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悪女・リーゼロッテの生涯  作者: マリネ
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噂と実情

 

 しっかりと巻かれた長く艶やかな金髪は見た者の心を絡めとり、透き通るような肌理きめ細やかな白い肌に少しでも触れた者はその肌触りに心奪われ、豊満で匂い立つような無駄の無い肢体の虜とされる。

砂糖菓子のように甘く、耳に心地よい言葉を紡ぐ赤い唇はぽってりと悩ましく。完璧な位置に完璧に配置されている鼻筋はスッと通り、猫のように吊っている大きなサファイアの瞳に魅せられた男は人生を狂わされる…。…


 社交界で まことしやかに そう囁かれている彼女の名は、リーゼロッテ・アルフォンドシュタイン。

辺境伯シェイルズ・J・アルフォンドシュタインの末娘であり、今年17歳になったばかりと言うのに完璧な美貌を誇るリーゼロッテは一昨年社交デビューを果たした瞬間から、何故か“世紀の悪女”と言う二つ名が付いて回っていた。


 流した浮名は数知れず…。

 泣かせた男の数は、星を数えたほうが早いほど…。

 王太子さえも手玉に取り、国を我が物にしようと企み虎視眈々と機を窺っている…。…



「…らしいんだが、実際どうなんだ?リズ」


「…冗談ではありませんわ お兄様…。わたくしが いつ、殿下を手玉に取ったと言うんですのっ…?」


 ケラケラと楽し気な笑みを浮かべる、自分とはあまり似ていない顔を心底げんなりとした面持ちで眺めながら、リーゼロッテは たおやかに両手で顔を覆った。


 王都に在るアルフォンドシュタイン家の別邸にて、若くして宰相補佐を務める長兄アイゼルンのたまの休日に付き合いサロンでお茶を楽しんでいたのだが、…何もこんな話題を持ち出さなくてもいいのに…。


「はっはっ!いやー、城で仕事をしていると噂話くらいしか楽しみがなくってな!特にこのシーズンになると、侍女だけではなく官僚たちも少々口が軽くなるんだ。 大体がお前の話だぞ、リズ」


 何もしなくとも自然と豪華な巻き毛に仕上がるリーゼロッテの髪とは違い、全く癖のない直毛の茶髪をあごの下辺りで切り揃え、素っ気ない金の細縁ハーフリム眼鏡の奥の、ルビーのように紅く垂れ気味な瞳を細めるアイゼルン。

 心底愉快そうで、この話題を止める気はさらさら無いらしいことが声を聞いているだけでも容易に分かる。


 リーゼロッテは顔を覆っていた しなやかな白い両手を少し下げて、歳の離れた長兄の顔を少し恨めし気に見つめて口を開く。


「…ちゃんと否定してくれまして?わたくし、言い寄って来る方には“不誠実な方は嫌です”と、きちんとお伝えしているだけですのよっ?」


「分かっているさ。 だが、それで“誠意”を見せようとありとあらゆるものが贈られてくるのは事実だろう?…それが、外からはどう(・・)見えているかまでは制御のしようが無いってだけで…」


 チラと横目に庭を見れば、朝から…否、今期の社交シーズンが始まった翌日からほぼ途切れることのない馬車の列と、馬車と屋敷を忙しなく往復する使用人たちが目に入る。

馬車の行列は屋敷の広い前庭には収まりきらず門の外まで続いていて、アイゼルンは思わず、

「…今期はまた、いつにも増して大渋滞だなぁ…」

 と、こぼしてしまうほどの大盛況ぶりを見せていた。


 運び込まれているのは、全てリーゼロッテへの贈り物。


交易の要衝であるイリュシロイとトアルンプと言う大きな都市を治め、中枢への発言力も大きいアルフォンドシュタイン家と懇意にしたい貴族は多い。

取り分けリーゼロッテは、とっくにこの国での結婚適齢期に入っているというのにまだ誰とも婚約すらしていない、アルフォンドシュタイン伯の“とっておき”。

婚姻によってより強固なパイプを望む貴族にとってはかなり美味しい物件でありリターンも充分に期待出来るのだが、…しかし、それらを踏まえたとしてもこの行列の長さは“異常”なのである。


 仕事は大変に有能でも人嫌いで、なかなか姿を現さないアルフォンドシュタイン伯の名代である次兄やリーゼロッテに取り入ろうとするのは ある意味当然の流れとは言えるのだが…。…


「…わたくしが一番困惑しておりますわっ。わたくしはただ、ユイシュエルお兄様に付き添って母様の名代として当たり前に対応しているだけですのよ?…宝飾品やドレスなどはともかく、…島や領地を贈って来られる方は一体何を考えておいでなのか…」


「ふっ…はは?!おまっ、土地を贈られてんのか?!ははははははっ!!?」


「も!もちろん、お断りできるものはしておりますわ?!け、けれど、その、…し、しつこい方も、いらっしゃって…っ!」


「ふはははははは!!…リ、リズ…っ!リズ!…土地経営は大変だぞー?」


「わ、分かっておりますわっ!ですから、ユイシュエルお兄様にご相談した後、いくらなんでも11も土地の運営は出来ないからと言う事になり、頂いた方にそのままお返しするのは失礼ですので国で有用していただこうと、先日王太子殿下にご相談申し上げたのですっ。 …んもう!お兄様、笑い過ぎですわっ!?」


 上質な本革張りのソファーの上でお腹を抱えるアイゼルンは、

「す、すまない…!」

 と、目に薄っすらと涙を溜めながら何とか謝罪の言葉を音にするが、上がりっぱなしの口角では全くと言っていいほど心など込められない。


 む~…と形の良い眉を寄せ、言葉だけではなく態度でも不服を伝えるリーゼロッテだったが、

不意に、ふぅ…と一つ溜め息を落とし、そろそろぬるくなりかけている花茶で喉を湿らせるために深い翡翠色の陶器のカップをゆっくりと引き寄せた。

 肉厚の陶器と ぽってりとした赤い下唇が触れ、次いで、コクリ…コクリ…と小さく鳴る喉。…


 アイゼルンは それを見るともなしに目に留めながら、ようやく収まった笑いを引きずらないように深く、静かに息を吸い、吐き出してから、口を開いた。


「…どんなに好意を寄せられても、本当に好きな奴の名前が無いんじゃあ……意味は無いよなぁ…?…」


 …ゆっくりとカップから唇を離し、音を立てずにソーサーへと戻したリーゼロッテ。

そのまま両手は離さず、葡萄色えびいろの花茶を見つめたままポツリと、言葉を落とした。


「…わたくしは、憎まれておりますから…。…」


「……リズ」


 潤したはずの喉から落とされた声は、それでも わずかに掠れていて。


 窓の外、途切れることのない馬車を眺める大きなサファイアは、ただただ、空っぽのきらめきを反射させるだけだった。…



 

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