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依頼2、君を忘れたくて

 歩の家での幽霊騒動から約一ヶ月半。

 クラスメイトの顔もようやく見馴れてきた。挨拶を交わすようになった奴も何人かいる。ただ、俺がいつも一緒にいるのは矢途見加奈と柚木和人それから平野歩だった。

 そして、今日もまた俺の席には歩が来て加奈と和人がそれぞれの机から体をこちらに向けていた。


「そいや、歩っちは最近まじめに部活行ってるよな~」


「? 前は行ってなかったのか?」


「わー、和人くん!」


「どした?」


「新太には秘密だったんでしょ……自由参加だからとか言ってたし」


「加奈さんも!」


「どういうこと?」


「あーあー和人、どうすんのさ?」


「し、失言だった。悪い歩っち……」


「もういいよ……いつかバレただろうから」


 言葉とは裏腹に、歩はしゅんとしてしまう。

 俺は目をすっと細めた。


「カズ……」


「わ、悪かったって! ごめんよ~!!」


 和人が歩に泣きついた。

 歩の目も、細くなった。


「……もう一回言ったら、許してあげる」


「歩っちが黒い!?」


 そして、加奈の目も、細くなった。


「頭の角度がゆるい……あと15度下げな」


「どこのドS上司だよ!?」


 気付くと、クラスの全員が目を細めていた。

 その視線の先には、青ざめた和人。


「四面楚歌!? もう許して~!」


 そんなわけで、俺はなんてことのない日常を送っていた。

 しかしそれも、家に帰るまでである。


「あ、お帰り新太~」


「ただいま」


 自然と返事してから、少し頭を抱える。


「どうしたの?」


「いや……」


 幽霊との同居に慣れはじめている。

 そんな意味のわからないことを悩んでいるとは言えなかった。いや、言えないもなにもその幽霊本人なのでむしろ失礼かもしれない。


「新太~今日は遊べる~?」


 靴を脱ぐためにかがんでいると、幽霊の同居人のスズが背中に乗っかってきた。

 最近は知り合いも増えて、帰りに部活やってない奴と寄り道するなんてこともあったので(というか、昨日まさに和人とラーメン屋に寄った)スズに構ってやる時間が少なくなっていた。


「そうだな、今日は遊べるぞ」


「やったぁ~!」


 ギューとしがみついてくる。

 こんな子供っぽい奴だが、実際の年齢は不明のままだ。たまに達観したことを言い出すし、こないだなんか染み抜きを教えてもらった。最近ではネット知恵袋よりまずスズに訊いている。


「新太~新太~なにして遊ぶ?」


「うーん……トランプとか」


「うん、そーしよー!」


 相変わらず背中に乗ったままのスズと一緒に、居間へと向かった。丸いちゃぶ台の上には手作りのトランプが置かれている。

 幽霊は基本的に物を持てない。なので、幽霊が持てる特製のトランプだ。スズのために水稀が用意してくれたものだった。


「大富豪やろう~」


 スズは嬉しそうにトランプをきりはじめた。

 水稀には感謝しないとな……そんなことを思っていると、ふいに右ポケットが震えた。


「電話?」


「ああ、噂をすれば影ってやつだな」


 ディスプレイには、『宮門水稀』の文字が表示されていた。












 電話の要件は、今から会えないか? というものだった。

 俺は歩の家の一件以来、水稀の除霊活動を助手として手伝っている。どういうカラクリか知らないが、水稀は度々依頼を(人間からも幽霊からも)受けてはそれを持ってくるのだ。

