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悪女・リーゼロッテの生涯  作者: マリネ
9/10

 

 一曲踊っただけで早々に切り上げた国王夫妻とは違い、二曲目が流れてもやめようとしなかった第一王子に付き合って休みなくクルクルと でたらめに振り回されることになったリーゼロッテは、三曲目に入ってようやく迎えに来た王太子の許へ王子と共に戻ると、それからは、彼らへの挨拶にやって来る数多の招待客たちからの様々な意味合いの込められた言葉にそつなく対応しながら、各国要人へは自国や特産品のそれとない売り込みをも抜かりなくこなしながら、平素と余り変わりのない夜会を流れるままに過ごしていた。


 事前に様々なプレゼントを贈っていた紳士たちは王太子たちへの挨拶の方が ついで(・・・)とばかりにリーゼロッテへと話しかけてはパートナーの女性たちのほとんどから不興を買い、遂には王太子のそれとない会話誘導によって話が打ち切られると、彼らは皆示し合わせたかのように一様にパートナーの機嫌を直すのに苦心することとなる。

 そのような状況が他の客たちからも容易に見て取れていただろうにそんな紳士たちの姿は減ることなく増え続け、筆頭側仕えに何事かを密やかに告げられた王太子が王子とリーゼロッテを伴って一時的に退室するまで、彼女へと声をかけてくる男性が途切れることは ひと時たりとも無かったのだった。



「…!ははうえ…っ」


 舞踏会場にほど近い王族専用の控室の扉をリーゼロッテと共に くぐったユキアス王子は、部屋のほぼ中央部に位置する落ち着いた色合いの二人掛けのソファーに座す鮮やかな青いドレスを身に纏う、ミルクティー色の長い髪をハーフアップに纏めた女性を認めると、王族の控室に入るのは恐れ多いと恐縮し入室するのを辞退していたリーゼロッテの手を強引に引っ張ってきていたのが嘘であったかのようにパッと、一欠けらの躊躇なく離すと同時に一目散に駆け寄って行く。

入室の知らせを受けていたその女性…ユキアスとメアリスの生母であり、このエルドパンクレイズ国の王太子妃は、理知的な琥珀色の瞳を柔らかく細めて席を立つと駆け寄ってくる幼い息子の半ばタックルのような体当たりを、細かな刺繍の施されている毛足の長い絨毯の上に膝をついてしっかりと受け止めた。


「…すまなかったね、ユキアス。今日は母をエスコートしてくれると言っていたのに、大切なあなたとの約束を破ってしまった」


「いいのっ!あのね?ぼくね、ちゃんとリーゼ、“えすこーと”、したんだよっ!」


「それは すごい。さすがは愛しい我が息子。あなたは、わたしの自慢だよ」


 抱き付いていた身体を少しだけ離したユキアスは、母親の顔をしっかりと見つめて一生懸命に話す。

そんなユキアスに王太子妃はさらに笑みを深くし、自身の幼い時と同様にクルクルと巻く息子の綺麗な金髪を慈しみを込めてゆっくりと撫でた。

 少し前に父から言われた言葉と同じ言葉に、意味は今一つ分からずともどうやらとても褒められたのだと思ったユキアス。彼はどちらかと言うと母親似のその顔に誇らし気な笑みを満面に広げると、再び嬉しそうにギュッ…!と、母の胸にしがみつくようにして抱き付いたのだった。


 王太子妃は再び抱き付いてきた息子を抱きしめ返し、彼の後頭部を撫でながら、ローテーブルを挟んで母子のやり取りを愛おしそうに見守っていた夫へと顔を上げる。

王子をあやす手を止めないままに、王太子妃は真摯に告げた。


「…あなたも、すまなかったねマックス…。迷惑をかけた」


「私の事は気にしなくていい。メアリスは、もういいの?」


「ああ、やっと眠ってくれたよ。老師殿の見立てでは、一晩眠れば熱も下がるだろうとの事だ。今は、フィスナが付いていてくれている」


 王太子妃は穏やかな笑みで、侍医の見立てとメアリス付きであり子守役である腹心の侍女の名を夫に伝える。

妻の返答に、王太子は「そうか…」と静かに零した吐息混じりの言葉とともに、安堵に肩の力を抜いた。


王太子妃は、次いで彼の後方…ほとんど出入り口である扉の辺りで優しく親子を見守っていた令嬢へと視線を移す。

そのまま、夫や息子に掛けていたそれと同じ柔らかな声音で言葉を発した。


「リーゼロッテ殿にも、大変な苦労をお掛けしたね…。けれど貴女がいなければ、今宵の夜会は予定通りに始める事は出来なかった。有り難う、感謝するよ」


「とんでもないことでございますわ、妃殿下。 わたくしは、ユキアス殿下ととても楽しいひと時を過ごさせていただいただけですもの。礼を頂かねばならないことなど、何一つございません」


 リーゼロッテは王太子妃の言葉にゆっくりと腰を落とし、瞑目してそれに応える。


王太子妃はリーゼロッテのその返答にクツクツと小さな笑みをこぼし、急に笑い出した母親を不思議そうに見上げるユキアスの柔らかな頭をたおやかに撫でながら、楽しげに、そっと言葉を落とした。


