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プロローグ


 お前ってホント、中の上って感じだよな。


 そんなことを昔、誰かに言われた覚えがある。確かに俺は、勉強も運動も平均よりはできるがトップ集団には入れない。そんな半端者だ。家は父親がそれなりの大企業のサラリーマンだが、それ以外は至って普通。ルックスは友人に言わせれば粗もないが、特徴もない顔らしい。

 全てにおいて、可もなく不可もないがどちらかというと可の比率が大きい。

 それが俺、高斗(たかと)新太(あらた)の自他ともに認める評価である。当然、今までの約16年間の人生も平凡より少し充実した、しかし文句なしとは言えないくらいのそんな日々を過ごしてきた。

 だが、そんな俺に最近ある災難が降りかかった。


「まさか高校二年になって早々、転校するはめになるとは……」


 俺は車窓に映る緑豊かな景色を眺めながら、やり場のない思いをため息にして、田舎の空気に溶かした。

 襲いかかってきた災難とは、父の会社の倒産である。幸い、次の職場はすぐに見つかったのだがその職場というのが転勤の多いことで有名なところらしい。そのため、俺は親戚の家に預けられることになったのだ。

 ちなみに母は父についていった。夫婦仲がいいのは結構なのだが、一人息子を親戚の家に置いていくのはどうかと思う。


「次は御門町~御門町~、降り口は~左側です」


 知ったばかりの町の名前が、電車特有の間延びした車内アナウンスで流れた。今日から俺が住む町の名前だ。俺は座席の上にある網棚からスポーツバッグをとって肩にかけ、新生活の第一歩を踏み出した。

 改札を抜け、駅を出ると、4月の暖かな日差しが俺を出迎えた。中途半端に近代的な駅周辺を見渡して、どこか懐かしい匂いのするこの町の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「開発途中の田舎って感じだな」


 これから住む町に対して、最初に抱いた感想はそんなものだった。

 駅前はそれなりに開発が進んでいるようで、ビルがぽつぽつ見えるのだが、地図やガイドブックを見る限り、駅前以外は畑や住宅ばかりで場所によっては田園風景まで拝めるらしい。

 とりあえずこの町に対する感想はそっと胸にしまっておいて、俺は地図をひろげた。学校の場所と親戚の家の場所を確認する。学校は駅のすぐ近くにあった。親戚の家は、少し遠いようだ。


「迎えに来てくれてもいいのに。ってそれはさすがにずうずうしいか」


 地図を片手に、俺は歩き出した。

 日曜日ということもあり、駅前の交差点はせわしなく人々が行き交っていた。その人混みのなかを縫うように移動していく。本場東京のスクランブル交差点を何度も潜り抜けた俺にとって、田舎の駅前交差点は朝飯前だ。それに、スイスイ人を避けるのは結構面白かったりする。

 ちょっと人避けを楽しんでいると、向かいの信号機の下に奇妙なものを見つけた。

 真っ赤な塊がうずくまっている。よく見ると、赤い着物を着た10歳くらいの女の子だった。


「あの子、なにやってんだ……?」


 赤い着物の女の子は信号機に背中を預けて、体育座りで座っていた。顔は俯いていてよくわからないが、泣いているように見える。明らかに様子がおかしい。

 なのに、通行人たちはなにもないかのように女の子の目の前を通り過ぎている。


 それを見た途端、俺はなにか言い知れぬ不安を感じた。


 気味の悪さも感じたがそれよりも、自分が声をかけてあげなければならないという妙な使命感に駆られ、歩みを速める。冷静さを失ったせいか、何度か人にぶつかり、手に持っていた地図も落としてしまったが、気にならなかった。

 俺は女の子のもとにたどり着くと、その肩をポンと叩いた。


「……大丈夫? どうしたの?」


 恐る恐る女の子にそう訊くと、女の子はゆっくりと顔をあげた。予想通り、その顔は涙に濡れている。

 女の子は不思議そうに目をぱちくりさせていたが、やがて涙を袖で拭うとにっこり微笑んだ。


「どうもしないよ」


「本当か? 泣いてたみたいだけど……」


 つん――と、女の子に鼻先をつつかれた。


「女の子の涙の理由を軽々しく訊いちゃ、め、だよ」


「あ、ああ……ごめん?」


 急にませたことを言い出したので返答がしどろもどろになってしまった。それが気に入らなかったのか、女の子の頬がぷうっと膨らむ。


「なんで疑問形なの? 男ならはっきりしなさい!」


「……ごめんなさい」


 情けないと思いつつも、なぜか逆らえず謝ってしまった。本当に情けない。


「ん、よろしい」


 ぱぁっとすぐに笑顔になった。表情がコロコロ変わる子だなぁ。

 そんな笑顔が見れたのだから、多少の恥は喜んで受け入れられるというものだ。


「わたしはスズ。あなたは?」


「俺は新太だ。高斗新太」


 彼女はまた、にっこり微笑んだ。


「そっか、ありがと新太。わたし、ちょっと元気でた」


 元気でた……か。

 やっぱり、なにか悲しいことでもあったのだろうか。少し気になったがそれについては触れないほうがいいだろう。さっきのもきっと訊いてほしくないというサインなのだと思う。

