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依頼1、笑顔の地縛霊(3)

「始まったのは先月くらいからなんだ」


 そう、歩はきりだした。

 ちなみに、ここは俺の家だ。例の黒髪の少女とスズももちろんいる。丸いちゃぶ台に俺、歩、少女、スズの順に座っている。


「最初は、気配を感じる程度だったんだけど、だんだん物音とかがしたり、何かの声が聞こえてきたりして……」


 黒髪の少女はふんふんと頷きながら、メモ帳にペンを走らせている。スズは早くも飽きてきたのか、半分瞼を閉じて船を漕いでいた。

 俺はというと、頬杖をつきながらぼんやりと歩の話を聞いていた。半ば強引に決まったこととはいえ、歩を助けることには賛成だ。ただ、こうなった経緯が気に食わないので、少しふてくされているだけだった。


「なるほど、声……はどんな感じかわかる? 例えば若い人かとか女か男かとか」


「わかりません、ノイズみたいな感じでうまく聞き取れなくて……。ただ、聞こえてくるのはいつも同じ人の声だと思います」


 ふむ、とか言ってペンを動かす黒髪の少女を見ながら、俺は今日三度目の欠伸をかみ殺した。

 俺の家でこうして歩の話を聞いているのも、歩の家に幽霊調査に行くことになったのも、全てこの少女が勝手に決めてしまったことだ。もともと迷っていた俺は簡単にまるめ込まれ、歩もあっという間に懐柔されてしまった。

 そんなわけで歩の家の幽霊騒ぎを解決することになったのだが、いいように誘導されたみたいでなんだかおもしろくない。


「だいたいわかったわ、ありがとう。それで、歩君のお家にお邪魔する日はいつがいいかしら?」


「うーん……新太、いつがいいかな?」


「今週の土曜」


「うん、じゃあそれで」


 いいのか、お前の家だぞ。俺の都合でいいのか?


「了解よ。今日はもう遅いわ、そろそろ帰りましょう」


言うが早いか、少女はすっと立ち上がると無駄に完成された動作でスクールバッグを肩にかけた。歩もそれにならう。俺は見送りなので、手ぶらで立ち上がった。スズはすでに机に突っ伏している。


「お邪魔しました」


「またね。新太ー」


 行儀よくお辞儀する少女の隣で歩がぶんぶん手を振っていた。

 軽く手を振って、おーまたなーとか適当に返事をして見送る。それでも歩は精一杯、手を振りかえしてくれた。


「なんだかな……」


 二人を見送った後、俺はそんなセリフでもやもやを吐き出した。玄関先の廊下の壁に背中を預け、天井を見上げる。

 結局俺は、除霊の助手とやらをやらされそうになっている。というか、まんまとはめられたような気がしてならない。歩の家の幽霊騒ぎも、俺と歩が友人関係だったのも、全部偶然のはずなのだが、すべてあの女が仕組んだかのように思えてしまう。

 ばかばかしい。自分の思考を嘲笑って、溜息を吐いた。


「幸せが逃げるわよ、新太君」


 澄んだ声が廊下に響いた。


「なに言ってんだ。幸せだったら溜息なんて吐かない、つまりすでに不幸だ手遅れだ」


「そう? 自分の家で同年代の女の子と二人きりなのよ。男子には嬉しいシチュエーションじゃない?」


「そうかもな。はたから見たら羨…………」


 絶句する俺を、少女は覗き込んできた。艶のある長い黒髪が、肩からさらりとこぼれ落ちる。


「うらや……なにかしら?」


「……なんでいる?」


 いつの間にか、俺のすぐ横で同じように壁に背中を預けて少女は立っていた。驚く俺をよそに、彼女はあっけらかんと答える。


「扉が開いていたからよ」


「不法侵入って言葉知ってるか?」


「正確には住居侵入罪よ。刑法130条に規定がある罪ね」


 俺はもう一度、今度はあからさまに空気を吸って、思い切り吐き出した。


「何しに戻ってきた」


「新太君の名前を聞きにきたのよ」


 馬鹿にしているのだろうか?

