くなった。
「えっと、じゃあ、またね、二人とも」
「うん、みどねぇ、いつでも遊びに来てね」
「そうする、また遊びに来るね」
みどねぇを玄関先で見送って、みどねぇが、自分の家に入ったのを確認してから、私も自分の家に入ると、その瞬間お兄ちゃんが目の間にいた。玄関の扉は締まり、お兄ちゃんの手によって、そのカギがかけられる。
「悪い、今日は、まだ、朝の一回だけだから、ちと足りないんだ」
私は、お兄ちゃん噛みつかれた。
そうして、流されるままに……。
み、みどねぇ、ご、ごめん。私、また……。
私は悪くないからね……。
気持ちも、身体も、何もかもが、簡単に変わっていく。すぐに、変わってしまう。だからこそ、変わらないものが何なのかさがすのかもしれないし、変わってしまうことに美しさを見つけるのかもしれない。
私は、一体どこを目指したかったのだろうか。それは、分からない。ただ、ずっと、楽しい日々を過ごしたかっただけかもしれない。