 なので、軽口で返してあげた。


「それは良かった。怒られたかいがあったよ」


「怒ったのは新太のせいだよ?」


 スズと名乗った女の子はふふっと笑ってから、少し俺の後ろに目をやって、それから紙を一枚差し出した。


「これ、あげる。わたしにはもう必要ないから」


「これって……」


 それは、この町の地図だった。

 紙は少し古いが、みたところさっきまで持っていた地図と内容は変わっていない。それよりも……


「どうして、わかったんだ? その――」


 俺が地図なくしたのを。と訊こうとして、女の子が既にいなくなっていることに気付いた。渡された紙を地図だと確認している間に、どこかに行ってしまったようだ。辺りを見渡してみても影も形もない。

 なにからなにまで不思議な子だった。子供しては大人びていたし、服も真っ赤な着物だったし、人の心を読んだかのような行動をするし。


「そういえば」


 さっき、スズはなにを見ていたのだろう。

 振り向いてみると、遠くにやけに大きな屋敷があった。ただ、それが何を意味するのかも、それがなんなのかも、いまの俺にはわからなかった。


「ま、この町にいればまた会えるよな」


 俺は気持ちを切り替えて、スズから貰った地図に目を落とした。

 視界いっぱいに広がる灰色のアスファルトの上にお気に入りのスニーカーがある。そして、なぜか女性用の革靴が俺のスニーカーと向かい合っていた。

 あれ、地図じゃない。これは地面だ。


「どこに行きたいの?」


「……」


 顔をあげると、さっきの女の子とは違う、黒髪の少女が立っていた。歳は自分と同じくらいで制服を着ている。俺の転校先の制服だった。

 少女は腰のあたりまで伸びた黒髪を白い手でかき上げながら、俺から取り上げた地図を見て、妖しい微笑みを向けてくる。


「どこに行きたいの?」


 彼女は不思議な魔力を秘めた目で、俺をまっすぐに見つめながらもう一度訊いてきた。


「……地図を返してくれ」


 俺はしばらく呆気にとられていたが、ようやくもち直すと彼女の質問には答えず、盗品の返却を要求した。彼女は妖しげな微笑みを崩さなかったが、少し怪訝そうな表情になる。


「案内してあげると、言っているのよ?」


「結構だ。そいつを返せ」


 俺が地図を取り返そうとすると、ひょいとそれをかわしてみせた。ただ、表情のほうはとうとう不機嫌まるだしになってしまった。最初はミステリアスなイメージを持ったのだが意外と表情豊かな人だ。


「あなたね……自分で言うのもなんだけど、私はそれなりに綺麗なほうよ。そんな私から道案内してあげると言ってるんだから、少しは喜ぶべきなんじゃない?」


「確かにあんたは美人だな。でも信用できない。なんで俺に声をかける必要がある?」


 そう、美人だからこそ警戒してしまう。普通の男ならよっぽどの自意識過剰でなければ、こんな美少女が自分に話しかけてきたら、なにか裏があると思うだろう。

 しかし、彼女の顔には妖しい微笑みが戻った。警戒は逆効果だったようだ。


「そんなの、あなたが面白そうだからよ。あの女の子に触れることができる人なんてそうそういないわ」


 どうやら、さっきのを見ていたらしい。

 だが、迷子を案内したら美人に声をかけられるなんてことはないはずだ。もしそうなら親切な人は全員、モテモテになってしまう。だから、俺はわざとそっけなく言った。


「あんなの、たまたま最初に声をかけたのが俺だっただけだ。俺以外にもああいうのほっとけない人はいっぱいいるだろ。俺が特別なわけじゃない」


 そう、俺はただの一般人だ。だから、あなたに声をかけられるような人間じゃない。

 そう言ったつもりだった。

 しかし、彼女から返ってきた言葉は俺の予想は遥かに超えるものだった。


「何言ってるの? 世間一般の人に見えるわけないじゃない」


「へ?」


 頭の中が一気に真っ白になった。


「……もしかして、無自覚?」


「何を?」


 今度は真っ白な頭が?マークで埋め尽くされた。きっと、今鏡をみたらさぞ間抜けな自分の顔が映ることだろう。

 そんな俺を見た少女は、はあ……と特大の溜め息を吐いた。右手で顔を覆って、呆れてものも言えないとでも言いたげである。


「な、なんなんだよ?」


「見ての通り、呆れているのよ。あなた、それだけのものを持っていながら今まで何も疑問に思わなかったわけ?」


「だから、なにをだよ!?」


 疑問が膨らみすぎて、少し声が荒くなってしまった。

 それにすこしもこたえた様子もなく、淡々と彼女は言い放つ。


「さっきの女の子、幽霊よ。もう随分前に死んでるわ」


「は……?」


 まるで、誰もが知っている社会の常識を教えるかのように、常識外れなとんでもないことを、さも当然のように彼女は口にした。








 この日の事は、生涯忘れることはないだろう。


 きっと人生で、一番大きな二つの出会いを、俺はこの日したのだから。



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