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悪女・リーゼロッテの生涯  作者: マリネ
3/10

夜会へ

 

 アイゼルンと他愛もない話しをしているうちに時間は過ぎていき、幼い頃からリーゼロッテ付きを務めている馴染みの侍女の一人に声をかけられたことで そろそろ支度をしなければならない時間になったのかと気付く。


 自分も支度があるし、リズが綺麗になる邪魔はしたくないからと爽やかに言い置いて屋敷を辞したアイゼルンのどこか含みを持たせた満面の笑顔にわずかな引っ掛かりを覚えたものの、リーゼロッテはあまり気にせず、その後しばらく、自室にて侍女たちに言われるまま おとなしく飾り付けられるお人形となった。



 …そうして、夜会への支度が完璧に仕上がった頃。

コンコンと、リーゼロッテの部屋の白い扉が軽やかに来客を告げた。


 ソファーに座って一息ついていたリーゼロッテは、侍女の一人に目配せをして応対を許すと居住まいを正して準備をする。

 それほど広くはないリーゼロッテの部屋。

間もなく、モスグリーンの正装を見事に着こなした見慣れた青年が姿を現し、リーゼロッテはソファーから立ち上がると簡単な礼をもって彼を出迎えた。


「そろそろ行くよ。準備はいいかな?リーゼロッテ」


「はい。お待たせしてしまいましたか?ユイシュエルお兄様」


 迎えに来た次兄・ユイシュエルは短く切り揃えられた金に近い茶髪をざっくりと後ろに撫でつけ、右のまなじりにホクロのある、長兄と同じく垂れ気味のルビーの瞳を柔らかく細めた。


「いや、そんなことはないけれど…。……今夜はまた一段と麗しく飾り付けられたものだね…。…君たちの気持ちも分からないでもないけれど、もう少し手加減してくれないと…連れて歩く兄としては気が気じゃないよ」


 ソファー脇や壁際に控える4人の侍女たちを順繰り見回しながらのユイシュエルの言葉に、今夜のリーゼロッテを手掛けた彼女たちは恥ずかし気にしながらも満足そうに にっこりと微笑む。


 リーゼロッテは胸元と肩を大きく開けた、身体のラインがよく分かる淡い黄色のドレスに身を包んでおり、高い位置で纏められた金の髪は良くくしけずられて まるで自ら光を放っているかのように輝いている。

意図的に落とされた ひと房の髪は彼女が動く度に戯れるように揺れ、分かっていても ついつい目線が引き寄せられる。

宝飾品は ごく控えめで、一粒真珠のイヤリングに同じく真珠で作られた小さな三日月チャームの細い金のネックレス、そして左手首に嵌まる大粒真珠のブレスレットのみ。

しかし、それがかえってサファイアのように青く澄んだ瞳を殊更に美しく引き立たせ、否が応でも瞳に視線が行ってしまうと言った細工がなされていた。


 自分を見て苦笑する兄の様子に、リーゼロッテは少し慌てて自らの格好を確認する。


「あっ…申し訳ございません。少し、派手過ぎましたか? あまり露出はしないように心掛けてはいるのですが、今年の流行を考えますと…」


「ああ、違うよ。あまりに似合っていたものだから、他の男に見せてやるのは惜しいなぁと思っただけ。…とっても綺麗だから、何も心配はいらないよ。リーゼロッテ、君は僕たちの自慢の妹だ」


 陽だまりのように暖かく柔らかい微笑みで言われ、リーゼロッテは ほっと安堵に吐息を落とす。

そして彼女もまた、お返しの言葉を贈るために自然な笑みを浮かべて背の高い次兄を見上げた。


「わたくしも、ユイシュエルお兄様を自慢に思っておりますわ。お兄様はいつでも素敵ですけれど、今宵はモスグリーンに映える御髪がきらめいて、まるで木漏れ日にたたずむ若木のよう…。…お側にいるだけで心強く、とても安心いたします」


 何の気負いもない笑顔で紡がれたリーゼロッテの言葉にユイシュエルは つい目をつむり、頭を抱えるように、白い手袋の嵌まる右手を額へと当てて内心で目いっぱい項垂れた。


 …こんなセリフを何の躊躇も臆面もなく、当たり前のように言い切ってしまえるから男はその気になって、結果的に“悪女”だなんて呼ばれてしまうことになるのだと早く気付いてくれないものだろうか…。


 そんなことを反射的に思ってしまったユイシュエルは、不思議そうに見上げてくる大切な妹に曖昧に笑ってごまかしてから、額から外した右手で彼女の左目のすぐ側をふんわりと撫でた。


「…可愛いリーゼロッテ。そんな可愛いことを、どうか僕たちアルフォンドシュタイン以外の人間には言わないでいてくれね? 一体どんな勘違いをされるのか、分かったものではないんだから」


