事件は大体こんな感じで起きる。
時刻はすでに〇時を回っていた。
闇夜に包まれた街の一角、さまざまな住宅によって構成された細かな路地のさらに奥。暗闇が支配するそんな路地裏に辺りを小さく照らす光が一つ。
「またか。……今回で何件目だ?」
懐中電灯で周りを照らしながら、そうぼやくように発言したのは三〇代そこそこの男だった。
灰色のスーツに同色のスラックス、シミひとつない新品のような白いYシャツの首元には黒に近い赤のネクタイをしており、イメージとしてはサラリーマンのような印象だ。
しかし普通のサラリーマンとは思えないほど彼のガタイはしっかりとしており、並の人間では肉弾戦で勝つのは無理かもしれない。
「えー、六件目っすね。今月に限ると二件目です」
男の質問に対して返答したのは二〇代半ばの女性であった。後頭部に纏めた髪に楕円形のメガネ。それが特徴と言ってしまえばそれまでだが、男と同様にスーツとタイトスカートを着用し、首元からは中に着ている白いYシャツが顔をのぞかせる。
スカートから伸びた足はスラリとしていてモデルのようなスタイルをしており、スーツをそつなく着こしているため出来る女を髣髴とさせるが、
「おい、ボタン掛け間違えてるぞ」
「え……あっ! す、すいません!」
少し残念な一面も見え隠れしているようだ。
彼ら二人は刑事だ。少し前に一般人からの連絡を受け、即座に動ける彼らが出動し、そして今に至る。
女刑事が指摘されたボタンをかけなおしている間、男の刑事は壁にもたれ掛っている『とあるモノ』をじっと観察する。
「外傷はなし。生体反応もある。……しかし意識はない」
彼が見ていたのは壁に力なくもたれ掛った人間だった。年齢は一〇代前半の高校生男子。金髪にメタルアクセサリー類を大量につけているところを見て、そうと決まったわけではないが不良だろう。ところどころに入れ墨らしきものも確認できる。
すると男刑事はある一点を注視する。それは右手の甲だった。少年の右手の甲にほかの入れ墨とは違った特異なマークがあったのだ。
「これは……」
「トランプのマークっすね!」
男刑事の言葉をかっさらうかのように言う女刑事。そんな女刑事を男刑事が半眼で睨むが、彼女が間違ったことを言ったわけではないため渋々賛同する。
被害者の少年の右手にあるマークは女刑事の言った通り、トランプのマーク、それも『スペード』マークなのだ。そのスペードの中にはギリシャ数字である『Ⅲ』の文字があった。
それだけならただの入れ墨となんら大差ないため気にする必要はないが、彼らがそれを度外視しないのはある理由があったからだ。
「今までの被害者にも同様のマークがあったよな?」
そうっすね、と女性は首を縦に振った。そして彼女はスーツの内ポケットからペンを挟んだ手帳を取り出すと、数ページ分捲って内容を確認する。
「今までの被害者にも体の一部に『トランプのマーク』らしき模様を確認してるっす。やっぱり同一犯とみるべきですかね」
まぁ、と男刑事は一言呟くと立ち上がって被害者を見ながら、
「そう決めつけるのは早計だと思うが、唯一の繋がりだ。……このマークから関係性を徹底的に洗うぞ」
「了解っす!」
男刑事の言葉に女刑事は元気な返事をし、返事を聞いた男刑事は不吉な予感を胸の中にざわつかせながら夜空を見上げたのだった。