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悪女・リーゼロッテの生涯  作者: マリネ
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お披露目 〔2〕

 

 クリスウィルナーは苦笑を浮かべたまま言葉を続ける。


「アイゼルン卿も、お変わりありませんね。…アルフォンドシュタイン辺境伯閣下や奥方様、ユイシュエル卿…、………皆様、ご健勝でいらっしゃいますでしょうか。本日は、お姿が見えないようですが…」


「…父上は相変わらず領地から出てこなくて困ったものだが、皆 息災だ。安心してくれ。ユイシュエルもじきに来るだろうが……全く、あいつは何をやっているんだ…?」


 敢えて口にされなかった名前には気付かなかった振りをして、アイゼルンはピアレから身体を離し もう一度辺りを見回してみるも、雰囲気は依然として変わらないままだった。

 ユイシュエルもリーゼロッテも、時間には正確である。

それが未だに姿が見えないとなると、どこかでトラブルにでも巻き込まれているのだろうか…と、アイゼルンが一抹の不安とわずかな焦りを胸中に感じていると。


「…そうですか……」


 クリスウィルナーは呟き、それから徐々に笑みを消して。

躊躇ためらったように視線を宙へと さまよわせてから、小さく、口を開いた。


「……リズ…、…リーゼロッテ嬢は、…お元気でしょうか…?…」


 紡がれた名前に、アイゼルンは優しい笑みをこぼして答えようとした。


「…リズは…」


 しかし、


「皆さま、ご歓談中失礼致します。これより、エルドパンクレイズ第17代国王フラジュオル・R・エルドパンクレイズ陛下並びにミシュナエル王妃陛下、そして王太子マクワクレクス殿下、ご入場でございます」


 国王の右腕である老齢の侍従長が、アイゼルンたちが入ってきた白く清廉な造りの扉とは違う 黄金の豪奢な扉のすぐ隣でうやうやしく腰を折り、見た目には似つかわしくないほど朗々とした声で王族の入場を告げる。


思い思いに話していた賓客たちは侍従長の声に皆 会話を止め、開かれていく黄金の扉へと注目した。


間を置かず、厳かに入ってくる国王一家を盛大な拍手を送って迎え入れる。


何も知らされていない貴族たちは王太子が一人で入ってきたことに色めき立ち、ひそひそと期待を高める声がそこここで上がっていた。


「…リズも元気にやっている。 ずっと、お前に会いたがっているんだぞ…クリス」


 パチパチと叩かれる数多あまたの手の音と、ひそひそと交わされる密やかなざわめきの中。


潜められた声を聞き届けたクリスウィルナーは、扉へと向けていた目線を顔ごとアイゼルンへと戻す。

大きくみはられたグレーダイヤモンドの瞳と目の合ったアイゼルンは それにもう一度穏やかに笑むと、再び口を閉ざして、開け放たれた扉から厳かに入って来る君主らに拍手を送った。


 王と王妃が上座に設えられている玉座へと座し、王太子が側へと控えたことで次第に静まっていく拍手の音…。

それが落ち着いたところで、こん 夜会の主催である王太子が高らかに声を響かせた。


「皆々様、本日は我が夜会へと時間を掛けて御足労願い、心よりの感謝を申し上げる!我がエルドパンクレイズ各地より届けられた自慢の食材に城の職人らが腕によりをかけて作った極上の料理と旨い酒、中庭や別室には様々な娯楽も用意させて頂いたゆえ、月が地へと顔を隠してしまうまで、どうかゆるりと楽しんでいって欲しいのだが…もう一人。この良き日に、天よりたまわった愛しき我が子の成長を、皆々様には共に祝って頂きたい! 参れ、ユキアス!」


 開催の挨拶を静かに聞いていた賓客たち。しかし、続けられた王太子の言葉に、会場内の空気はザワッと歓喜に打ち震えた。


 閉じられていた黄金の扉が再び開かれ、期待に満ち満ちた幾多の視線が注がれる中……幼い第一王子とともに姿を現した人物に、場内は、先ほどの比ではない激震に揺らぐこととなる。