「、ふふっ。…このような時は厚かましく恩を売り、莫大な礼をせびるのが通例だろうに…。貴女は本当に、望みを言わないから困ってしまうね」


「確かにな…。これでは、礼の品を贈ろうにも迷ってしまう」


 王太子妃の言葉に、王太子はおどけたような表情の中に真剣味を滲ませるという器用さを見せながら同意を示す。


礼の品など思ってもみなかったリーゼロッテは王太子夫妻の言葉に慌てて口を開いたのだが、


「殿下、わたくしは…っ」


「…殿下方。御歓談中大変恐縮ですが、そろそろ…」


 一行をこの控室へと案内して以降壁際に控えていた王太子の筆頭側仕えが恭しく頭を下げながら、遠慮がちでありながらも しっかりと舞踏会場への移動を促したために口を閉ざさざるを得なくなる。


 王太子は片腕である彼の催促に、妃の時とはまた違った意味で静かに息をついた。


「もう少しゆっくりさせてくれてもいいだろうに…。…済まないが、リーゼロッテ嬢。続きはまた後日、改めて場を設けさせていただくよ」


「っ…、………かしこまりましたわ…。…けれど、わたくしはユキアス殿下の最初のエスコートを受けたという大変な栄誉を頂いております。出過ぎた事と承知の上で申し上げますが、…どうか、これを加味した上で御検討くださいますようお願い致します…」


 様々な言葉を飲み込んで了承と懇願を口にしたリーゼロッテに、王太子は困り笑顔で一つ、頷いてそれを受け取った。

 そして、筆頭側仕えの名を呼ぶ。

王太子と同年代頃であろう青年は心得たように短い返答とともに礼をした後、洗練された動きでリーゼロッテへと恭しく右手を差し出し会場への伴を申し出た。

しかし、リーゼロッテはそれを静かに首を振ることで断り、王太子へと向き直ると淑女の礼で以て辞退する非礼を詫びた。


「御高配、誠に痛み入ります。 けれど、…身勝手なこととは存じますが、わたくしはもう少し、ユキアス殿下とのワルツの余韻に浸りとうございます。王太子殿下には、どうぞお気遣いなく…」


「…そうか。 リーゼロッテ嬢にそこまで言ってもらえるとは、ユキアスも隅に置けないね」


 王太子は目線で青年を下がらせると面白そうに笑みながら、母親に満足そうにくっついている幼い王子へと視線を移す。

リーゼロッテも同じように王子を見ると、視線を感じたのかユキアスが不思議そうに首をめぐらせた。


王太子妃から離れないまま きょとんと見つめてくる王子へと、リーゼロッテは柔らかく笑みを浮かべて言葉をかける。


「ユキアス殿下。今宵は、とても楽しい夜をありがとうございました。殿下とのワルツは、夢のように素敵な時間でしたわ。 …また、わたくしと踊っていただけますか?」


「ぼく、ははうえと踊るの。リーゼさっき踊ったでしょ?」


「あら、まぁ…」


 当たり前と言うようにはっきりと返した王子に、リーゼロッテは驚いたように大きく瞳を開いて右手を口許へと添える。

ユキアスのあまりにも可愛らしい反応にくすくすと笑みをこぼすも、それはその場にいた誰もが同じことだった。


「ふふっ…はははっ! リーゼロッテ嬢の誘いを断るとは一端じゃないか!これは、群がっていた紳士たちの恨みを買うなーユキ!」


「?…??」


「ふふふっ。…いや、すまないなリーゼロッテ殿。息子はこう言っているが、また機会があれば是非とも踊ってやってくれ」


「くすくす…! …ええ、妃殿下。その時は、是非」


 ユキアスのいとけない様子によって和んだ雰囲気のままに、その後2、3リーゼロッテと言葉を交わした王太子一家は、部屋の奥に在る、会場へと続く豪華絢爛な装飾の施された重厚な扉へと姿を消していった。


 主の居ない部屋に、これ以上の長居は余計な誤解を招きかねない。


見送るために下げていた頭を上げたリーゼロッテは、踵を返すと、彼女の退室のために扉を開けてくれた年配の侍女に礼を言ったのちに王族の控室を後にした。



 等間隔に設置された燭台の光が照らす広い廊下は決して華美ではなく、しかし落ち着いた意向の施された柱や美術品によって厳かな雰囲気に満たされている。


リーゼロッテは靴音が響くように設計された廊下を進みながら、匠の手によって敢えて透明度の無くされた、壁の高い位置に嵌め込まれたガラスを振り仰いだ。


深い紺色に染まるそこは暗く、既に夜の帳は下りていることを知らせている。


 会場へ戻るためには右に折れなければならない曲がり角。

リーゼロッテは曲がることなく、真っ直ぐに歩を進めた。


 カツカツと、高いヒールが磨き込まれた石床に打ち付けられる音だけが聞こえる廊下を歩き、やがて終わりが見えた頃。


壁に紛れてしまうように造られた使用人用の扉を迷いなく開いたリーゼロッテは、続く裏庭へと降り立った。



 

最新話を更新致しましたら、過去話の前書きや後書きを予告無く削除させていただく事が御座います。

既に しおりの位置に変動が起こっているかと思いますが、何卒御容赦くださいませ…。


又、更新速度が格段に落ちてはおりますが、途中で投げ出すようなことは致しませんので、どうか最後までお付き合いいただけたらと存じます。


御高覧、誠にありがとうございましたっ♪(^人^*)


 

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