依頼1、笑顔の地縛霊(5)
質問1、小一時間も何をしていたのか?
回答――説教……じゃなくて、幽霊とバトってたんだ。
質問2、なぜ水稀さんは怒っているのか?
回答――八つ当た……すいません、俺がヘマしたからです。
質問3、あの部屋には何があった?
回答――幽霊がいました。惜しくも逃して……俺のせいで追い返されました。
質問4、新太はなにしてる?
回答――折り紙……じゃなくて人型に紙をくり抜いてます。式神とか言うのの素材だそうです。
質問5、人の話ちゃんと聞いてる?
回答――もちろん。たまに変な顔しちゃうのはスズが……いえ、何でもありません。
例の部屋、もしくは霊の部屋から居間に戻ってきた俺を待っていたのは、不機嫌丸出しの歩の質問攻めだった。あまりにも色々訊かれたので、要約したのが前述の質問表である。回答の途中で言ってることが度々変わるのは、その都度水稀に睨まれたりスズに引っ張られたりしたからだ。
というわけで、俺はなぜか紙を重ねて人型に切る作業をしている。切っている紙は元から霊力が込めらた御札で、これを人型に切ると所有者の代わりに攻撃を受けてくれる式神ができるらしい。
「知り合いにこういうの詳しい子がいてね。その子から貰ったものなの。もともとは陰陽師が使っていたものだけれど、今回のは持っていれば、誰でも効果があるわ」
と水稀は言っていたので、御守りみたいなものかもしれない。いずれにせよ、あの部屋に仕掛けられた大量の罠を防ぐためにはこいつらが必要なのだそうだ。
あんなおぞましい部屋にまた入るなんて嫌なんだけどなぁ……。
そんなことを考えている間に、最後の式神が完成していた。
水稀にそれを渡すと、彼女は折り込んでいた和紙を広げた。それは綺麗な花の形の折り紙だった。同じものが3つ、机の上に置いてある。
「なんだ、それ?」
「結界よ」
正方形に置かれた折り紙の花。その中央に式神の束が置かれる。
「結界にはいろんな使い方があるけれど、花の結界は主に霊力を高めるために使われるの」
水稀が花の四角形に手をかざす。
ふっと、立方体の光が一瞬見え、式神に読めない文字のようなものが刻まれた。
「完成よ」
「すげえな……」
さっきの部屋でも、魔法みたいなものは見たが、やはり現実にこういう不思議な現象を目の当たりにすると驚きを隠せない。今まで眉唾物だと思っていたオカルトチックな出来事が、今まさに目の前で起きているのだ。
俺は無意識に出来上がった式神に手を伸ばしていた。
「ん?」
その時、指先に感じたことのある感覚が走った。
「あ、ちょっと待って……」
水稀が花の一つをつまみ上げた。同時、俺の指先にあった感覚も消える。
「まだ結界が張りっぱなしだったわ。大丈夫?」
「あ、ああ」
……んん?
水稀の質問に答えつつも、俺の頭は大きな疑問に処理能力の大半を持っていかれていた。そして、その疑問はすぐに口からこぼれた。
「なあ……結界の中に指を突っ込んだ時の感覚と、地縛霊のテリトリーに指を突っ込んだ時の感覚って同じなのか?」
そう、さっき指先にはしった感覚はこの家に入った時、そしてあの幽霊部屋に入った時と、強さは違うが同じ感覚だった。
「逆よ」
そう答えた水稀は、「説明不足だったわね、ごめんなさい」と付け加えてから続けた。
「他人の張った結界に入った時の感覚が地縛霊のテリトリーに入った時の感覚と一緒なの。地縛霊が憑りついたものの周りには結界ができるから、つまり地縛霊のテリトリーも結界なのよ」
「……」
ちょっと待て。
だとしたら、おかしくないか?
俺はこの家に入った時とあの部屋に入った時、2回この感覚を感じている。
どうして、2つ、結界があったんだ?
「片方がテリトリーの結界だとして、もう一方の結界は一体……」
「……新太君?」
水稀の声がして、彼女とその手にある花を見たその瞬間。
何かが、頭の中で閃いた。
「……ミヤコワスレ」
「は?」
バッと勢いよく立ち上がり、俺は駆けだした。
「ちょっと新太君!?」
「新太、どうしたのー!?」
「スズも行くー!」
三者三様の驚きの声を置いて、俺はツルツルに光る廊下を爆走した。
今は止まってられない。真相を早く確かめたいのだ。
「ぷぎゃ!」
「スズちゃん!?」
面倒だから……何も聞こえなかったことにしよう。
数十分後。
俺はまた、例の部屋の前にいた。
「さて、準備はいいか? 歩」
「うん」
「よし、じゃあさっき話した通りにな」
「わかった」
そう答える歩の顔には、僅かに緊張が見て取れる。これから幽霊に会おうというのだから無理もない。俺も正直ちょっと怖い。
俺は念の為にポケットに入れておいた式神を握りしめた。
「行くぞ!」
スパン!