「…っリーゼロッテ嬢?!」

「アルフォンドシュタインの悪女が、何故?!」

「まさか、あの噂は誠…っ?!」

「王太子殿下…よもや本当にリーゼロッテ嬢を召し上げるおつもりか?!」

「妃殿下はどうなされた?あの場は“母”の役目だろう!」

「…クッ、やはり今日もお美しい…っ」

「側へと望む王太子殿下のお気持ちも分かるが、…い、いや、しかしだなっ……」

「…あの女…一体どんな手を使って…っ!」


 現状への理解が出来ずに巻き起こる耳障りな騒めきの中、思ってもいなかった反応に驚き自分は歓迎されていないと思ったユキアスが一歩下がり、大きな不安に固まる顔で傍らのリーゼロッテを とっさに見上げる。

リーゼロッテは握り締めてくる小さな右手を励ますように揺らしながら声を掛けるも、ぎゅうぎゅうと握ってくる幼い手から力は抜けず、短い脚は廊下に縫い付けられたままだった。

困ったように笑み、少しだけ腰を落としたリーゼロッテが時折王太子の方へ顔を向けながら何事かを言うと、王子は不安そうな顔に何か決心をした表情で、コクリと頷いた。

…そして。

タン!と、強く大きく会場へと踏み出すと、それからは離すまいとするかのように力いっぱいリーゼロッテの左手を引いて、優しく王子たちを見つめている王太子の許へと歩み寄って行ったのだった。



 …この状況に、一番動揺しているのはアイゼルンだ。

こんなことをするだなんて、妹からも弟からも、王太子からも、聞いてはいない。


 混乱のままに口をついて出たのは、うろたえるばかりの言葉だった。


「な…っ、ど、どういう事だ?!何故、リズが若様と…?!」


「…ご存じありませんでしたの…?」


「知ってたら こんなに呑気に待ってなどいない!……ユイシュエルは どうしたんだ…っ!」


「…殿下…一体何をお考えで…。…」


 焦燥のあまり 定まらない視点で、ふと、自分たちが入ってきた出入口へと目を向ければ、心配そうに眉根を寄せてリーゼロッテを見つめているユイシュエルの姿が目に留まった。


 アイゼルンはその瞬間、これは一体どういう事なのかを問い詰めるために飛び出すように身体を動かしかけて。


「……そういう事ですか…。…お幸せそうで、何よりです」


 感情の無い冷えた声に振り向けば、表情を綺麗に消したクリスウィルナーが 静かにリーゼロッテを見つめていた。


アイゼルンは慌てる。


「…っクリス、待ってくれコレは…!」


「アイゼルン卿。申し訳ありませんが、私はこれで失礼させて頂きます。あなた方とお話し出来て嬉しかった。…では」


「クリスッ!」


 綺麗に退席の礼をして くるりと二人に背を向けたクリスウィルナーは、何とか引き止めようとするアイゼルンの制止の声に一切の反応を示すことなく、一向に収まらない ざわめきの中に消えて行った。


それを見送るしかないアイゼルンは、次に苦々しい思いで床へと目線を落とし小さく舌打ちをする。


同じようにクリスウィルナーを見送っていたピアレは、ゆっくりとシャンパングラスに口を付けたまま、気泡が立ち上る まだ半分ほども減っていないゴールドの液体を眺めながらアイゼルンへと問うた。


「…如何致しますの?」


「……先ずは現状を把握しない事には動きようもない。ユイシュエルへと確認に行く」


 眉間に深いしわを作るアイゼルンは眼鏡のブリッジを押し上げ、ピアレに一瞥を投げるときびすを返す。そして そのまま、きず一つない革靴を磨き込まれた床へと打ち付けながらスタスタと駆けるように歩いて行った。



 すぐに人に紛れてしまったアイゼルンの背中へと、ピアレは静かに言葉をこぼす。


「…“待っていろ”…とは、らしくありませんわね。わたくしにクリスウィルナー卿を追わせればよろしいのに。…それに、ここで わたくしを置いて行ってしまっては、それこそ あなたの望みは遠ざかってしまうのではなくって?… ………それも計算の内なのかしらね?アイゼルン卿…?」


 可笑しそうにクスリと小さく笑みを落とした彼女は、ぱくりと、シーフードマリネの最後の一口を口に運んだ。



 

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