プロローグ
その日、木漏れ日は暖かくない。比較的寒い入学式の日、新入生を見届けてから、私は家に帰った。
これから話すのは、一度きり。たった一度きりであろう不思議な体験談。
事実は小説より奇なりって、誰が言ったのか知らないけど、良くできた言葉だよね。
ある日、突然の事だ。
あらゆることは、大体、突然唐突にやってくる。
予測の余地もない。
だから、私も、こんなことを予測することは出来なかった。
その日、私は、いつも通り家に帰った。
築二年の新しい家に帰った。
私は、中学に上がる際、お引越しをした。それも去年の話で、もうこっちにもだいぶ慣れた。
時が経つのは早くて、もう二年生である。
新入生を迎える入学式を終え、私は帰宅した。
ああ、今日が早帰りの日じゃなければ、なんて、どうかな。変わらなかったかな。
後悔はしていない。この日、早く帰ったことを。
この後、私は美少女らしからぬ行動をしてしまう。
いや~、その際は、大変だった。もし、私が美少女じゃなかったら許されていなかっただろう。うん。誰に見られたわけじゃないけど、許されはしなかったよ。多分。
まぁ、それは後に分かることだし、続きを話すとして。
私は、その日もいつも通り帰った。
いつも通りじゃない事と言えば、時間がまだお昼であることと、お兄ちゃんが家にいるということかな。
まだお昼なのは、今日が入学式だったからで、お兄ちゃんが家にいるのは、通っている高校がまだ休みだったからだ。
「ただいま」
玄関の扉を開け、出来るだけ元気な声でそう言う。
だが、返事は返ってこなかった。
寝ているのかな? それとも嫌がらせ? つれないなー、こんなに可愛い妹が帰って来たというのに。
おかえりの一言くらいくれてもいいのに。
まぁ、実際は寝ているんだろう。お兄ちゃんは、結構昼夜逆転しがちだからなー。
よしっ、起こしてあげよう。もうすぐ学校も始まるしね。
私は、制服を着たまま、カバンを一階に放り、二階に上がる。そして、お兄ちゃんの部屋のドアに耳をくっつける。
………
よし、何も聞こえない。きっと寝ている。
たまにパソコンをしているだけだったりするから、ちゃんと寝ているかチェックしないとね。酷い目に合うかもしれない。酷い目に合うかもしれない。
かもしれない。
実例なんてない。うん、ない。なかった。なかったんだ……。
でも、まぁ、今回は大丈夫なはず、何も音は聞こえない、びっくりするほど静かだ。
私は、そっと、音をたてないようにドアを開けて……吐いた。
吐いた。
ゲロゲロってね。
まぁ、吐くよね。
この部屋の匂いと、光景は……ちょっと無理かな。
そりゃ、静かなわけだよ。
だって、お兄ちゃん……死んでるんだもん。
首を吊っている、ああ、これが首つり自殺ってやつかな?
でも、自殺じゃないような気もするんだよ。自殺にしては、ちょっと、首つりはおかしいから。お兄ちゃん、昔、事故にあったから。
それ以来、お兄ちゃんは足をうまく動かせないみたいだし、自殺法に首つりを選ぶのはおかしい。それに、お兄ちゃんに限って自殺は無いと思う。お兄ちゃんは私を置いて一人死んだりしない。そんなのありえない。
だから、これは、自殺に見せかけた他殺に違いない。
お兄ちゃんは、事故以来スポーツとかも全部やめちゃったし、抵抗する力もなかったはずだ。きっと、犯人に簡単に殺されてしまったのだろう。争った形跡もほとんどないし。
許さない。
私は、お兄ちゃんを殺した犯人を許さない。
私は、お兄ちゃんを上から下ろした。
まずは、脈を確かめるけど……ない。やっぱり、死んでいる。
手遅れだった。
制服にアンモニア臭が付くことすら気にせずに、お兄ちゃんを抱きかかえる。
そして、キスをした。
けれど、お兄ちゃんは、目を覚まさない。
そりゃ信じちゃいないけど、ファーストキッスを使ったんだから、生き返るくらいはしてくれてもいいと思うんけど。やっぱり、駄目か。
死人へのキスなんて、キスに含まれないだろうから、ファーストキスにはならないのかもしれないけど。
どうしたら、お兄ちゃんは、目を覚ましてくれるのだろう。
ゆすっても、ビンタしても、起きない。
やっぱり死んじゃうと目を覚ましてはくれないのかな。
体中の穴という穴から体液を噴出していたお兄ちゃんの死体に膝枕しながら、ある記憶を思い出そうとした。
私が、思い出そうとしているのは……死人を生き返らせる方法。
そして、思い出した。
あれなら、きっと生き返らせることが、出来る。
だから、待ってて、お兄ちゃん。
私が、絶対に復活させてあげる。
生き返らせる。
そうすれば……
きっと、全部上手くいく。そのためだったら、きっと何でもする。
だって、一人は嫌だから。