と、勢いよく襖を全開にする。さっきと同じ光景が、俺たちの目の前に広がった。
「うえ!?」
「きゃあ!!」
そう、全く同じ光景だ……前に襖を閉めた時と。
うじゃうじゃと部屋中をうごめく手が、そのまま俺たちを出迎えた。というか、襲ってきた。
「あ、新太!? どうしたの!?」
唯一、見えていない歩が心配して訊いてくる。
「だ、大丈夫だから、は、早く!」
「え、あ、わかった!」
手の中の式神は、襲い来る手を防ぐたびにボロボロになっている。長くはもたないだろう。
歩は、すう――と息を吸い込み、そして叫んだ。
「おじいちゃん! 新太を連れてきたよ!!!」
ピタ――
不気味な手たちの動きが止まった。
俺たちの顔に安堵の色が浮かんだのを確認して、歩はさらに続ける。
「僕の横に居るのがいつも話してた新太、その横に居るのが水稀さん。どっちも僕の友達だよ」
…………。
……。
……。
しばらくの間があって。
やがて、どこからか「本当か?」という声が聞こえた。
「本当だ、玄肋さん。初めまして、高斗新太です」
「宮門水稀です」
「スズだよー」
……。
パアン!
一斉に、手が弾けて……
もとの和室に戻った部屋の中央に、優しい頑固オヤジという表現がぴったりな、そんなおじいさんが佇んでいた。
「いらっしゃい、新太君。それから、水稀君とスズ君だったかな? まずは非礼を詫びよう。すまなかった、てっきり霊媒師か何かかと思ってね」
「いえ、こちらも名乗りもせずに申し訳ありません」
「いや、いいんだよ。むしろ、君たちが来てくれて助かった」
玄肋さんはニヤリと欠けた歯を見せて笑った。
そして、俺に一歩近付く。
「孫が随分世話になっているようだね。会いたかったよ新太君」
「こちらこそ」
会いたかったとお世話になっているという二つの意味を込めて。
目の前に幽かに佇む老人に、俺は言葉を投げかけた。
遡ること数十分前。
「あった、ミヤコワスレ」
俺は南にある角部屋のなかで、それを見つけた。西の部屋にもあったし、もう決まりだろう。
「新太君、さっきから一体なにを……その花……」
水稀も気付いたようだ。遅れてきた歩は俺と水稀の様子に首をかしげていたが、スズはわかったようだった。
「もしかして、結界?」
スズの問いに、俺は頷いた。
この屋敷は正方形をしている。そして、その角はそれぞれ東西南北をさしていたのだ。その角部屋すべてに置かれたミヤコワスレ。これは絶対に偶然じゃないはずだ。
つまり、俺が感じた1つ目の結界は地縛霊のテリトリーではなく、意図的に張られた結界だった。
「でも、誰がなんのために……」
「誰の仕業かは花を見ればわかる」
「花?」
言われるまま、水稀は花に近付く、歩とスズもだ。
「あ!」
最初に気付いたのは、やはり歩だった。
「おじいちゃんの造花!」
そう、凄い精巧に作ってあって最初は気付かなかったが、置いてあったミヤコワスレは木製の造花だったのだ。
「そう言えば、この花ずっと置いてあったっけ。おじいちゃんの好きな花だから、同じ花をずっと飾ってるんだと思ってたけど」
恐らく、自分が好きな花だからこそ、死後も移動されることはないと思ったのだろう。
「でも、歩君のおじいさんの仕業だとしたら、やっぱり目的が気になるわね」
歩はもちろん、スズもそれに頷いた。
「ここからは完全に俺の予想だが……」
そう前置きしてから、俺は話し始めた。
「地縛霊っていうのは、とり憑いたモノに干渉できるんだよな?」
「ええ」
「実は、あの部屋に入ったとき、もうひとつ結界を感じたんだ」
水稀はそれだけで、ほとんど理解してくれたようだった。
あの時、水稀は部屋に入らなかった。なので、水稀は部屋の結界に気付かず、『あの部屋』が地縛霊がとり憑いた『モノ』だと考えたはずだ。
しかし、実際はこの家全体に張られている結界はミヤコワスレの花の結界で、あの部屋に張られていた結界が地縛霊のテリトリーだった。
つまり、とり憑いたモノはあの部屋にある『なにか』ということになる。
「そして、あの部屋の仕掛けを作り出していたのは地縛霊本体ではなく、ミヤコワスレの結界だった……」
「どう思う?」
「合ってると思うわ。……言われてみれば、最初から地縛霊だって決めつけてしまっていたものね。我ながら迂闊だったわ」
水稀は悔しそうに顔を歪めた。
自分の推理が認められて、心の中でガッツポーズする。と、そんな俺の手が左右同時に引っ張られた。
「それで、結局おじいちゃんの目的ってなんなの!?」
「教えてよ~!」
「わかった、わかったから、引っ張るなって」
なんとか二人を引き剥がすと、いつの間にか、水稀も興味ありげにこちらを見ていた。そう言えば、最初に目的が気になると言っていたのは水稀だったな。
「恐らくだが、歩のじいちゃんがしたかったのは――」
「――これ、ですね」
「ああ、よくわかったね」
俺が指さしたモノ。それを、玄六さんは大事そうに持ち上げた。
「君には、中身の検討もついているのだろう?」
「……だいたいは」
「ふふ、そうか」
不適にところどころ抜け落ちた歯を見せて、玄六さんは手に持った漆塗りの箱を、そっと開いた。
「想像通りかな?」
「いえ……想像以上です」
「それは良かった」
そう、それは本当に素晴らしい、一本の絵筆だった。