 俺が家にいることを伝えると、水稀は「なら今からお邪魔するわ」と言った。そして、その10分後、水稀はやって来た。


「依頼者は生者の女の子と霊の男の子。女の子の方は僅かだけど霊力があって、声くらいは聞こえるらしいわね」


「その二人ってのは、もともと知り合いなのか? ……マーク縛りな」


「ええ、もともと中学校の同級生らしいわ。付き合いは小学校のころからみたいだけどね」


「幼馴染みってやつだね~。……イレブンバックだよ」


「そうね。……パスよ」


「それで、依頼内容はどういうのなんだ? ……8切って、9な」


「またまたイレブンバックね」


「普通に、成仏させて欲しいそうよ。……パス」


「心残りはわかってるのか? ……3、ジョーカーまだあるか?」


「ないよ。もう二枚出た」


「じゃ、Aであがり」


「それが、まだわからないらしいのよ……あ、スズちゃん、私もパスよ」


「それじゃあ、私は6三枚であがりね」


「……」


「水稀、だいひんみーん!!」


「う……も、もう一回よ」


 水稀は残りの手札を場に放ると、ぐしゃぐしゃとかき混ぜ始めた。

 最初は遊びに来たわけじゃないとか言ってたくせに、負けず嫌いな奴だ。隣でスズもクスクス笑っていた。


「とりあえず、その二人に会ってからだな」


「そうね、そう思う。それで、今週の土曜日は空いてるかしら?」


「ああ、今のところ大丈夫」


「なら、その日の午後2時からね」


「了解」


 俺はスマートフォンを取り出し、カレンダーに予定を書き込んだ。その間に、水稀はカードを配り終えていたようだ。

 すでにちゃぶ台の上には、水稀が出したスペードの5が置かれていた。


「……さて」


 俺は手札をざっと見て、大貧民はないだろうと思った。つまり、安定の中の上手札である。

 見回すと、スズはポーカーフェイスだったが水稀は明らかに苦々しい顔だった。


「んじゃ、いくぞー」


 クローバーの6を場にだしながら、俺は勝利の予感を確信に変えた。













 そんな大富豪大会の次の日。

 俺の席の周りには、いつものメンバーが集まっていた。


「新太、なんだか今日は疲れた顔してるね。大丈夫?」


「……大丈夫。ありがとう加奈」


「なんだよ~女か~新太っち~」


「……あながち間違いじゃない」


「え?」


 和人は固まってしまったが、多分こいつの想像とは真逆の状況である。

 昨日、大富豪で負けに負けまくった水稀は他のゲームで勝負を仕掛けてきたのだが、何しろ顔に出やすいのでことごとく負け続けてしまった。

 そんなわけで、延々何時間もトランプをやらされたのだ。


「女って、また水稀さん?」


「え、水稀って……あの宮門水稀か!?」


「知ってるのか?」


「知ってるもなにも、有名だぜ? 成績優秀、スポーツ万能で容姿端麗。それだけでも話題の的だったのに、謎の留年までしてるからな」


「留年!?」


 驚く俺の様子を見て、逆に加奈が驚いていた。


「知らなかったの?」


「あ、ああ……」


 そう言えば、水稀とは幽霊関係での関わりばっかりで、学校では会ったことすらなかった。

 霊能力者ではない、普通の高校生としての彼女を、俺はなにも知らない。


「でも、仕方ないかもね……新太は転校してから日も浅いし、僕たちだって噂しか知らないもん」


「歩の言う通りだね。新太は彼女となにかつながりあるみたいだけど、学校じゃ誰かと一緒にいるとこ見たことないし」


 なるほど……、学校では暗いタイプなのだろうか? あまり優秀だと妬みとか凄いだろうしな。

 ふいに、頬杖をついて窓の外を眺める水稀の姿が浮かんだ。その光景には、寂しさが漂う。


「気になるのか?」


「……そうだな、少し気になる」


「なら、調べてみよーぜ!」


「は?」


 和人の提案に、俺以外の二人は速攻で賛成していた。

 マジですか……。


「というわけで、やって来ました2ーCです!」


「学年一緒だったのか」


「留年してるから年上だけどね」


「あ、新太。水稀さんいるよ」


 歩が指さした方を見ると、窓際の後ろから3番目の席に水稀がいた。


「なんだ、普通に話してんじゃん」


「会話、なんとか聞けないかねぇ」


 水稀は、後ろの席の女子生徒と話していた。

 案外、まともに過ごしているのかと拍子抜けだ。

 しかし、その考えは長くは続かなかった。

 それは異様な光景だった。


「あれって話してるのか?」


「ずっとゲームしてる……よね?」


 そう、後ろの席の女子はずっと携帯ゲーム機をピコピコやっているのだ。目は画面に釘付けだし、反応もなにもないように見える。

 それでも、水稀はずっと口を動かしているのだ。


「もしかして、無視られてる?」


「いや、それにしては様子が変だよ」


 加奈の言う通りだ。ただ無視されているとしたらおかしな点がある。

 一つ、水稀は時々笑っている。クスリと本当に可笑しそうな笑顔まで見せていた。二つ、相手のレスポンスを待っている間がある。水稀が一方的に話しているというわけでもなさそうだ。