 そう思ったが、苗字の方を訊いているのだと無理矢理に解釈して、改めて自己紹介することにした。俺たちはまだ、お互いの名前もろくに知らないのだ。俺の名前はもう歩経由で知られていたとしても、彼女の名前を俺は知らない。訊くにはいい機会だった。


「高斗新太。16歳だ」


「たかと……あらた」


 彼女は一字一句を刻み込むように俺の名前を復唱した。

 それから、フワリやさしく微笑むと右手を差し出してきた。


「私は水稀、宮門(みやかど)水稀(みずき)。17歳よ。よろしくね新太君」


「よろしく、宮門さん」


 俺も右手を伸ばしたのだが、彼女の手はなぜか俺の手を避けるように引っ込んでしまった。


「水稀」


「は?」


「呼び方。名前にして。苗字、嫌いなの」


 名前で呼べと言われて一瞬ドキッとしたが、すぐに彼女の表情が暗いことに気付いた。

 どうして? とは訊いちゃいけないんだろうな。

 無意識にそう思って、俺は右手を差し出しなおした。


「よろしく、み、水稀……」


 今度は空をきることなく、俺の右手は柔らかい感触に包まれた。













 今週の土曜日は明日だった。

 俺がこの町に来てから三日目、歩から幽霊の話を聞いた翌日の今日は実に平凡な日だった。朝、幽霊のスズに起こされたこと以外はごく平凡と言っていい。和人や加奈や歩と適当に駄弁り、初めての購買戦争に参加し、歩と明日の予定を確認しながら下校する。実に平和である。

 だが、それも長くは続かない。何故なら……


「あ、おかえり新太」


 なんか幽霊が住み着いちゃったんだよなぁ。ここ、親戚のおじさんの家なのに。


「……ただいま?」


「もー、なんで疑問形?」


 いや、だって、はたから見たらちゃぶ台に帰宅の挨拶してる可哀想な人じゃないですか……。


「まあいいや、新太~暇~遊んで~」


「わっ、ちょ、ちょっと待てって、制服が皺になっちゃうから!」


 飛びついてきたスズを引っぺがして、慌てて寝室に移動する。スズの第二撃が来る前に、急いで部屋着に着替えた。と、それを待っていたかのようにスズが部屋に飛び込んできて、俺の腕にぶらさがる。


「……ったく」


 スズが落ちないように気をつけながら、体を回転させる。振り回されながら、スズはきゃははと楽しそうに笑った。ませたこと言うくせに意外と子供っぽいやつだ。

 なぜスズがここに住み着いたのか、話は昨夜に遡る。

 昨日、水稀が帰ったあと、すでに寝てしまっていたスズを起こすのは可哀想だったので、居間に布団を敷いて寝かせたのだが、翌朝スズは俺を叩き起こすと


「わたし、今日からここに住んでもいい?」


 などとのたまったのだ。

 引っ越し早々、幽霊に居座られるのも嫌だったのだが


「まあ、駄目なら新太にとり憑いちゃうけど」


 なんて言うものだから、つい頷いてしまった。

 そんなわけで俺の悪夢(ゆめ)の一人暮らしは三日目にして、幽霊の女の子という奇妙な同居人に崩壊させられた。まあ、おかげでさみしくはなくなったわけだが、こうしてスズと遊んでいる姿は他人からみたら一人で踊り狂っているようにしか見えないわけで、やっぱり複雑だ。


「あはははっ! 新太、もっと速くー」


「おいおい、飛んでってもしらねーぞ?」


「わー! あははは」


 ただ、まあ、こういうのも悪くないかな。

 人生初? の幽霊の友達を振り回しながら、俺は柄にもなく微笑ましい気分になったのだった。












 4月27日――土曜日。


「おはよう、新太君」


「おっはよー、新太」


 (うち)の玄関には、対称的な二人の晴れやかな笑顔があった。


「……なんで俺ん家集合なの?」


 俺の問いに、笑顔を貼り付けたままの水稀が答える。


「あら、この三人が共通で知っている場所はここくらいじゃない」


 納得できるが、したくない回答だった。せめて俺に話を通してほしい。確かに、集合場所を聞いてないのに全く気にせず、何の確認もしなかった俺も悪いけど。

 俺の後ろで「三人じゃなくて四人だよ~!」とか呻いているスズを宥めつつ、靴を履いた。途端、歩に腕を引かれた、スズももう片方の手にぶら下がる。

 なんだか、日曜日のお父さん状態だ。


「とにかく、案内するからついてきて!」


 と、今日も元気いっぱいな歩に家から引っ張り出された。相変わらず、スズも腕から離れてくれない。俺は両腕に引っ付いた2匹の小動物を見て、しみじみ思った。


「家族サービスも大変だなぁ」


 世のお父様方の苦労が少しわかった気がした。


 歩の家はもともと歩の祖父の家で、なかなか立派なお屋敷らしい。なんでも、そのおじいさんというのが結構有名な画家だったらしく、歩も祖父の影響で絵を始めたのだそうだ。もっとも、そのおじいさんも1年程前に亡くなってしまった。その話を聞いたとき、電話越しに泣き崩れた歩をよく覚えている。歩はおじいさんを慕っていたようだし、そのおじいさんも歩のことを可愛がっていたのだろう。歩があんなに泣いたのを俺は初めて聞いた。