「…わたくし、何か紛らわしい言葉を使っておりましたか…?」


「いいや…。 …そんな風に思ってくれたなんて、とても嬉しいよ。有り難う」


 少し はぐらかされた気がしたものの、リーゼロッテは深く追求せずに にこりと柔らかい笑みを返した。


「…さて。それじゃあ行こうか。 君たちも、ご苦労だったね。姫君の護衛は任せてくれ」


 リーゼロッテに軽く右腕を差し出してエスコートする形を取りながら、ユイシュエルはパッチン☆と侍女たちにウィンクを送る。

それを受けた彼女たちは、当然ですと言ったような笑みで恭しく頭を下げた。


「私たちの大事なお嬢様に何かございましたら、いくら若様でも承知致しかねますので。せつに、切によろしくお願い申し上げます」


 リーゼロッテに一番近い、ソファー脇に控えていた侍女がゆっくりと顔を上げて大変に良い笑顔でユイシュエルへと進言し、次いで頭を上げた他の侍女たちも うんうんと何度も首肯して同意を示す。

 その言葉に、「参ったな…」と言うように軽く笑んだユイシュエルは、


「君たちには敵わないね。…分かったよ、肝に銘じておこう」


 侍女たちに答えてから、右腕に添えられた妹の左手を軽く引いて移動を促す。

 リーゼロッテは兄のエスコートに応えて歩みを進めていたけれど、


「皆、ご苦労様でした。後の事は、いつも通りによろしくお願いしますわ」


 退室する前に足を止め、柔らかな笑顔で侍女たちの労をねぎらった。


「はい、お嬢様」

「かしこまりましてございます」

「いってらっしゃいませ」

「どうぞ、お気を付けて」


 心得た彼女たちの恭しいお辞儀に見送られ、介添えの侍女一人を伴って正面玄関へと向かう。


 屋敷の広い廊下をゆったりと進みながら、リーゼロッテは次兄へと言葉を掛けた。


「…今宵も、お父様は いらっしゃらないとお伝えいたしましたら、アイゼルンお兄様は大変に気を揉まれたご様子でしたわ」


「ああ、兄上が来ていたんだってね? …ふふっ。…まぁ、兄上の気持ちは分からないでもないよ。僕はともかく、リーゼロッテの婚姻に支障が出るんじゃないかと心配されているんだろう」


「…ご自分の心配をなさればよろしいのに……」


 綺麗な眉を少しだけ寄せ、ついっと窓の外へと視線を投げる妹に、ユイシュエルは少しの苦笑を滲ませながら言葉を続けた。


「兄上も僕も、リーゼロッテの幸せを願っているんだよ。…くだらない噂に惑わされず、ちゃんとリーゼロッテを見てくれる誰かが現れた時に家のせいで悲しい思いをさせるのは嫌だからね」


「…僭越ながら若様。私ども使用人も、皆お嬢様の幸せを願っております」


 それまで黙ってリーゼロッテの右斜め2歩後ろを静かに付いてきていた若い侍女が、これだけは譲れないとばかりに無礼を承知で口を挿む。

 ユイシュエルはそれに小さく笑い、


「ははっ。そうだねラキ、済まなかった」


「ありがとう、ラキ。そんな風に言ってもらえるだなんて、わたくしは本当に幸せ者ね」


 リーゼロッテは侍女…ラキに振り返り、本当に嬉しそうに感謝を伝えた。

 ラキは恐縮し、不意に赤くなってしまった顔を隠すためにも、

「恐れ入ります」といつもより深く、頭を下げるのだった。



 リーゼロッテの部屋から正面玄関までは それ程かからずに到着する。

玄関ホールで執事長の礼を受け、横付けされているアルフォンドシュタイン家の家紋が入った黒く煌めく二台の馬車のうち、真正面に停められている方にユイシュエルとリーゼロッテは乗り込んだ。


「…まったくね…。…皆リーゼロッテを見ているはずなのに、何故あんな噂に翻弄されてしまうのか……理解に苦しむよ」


「…お兄様?何か仰いまして?」


「…いや? 殿下におかけする言葉を考えていたんだが…口に出してしまっていたかな」


 思わず声に出していたらしいことを指摘され、ユイシュエルは何でもない事のように話を逸らす。

リーゼロッテは、それに にっこりと笑んで。


「そうですわね。わたくしも、何と言ってお祝い申し上げるか悩んでしまいますわ」


 楽しそうに話す妹を優しく見つめながら、ユイシュエルは改めて、心の中だけで溜め息を落とした。



 二人を乗せた馬車がゆっくりと動き出し、王城へと二人を運ぶ。



 

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