 しかし、話相手はずっとゲームをしており、返事をしている様子はない。


「どうなってんだ……ありゃあ」


「あたしにもわからないわ」


「とりあえず、教室戻ろうよ。少しだけど、不審がられてるよ」


「そうだな、行こうぜ」


「くっ、なんだかモヤモヤする~!」


 絶対謎を解いてみせるぜ~! とかなんとか喚き始めた和人を引きずって、その日は引き上げた。


 そして次の日。

 和人は、アンテナがついた大きめの弁当箱サイズの黒い箱を俺の机の上に、ドンと置いた。


「盗聴器だ」


「本気過ぎんだろ!!」


 満足気な和人の頭につっこんだ。


「いったぁ……」


 ちょっと力加減が強かったかもしれない。


「というか、普通に犯罪なんじゃないの?」


「そうだよ、バレたらどうするの和人くん?」


「うるせえ、もう後にはひけねぇんだよ!」


「勝手にやってろ!」

「バカじゃないの!」

「巻き込まないでよ!」


 バシイィン――


「いったぁあ……」


 三人のつっこみが、同時に和人の頭を襲った。


「と、とにかくさ、聞いてみようぜ……? 窓の外にマイク仕掛けるの大変だったんだぞ」


 顔を見合わせて、俺たち三人はため息をついた。

 それを肯定ととったのか、あるいは強行策に出たのか、和人は機器をいじり始める。


「よし、じゃあいくぞ」


 ゆっくりと、周波数を合わせていく。ザーとノイズが入り始めた。そのまま音量をあげる。人の声が聞こえてきた。



『んでさぁー、そいつがちょっとでいいからやらせてくれとか言うのー』


『なにそれー! てーか、ちょっとってなに? 必死過ぎー、まーじわらえんだけど~』


『だーしょだーしょ? んでさ~あたしもなんか冷めちゃってーその日の内にフッてやったわけ。したらそいつなんて言っ』



 ブツッ――


 加奈が、無言で電源を切った。


「……和人」


 和人がバッと直角に折れた。


「すいません、場所ミスりました!!」


「ミスりましたで済むかー! 胸くそ悪いもん聞かせやがってー!」


 加奈が問答無用でヘッドロックをかけていた。

 俺も加勢したいが、犯罪一歩手前……いやもう完全に犯罪な真似をしてあんな無駄な、むしろマイナスにしかならない会話を聞かされた加奈の怒りは凄まじい。とても割って入れそうにない。


「……新太。いつまで僕の耳ふさいでるの? 水稀さんたちなに話してたの?」


「……」


 とりあえず、歩をあの悪影響会話から守りきった自分を誉めてやりたいと思った。



 そして、そのまた次の日。

 和人は、またしても盗聴器を俺の机の上に置いた。


「さぁ、やろうか」


 ドヤ顔の和人が口角を片方だけ僅かにあげた。

 さながら渋めの上司のようなその姿は、洋画のイケメンスターを彷彿とさせて……。


「ウザい……」


 加奈が、俺の気持ちを代弁してくれる。


「かっこいいけど、やってることはただの犯罪だよ?」


 さらに、歩の追い討ちがはいる。


「う……」


 さっきのキメ顔はどこへやら、どこか悲しげな表情で俺を見る和人。

 そんな和人に、俺は笑いかけた。和人も笑い返してくる。

 俺たちの間で、何かが通じ合った!


 ピッ――


「……もしもし警察ですか?」


「わー!」


 和人に慌ててスマホを取り上げられた。


『ピー、午後、12時23分、ちょうどを、お知らせします』


「って、時報やないかーい!!」


 つっこんだ勢いでスマホを叩きつけそうになっていたが、なんとか踏みとどまってふんわり机の上にのせた。


「とにかく、やるぞ。スイッチオン」


 ジーとノイズが入り、すぐに音声が聞こえてきた。



『……なるほど、確かにそうね。るいさんに訊いてみてよかったわ』


『……』


『そうね。でも私は機械とか苦手だし』


『……』


『本当? 助かるわ』


『……』


『ふふ、男らしいのね。新太君にも見習ってほしいわ』


『……』


『え、えっ!? そ、そうかしら……』


『……』


『う、うう……。そ、そうだ! 今度、あなたにも紹介しなくちゃね』


『……』


『そ、そんなんじゃないってば! とにかく、また連絡するわ』


『……』


『もう! からかいすぎよ?』


 プツン――


 俺が無言で電源を切った後も、俺たちの間には重い沈黙がおりていた。


(会話が成立している……!!!!)


 その事実は、驚愕に値するものだった。

 皆、どこかで思っていたのだ。口が動いていないように見えるだけだと、声が聞えてないだけだと。

 しかし、現実は、それを打ち砕いた。


「…………」


 そして同時に、水稀が一方的に話しているという可能性も消えた。いや、正確には消した。

 もし、あれをひとりでやっているとしたら、俺はもう水稀と普通に接することはできない。


「……この世ってさ」


「うん」


「不思議なこと、いっぱいあるよな」


 ぽつりと告げられた、和人のどこか悟ったその声に……

 その場にいた全員が、頷いた。


(そういえば、誰かを紹介するとか言ってたような……)


 まさか……な。

 そう思ったその時、ポケットでスマホが震えた。


「!?」


 それは、水稀からのメールだった。


『今週、土曜、例の二人に会った後、時間ある?』


 俺は『あるよ』とだけ返して、スマホをポケットにもどした。

 そして密かに、波乱の週末を予感するのだった。

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