 実は歩からこの話を聞いた時、俺は一瞬、このおじいさんの仕業ではないかと疑った。おじいさんならきっと、歩の事を最期の心残りに思うかもしれない。

 だが、それは無理があるかもしれない。何故なら、歩のおじいさんが亡くなったのは1年前。歩の家で怪奇現象が起き始めたのは先月から。時期が違いすぎる。


「新太、着いたよ新太」


「ん? あ、ああ。悪い、考え事してた」


 気がつくと、目の前に立派なお屋敷が鎮座していた。昔ながらの日本家屋で、庭に池まである。


「ほら、しっかりしなさい」


 後ろからポンと水稀に背中を叩かれた。どうやら、またぼうっとしていたようだ。歩は先に自分の家へと入っていった。

 水稀は少し身を寄せると、俺にしか聞こえないくらいにトーンをさげて。


「相手がもし危険な霊だったら、すぐにやられるわよ」


 と忠告してきた。


「……すまん、気を付ける」


 そうか、攻撃される可能性もあるのか。

 俺が今まで幽霊として接した事があるのはスズだけだから、すっかり油断していた。現実はあんな友好的な霊ばかりではないだろう。


「わかればいいわ。まあ、私がついてれば心配ないけどね」


「そいつは頼もしいな」


「なに言ってるの、あなたも素質あるんだから私と同じくらいのレベルには、なってもらわないと困るわ」


「いや、まだ助手になるなんて言ってないから」


「それは残念。新太君はこの仕事、向いてると思うのにな」


 そうなのか? 

 いや、そんなの、嫌な仕事を押し付ける時の常套句ではないか、危ない危ない、危うくひっかかるところだった。


「そんなことより、歩とかは大丈夫なのか? 霊と戦うかもしれないんだろ」


「ああ、それこそ心配ないわ。よっぽど強い霊じゃなきゃ、普通の人間に直接危害を加えるのは無理だもの。むしろ中途半端な霊能力者よりも一般人のほうが安全よ」


「そうなのか?」


 てっきり、霊能力者の方が霊への耐性はあると思っていたのだが。


「ええ。……精神の器である肉体はね、盾みたいなものなの。精神側の攻撃を受け付けない代わりに、盾の内側にいる間は精神側に干渉できない。これが普通の人間。霊能力者は例えるならこの盾の大きさが合ってない人間なのよ。盾から精神(からだ)がはみ出しちゃってるの」


「つまり、霊能力者は精神側に干渉できるけど、逆に精神側の干渉も受けやすいってことか」


「そういうこと」


 よくできました! とばかりに、水稀は微笑んだ。


「だから、歩君は多分大丈夫だと思うわ。心配なのはむしろ……その子ね」


 俺と水稀の視線を受けて、スズは解かりやすく頬を膨らませた。


「わ、わたしは大丈夫だもん! こう見えても、新太よりも年上なんだよ」


「歳は関係ないだろ……」


 ていうか、年上なのかよ。

 遊んでる時とか普段の仕草とか、見た目通りの子供にしか見えないけどなあ。たまに、ませたことを言い出すときもあるけど。


「いいえ、幽霊の歳は重要よ。それだけ長い年月を過ごしているということは、霊力が高い証拠だもの。当然のことだけど、霊力が高ければその分精神攻撃に対する耐性も高いしね」


 なるほど。確かに、霊力が低い霊ならすぐに消えちゃうだろうし、長い時間を霊として過ごした者ならその分精神的なものへの経験も豊富だろう。

 水稀に肯定されて、エッヘンと胸を張るスズの姿からは、豊富な経験なんて微塵も感じないが……。


「新太、なに話してるの? 入っていいよ」


「え? ああ、すまん」


 歩の声が聞こえて、慌てて振り返った。そう言えば、すっかり歩を置いてけぼりにして話し込んでしまっていた。


「ほら、早く」


「お、おう。おじゃまします」


 歩に促されるまま、俺は一歩、平野家に足を踏み入れた。


「……!?」


 その瞬間、何かが全身を駆け抜けた。

 突風に煽られたかのような感覚。しかし、俺の体は髪の毛ひとつ動いてはいない。

 でも確かに、俺の周り、いや、俺の中を何かが吹き抜けたのだ。


「……でかいわね」


 水稀の静かな呟きが、やけに大きく耳に響いた。



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